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愛犬の喪失に備えて:予期グリーフの日記(1)

一昨日の夕方、ヨークシャーテリアのくりん(16)の調子が良くなくもう長くないかも…と母より連絡があり、急遽実家に帰っていた。

もとより愛犬の喪失に備えていた私は、連絡をもらって即、後悔の少ないようにするには実家に駆けつけて犬の様子をこの目でみることである、と決断。出発前に「うちの犬が危ないらしい」と、言える人たちに伝えて心の安定を図りつつ、夜4時間半かけて車を走らせ実家へ向かった。
(支えになる返信をもらい、ありがたかった)
道中、出没した多数の鹿や狐の姿に愛犬の姿を重ねつつ、意外と何ともないのでは?と思ってみたり、これからの予定など他のことを考えて気を紛らわせてみたりした。

なんとか到着し、居間でいつものように寝ていた老犬2匹をみて安堵する。くりは小さく丸まっていたが撫でるとびっくりして起き上がり、いつものようにジャンピングペロペロで歓迎してくれた。ケージで寝ていた後輩犬ダックスフントのかりんも起きてきて、こちらは変わりなく無邪気に喜んでいる。
自分で歩き、水も飲み、排泄もしているので思ったより元気な印象を受けたが、呼吸が速く苦しそうなので心配になる。

用意してもらっていた布団を居間に敷いて傍らで寝ようと思ったが、くりんはいわゆる終末期でチェーン・ストークス呼吸※というのをしているのでは?と頭をよぎり、もしかしたら今日が最期かもと思うと眠るのが怖い。

※小さな呼吸、大きな呼吸、無呼吸の周期を繰り返す呼吸

かりんはちゃっかり布団で気持ちよさそうにしていたが、くりんは息苦しくない体勢が見つからないのか、立ち呆けていたり抱っこしても収まりが悪かったりして、途中パタと横に倒れて苦しそうにしているときは、本当にこのまま死んでしまうのではないかと思った。
先日犬研究者の同僚と実施したオンラインセミナーの資料を復習し、最期ではないと言い聞かせる材料を集める。「老年期=終末期ではない!」という自分の言葉にも励まされる。

やっと隣で寝たのは朝5時くらいだった。私は度々目覚めて、くりんが浅く速く、それでも呼吸をしていることに、恐怖と安堵を繰り返した。

寄り添うかりんと、腕まくらのくりん(画質悪)

朝、両親が起きてきて、母がいつも通りの世話をし始めた。2日前から今の様子だという。10時にトリミングの予約をしているというので、「悠長にトリミングなんてしてる場合じゃなかろう」と思うが、いつもどおりが大事なのだ、老衰だからできる治療はあるのか…と母が言う。実際目の周りがぼさぼさになってきていたので、トリミングのあとに動物病院に連れていくことにし、お店に一度預ける。15時頃には終わるという。

この間、仕事のメールを確認したり、執筆したりするも身が入らぬ。

13時頃にお店から、くりんの呼吸が苦しそうなのでトリミングは断念したと電話があった。友人と執筆のためにつないでいたオンライン作業を中断し、すぐ母と迎えに行った。

呼吸の様子は今朝と変わらず、一匹だけつるんときれいになったかりんを先にケージから出したので、「自分も」とせがむようにキャンと吠えた。よかった、まだ元気はある。一時帰宅し、15時に午後の診察を始めるかかりつけの動物病院に電話。くりんの症状を伝えると、予約はいっぱいだが受けてくれるというので準備する。かりんは留守番となり、くりんのみ連れて病院へ。
私はここまでのところ、グリーフの勉強や備えのおかげで(?)、意外と冷静さを失ってはいなかった。

予約の合間をぬって診てもらうのでどのくらい待つか分からなかったが、早い段階で動物看護師さんが歯茎を見たり心臓の音を聞いたりとトリアージしてくれた。母が「もう老衰かと思うんですが」というと、「そんなことないですよ。16歳で若々しいです」と言ってくれて、なぜか私が誇らしげになる。

その後、待合室で母と雑談していたが、ふと、くりんが亡くなったら遺骨や遺毛は、身につけられるアクセサリーにしてもらおう……そんな話し合いもしなくてはならない…と思ったのも束の間、涙が出てきた。(これを書いている今も涙ぐんでしまう)

涙ぐんでいるのを気づかれないようにくりんを撫でていたら、また看護師さんがやってきて「このまま待ってもらおうと思います」と言われたので、緊急度はそこまで高くないのだと少しホッとする。しかし念の為、酸素吸入室で待ってもらうというので、病院の奥の方に行く。小動物高濃度酸素集中治療室(ICU)という、名前だけ聞くとビビってしまう、大きな電子レンジのような部屋にくりんを入れた。
斜め下のケージには、エリザベスカラーをつけた綺麗な眼の猫がいて、ここにも頑張っている動物がいるのだな、と思い、しばし見ていた。
箱に入れられた当のくりんは、しばらくキョトンとして立っていたが、目の前の椅子に座り母と眺めているうちに、伏せをした。呼吸は変わらず、お腹で息するような感じである。

途中、獣医さんの問診があったり、くりんがひょいと連れていかれてレントゲンや血液検査があったりしたが、さして鳴きもせず、小さな躰で頑張っていた。
ICUには、くりんを連れて来る用のカバンを良かれと思って入れていたが、さっき邪魔そうだったので、もう一度ICUにくりんが入る前に、端に避けてみた。しかしくりんは、結局避けられたかばんの上にぴょんと飛び乗って、その上で伏せて寝た。その後、呼吸は少し小さくなり、楽になったような気がする。においで安心してくれていたらいい、と思った。

検査結果を待っている間は、くりんにもう治らない大きな病気が見つかるかもしれない、と思うと怖くなった。
これまでくりんは平均寿命を越えても大病知らずで、今も、白内障と粗相、歯がなくなったこと、足腰が弱ってきたこと以外は(これでも多いか?)、まだまだ私には子犬のような存在だ。

足腰が弱っておむつをしても、舌が出てても、ぴんと立ち、ごはんをねだりに行く

例えば癌と診断されたり、このまま入院となることを伝えられるのを想像すると、その場で自分が泣き出してしまうイメージが容易に思い浮かび、また泣きそうになる。母との雑談で気を紛らわす。

どのくらい待ったか、獣医さんが検査結果を携えて来てくれた。とても丁寧に説明してくれる。まとめると、何らかの炎症が体内で起きているので頑張って血をつくりだしている感じ…ということだった。また左肺がやや白いという。そのため、気管支を広げる薬と抗炎症剤を出してくれることになった。
年齢的には、元気にごはんを食べていた翌日に亡くなることもあるし、検査をしていない部分に何かあるかも分からない、ということも伝えられる。こればかりは仕方ない。
とりあえずの検査所見に納得し、さきほど脳内で想像した展開にならなかったことには安心できた。

医療職の母は「軽い肺炎だな」と結論付け、予想外の治療費(2万超)にも表面的には平然としていた。
吸入を終えたくりんを受け取り、車に乗った。苦しそうであるが、薬で楽になるかもと思い、希望が持てる。

帰宅するとヨタ…ヨタ…とゆっくり歩き、自力で水を飲んでいる後ろ姿が懸命に見え、愛おしさを感じずにはいられなかった。

本当は以前がっついていた味のチュールと犬用ケーキを買ってあげたいと思っていたが、その時間はとれなかった。明日から遠方に出張なので、もう私は自宅に帰らねばならない。
しばし犬たちとお別れの撮影会をして、まだ元気でいてくれますように…と願い、家を出た。

くりんは母の腕で心地よさそうである。
今回かりんのことはあまり構えなかったが、同じく老犬。元気でいてほしい。

この日記は、喪失を研究している立場から、ペットロスに伴う予期グリーフを自分自身が抱えるために綴っているとともに、今後の喪失研究や臨床実践に活かすための記録でもあります。

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