〈Chef's choice〉 アルデッシュ地方で栗林を100年守り続けてきた。
文・撮影/長尾謙一
何を選び、どう使うか。
〝これはいいね〟とシェフが選ぶ素材を
料理にどう展開するのか……。
素材を軸にしたシェフの読みをひも解きます。
〈今回の素材〉
サバトン
AOP シャテーニュ ダルデッシュ ピューレ/マロンピューレ/マロンペースト/マロンクリーム/マロンエトフェホール
(素材のちから第38号より)
伝え続けて来たアルデッシュの栗への情熱を、世界中のシェフやパティシエが信頼しているのです。
〝シェフズ チョイス〟の3回目はフランス、サバトン社の「マロン製品」。3世代、100年、厳格に守り続けるこの品質をシェフはどう料理するだろう。
レストラン ラフィナージュ(東京・銀座)
オーナーシェフ 高良 康之 さん
香り、甘み、コク、色、テクスチャー、すべてから栗の命を感じる。〝ナチュラル〟という評価は、このブランドのためにある。
──「サバトン社」のマロン製品のよさは、どういうところにあるのでしょうか。
そうですね、フランスの栗の名産地アルデッシュ地方の栗を使って、とにかく品質のいいものをつくり続けたいというシンプルな志が強く製品から伝わってくること、簡単に言えばそういうことになります。
私は18歳からホテルで仕事をはじめましたが、冷たいオードブルやデザートの手伝いをすると必ず出会うのが「サバトン社」のマロンピューレやマロンクリームでした。当時から「マロンクリームをお願いします。」と問屋さんに頼むとこれが届く。日本の料理人のほとんどの方はこのブランドが入り口ではないでしょうか。
以来、今もずっと使っていますが、品質のブレを感じたことは一度もありません。原料になる栗は自然に育まれるわけですから、毎年毎年気候の違いなどによって収穫される品質にはばらつきがあるはずです。これを1世紀、3代にも渡り変わらない品質を厳格に守り続けることは想像以上に大変なことでしょう。
長年守られてきたレシピに従ってつくられる「サバトン社」のマロンクリームやマロンペーストなどの製品は、栗本来の味わいが深くフランスだけではなく世界中で高い評価を受けています。私も凄く信頼していますし、これからも使い続けます。
──100年変わらない品質の安定を支えるものは何だと思われますか。
私は残念ながらサバトン社をお訪ねしたことはありませんが、伺ったところによると、ビジネスでサバトン社を訪れると、お客様はいつも栗林に案内してもらい、丁寧な説明を受けるそうです。その時期が収穫時期ではなくても、現地農家の方々と共に栗林を歩き、地域の歴史と栽培から収穫までの詳しいお話を聞かせてもらえるそうです。
時間がない時には大切な商談を切り上げても、栗林への訪問だけは欠かさない、要するにアルデッシュの栗林をいかに大切にしているかの表れでしょう。
収穫した栗の品質だけを見て加工するのではなく、栗の成長の様子と合わせて加工の要素を総合的に判断する。長く品質が安定しているのはこうした栗への愛情からなのだと思います。
「サバトン」をこう使う①
個性ある豚の血にも負けない自然な香りと味わいを「マロンピューレ」は持っている。
──サバトン社のマロン製品は落ち着いた香りと甘さを持っていて、風味に自然な広がりを感じます。今回はどのような料理でこの特長をいかしますか。
今回はまず、〝豚の血〟を使った料理に「マロンピューレ」を使います。〝豚の血の料理〟と聞くとちょっと構えてしまうかもしれませんが、フレンチではブーダンノワールなどは人気の高いポピュラーなメニューです。今回はシャルキュトリーとして腸詰めにするのではなく、料理として提供します。
ポイントは豚の血の風味とマロンの風味を合わせて一体化させることです。血の風味が強いと生臭いし、マロンの風味が強いと味気ない。そのために血が持っている鉄のような風味の中から感じる甘さと、「マロンピューレ」が持つ栗本来の甘さのトーンを揃えることがポイントです。
「マロンピューレ」を合わせるとマロンの風味が少しぼんやりするかと思って、ここにカカオマスの渋味と苦みを使って二つのバランスを取ることにしました。
マロンにはもともと渋皮がついているので、カカオマスの渋味とマロンの相性が悪いわけがないと思ったからです。毬栗の時にはまだ青っぽい香りがあって、それをイメージしてパセリも加えました。
ですから、もともとのマロンの原形から風味の要素をバラしていって何と相性がいいかなというのを探していったのです。
──豚の血の風味に「マロンピューレ」の風味は負けませんか。
鍋で豚の背脂で玉ねぎのみじん切りを透き通るところまで炒め、そこに生クリームと溶かしたカカオマスと「マロンピューレ」を加えて火を止め、温度を下げながらゆっくりとのばしていきます。
この「マロンピューレ」は凄く溶けやすく生クリームに直接入れても綺麗に溶けて馴染んでいきます。ザラザラ感も出てきませんから漉す必要もなく、凄く使いやすいですね。
そこにコーンスターチと塩、キャトルエピスを加えて綺麗に馴染ませたら、今度は豚の血を入れます。ここで温度が落ちていないと豚の血に火が入ってしまいますから、一旦温度を落としてあげて豚の血を入れてから再度火にかけます。
豚の血500ccに対して「マロンピューレ」を50g入れましたが、それだけでも十分味わいが出て「マロンピューレ」の風味は負けていません。香りづけのパセリは最後に加え、器に流して湯煎で蒸します。
仕上げは表面をキャラメリゼして焼けたキャラメル香と苦味を加え、上には「マロンエトフェホール」を飾りました。「マロンピューレ」の自然な風味は豚の血の風味と一体化してブーダンを上品な料理にしていると思います。フレンチならではの一品ですね。
「サバトン」をこう使う②
「AOP シャテーニュ ダルデッシュ ピューレ」からは、アルデッシュの固有種が持つしっかりとした頑固な質感が伝わってくる。
──血や肉とマロンの相性がいいのは分かりましたが、シーフードとの相性はいかがでしょうか。
実はマロンの風味はオマール海老やラングスティーヌなどの甲殻類と凄く相性がいいのです。
それでは次に「AOP シャテーニュ ダルデッシュ ピューレ」を使って、ラングスティーヌのフリカッセをつくってみましょう。
詰めて味を調えたフォン・ド・オマール300ccに対して75gの「ダルデッシュ ピューレ」を加えてハンドミキサーでほぐしていきます。「ダルデッシュ ピューレ」はちゃんと溶けるので漉す必要はありません。
あとは、ごく少量の生クリームと牛乳だけ加えてバターは加えません。バターは加えなくても「ダルデッシュ ピューレ」がしっかり香りとコクを出してくれて、綺麗に泡立った状態を保ってくれます。
「ダルデッシュ ピューレ」の粘性のよさはバターに代わるつなぎとして重さをちゃんと持っています。ソースのつなぎに野菜のペーストを加えたりする料理はよくありますが、この「ダルデッシュ ピューレ」ならソースのつなぎに入れてもいいと思います。
これからの季節はジビエの時期ですから、「ダルデッシュ ピューレ」を使った赤ワインソースなどは鹿料理にいいと思います。
さて、ラングスティーヌは、セロリ、セップ茸、「マロンエトフェホール」と一緒にフライパンでソテーし、ラングスティーヌは、表面に焼き色がついたらそれ以上火を入れないように外します。
他の具材に火が通ったらラングスティーヌをもどして、オマールとマロンのソースを加えて皿に盛ります。
セロリを使ったのは、セロリのようにフレッシュ感のある酸味を持つさわやかな野菜があることで甲殻類とマロンがうまく結び合って相性のよさを凄く発揮してくれるからです。どうでしょう、ラングスティーヌの甘みにボリュームが出ていませんか。
「ダルデッシュ ピューレ」は香りも味わいも素晴らしいと思います。砂糖やバニラ香など余分なものは何も加えないシンプルな状態はとても扱いやすく、さらにアルデッシュの固有種が持つしっかりとした頑固な質感が伝わってきます。
こうして昔から地域のテロワールを守り続けてきた個性のある食材が、時代とともに生産性を優先してつくられるものの中に埋もれていってしまっては、世界の料理人やパティシエにとって大損失です。
これだけはっきり個性が出ていて香りも凄くいいので、これはもうこのままずっと残していってもらいたいですよね。「AOPシャテーニュ ダルデッシュ ピューレ」とはそういう素材だと思います。
「サバトン」をこう使う③
「マロンクリーム」のバニラ香、濃厚感はアレンジせずにそのまま使う。
──サバトン社伝統のレシピでつくられた「マロンクリーム」でデザートをお願いします。
「マロンクリーム」はバニラ香も、濃厚感もとてもバランスがいいので、これをあまり複雑に組み立てない方がいいかなと思って、牛乳と卵だけを加えてプリンをつくりました。生クリームを加えるとリッチすぎて「マロンクリーム」の風味が出てこないので「マロンクリーム」150gに卵が2個、牛乳200ccです。「マロンクリーム」は粘性も綺麗に持っているので、つるっとしたプリンができあがります。
添えるキャラメルのアイスクリームは濃厚で重いので、逆にマロンのプリンには対照的な食感が欲しかったのです。砕いたメレンゲのプレートと「マロンエトフェホール」を飾りました。プリンからやさしく立ち上がるマロンの風味にはフレッシュのブルーベリーがぴったり合います。この控えめながら押しのあるマロンの甘さの存在感、使い慣れているとはいえ、改めて「マロンクリーム」の完成度に感心します。
今回、サバトン社のマロン製品を改めて使ってみて、長く続く歴史あるものには迷うことのない真実のようなものがあるなと思いました。私も自分なりの歴史を積み上げてみたいものです。
(2020年8月31日発行「素材のちから」第38号掲載記事)