チャットを正しく使いこなすための基本・応用・土台
組織のDXを進めるなかで、ビジネスチャットの導入は初歩的な取り組みとして多く取り上げられる。しかし、単純に導入しただけではその価値をうまく引き出せないことがある。そしてうまく機能していないにしても、惰性で続いている情報量のない挨拶をなくす口実を作ることで*1、多少の業務効率化にはつながってしまい、明確に大失敗にもならないのでたちが悪い。
チャットの活用事例として高度な個別のプラクティスは多くある。ただ、チャットが上手く機能しない背景には、そういった個別の取り組み以前に導入時に前提の考え方を伝えていないことが問題の原因なのではないか。ということでその点について考えてみることにする。
①基本:帰属の設計
チャットの基本は、帰属の設計である。メールとチャットではこの点は大きく異なり、勘違いするとメールの使い方を引きずってしまう。
コミュニケーションの帰属
メールはメールボックスを起点に設計されている。メールアカウントは個人に付与するものなので、メールが蓄積されるのは個人になる。念のため共有しておきたければ、CCに入れて該当者のメールボックスに格納をさせる。これがとりあえず連絡されるマネージャーのメールボックスが爆発する要因である。
一方、チャットは場に蓄積される。グループ、チャネル、スレッドを適切に配置することで、場に連絡を残すことができる*2。場に投げられたチャットをどう通知するかは、送付側のメンション/受信側の通知設定により調整することができる。つまり、投稿されたコミュニケーションを通知するかをソフトウェアで統制することができる。
ここを理解して上手く使うことができれば、組織内の情報の透明化/事後的な情報の検索性の向上/異動・離職に伴う情報損失の回避に寄与することができる。一方、失敗するとDMが蔓延し、情報が閉鎖されメールと大して変わらないものになる。
ドキュメントの帰属
次に、クラウドで同期させることが基本にあると、ドキュメント管理の方法が変わってくる。(かつての)メールではメールを送るごとにファイルが複製されるので、日付や「_v1」による、ファイル名ベースのバージョン管理がなされていた。
一方、クラウドでのファイル管理が当たり前になると、同一ファイルに対してアプリケーションの機能としてバージョン管理するようになる。同一ファイルを同期/非同期で自由に編集できるようになる。共有フォルダでフォルダ構造で整理をするやり方から、検索やリンクによってファイルにアクセスするあり方や権限の調整も利用することができるようになる。このとき、コミュニケーションの帰属と合わせて、グループで活用する場にファイルを帰属させることができる。
ただ、チャットツールとオンプレの共有フォルダが並立していたり、フロー情報とストック情報をいかに使い分けるか、ストック情報をいかに更新していくか、適切なアクセス管理を行えるのかに取り組むのは結構難しいことでもある。あまりよくわかっていないと、ファイルが乱立しときには退職と共に消失したりして、ドキュメントが闇に包まれてしまうことがある*3。
②応用:エコシステムの設計
コミュニケーションやドキュメントだけでなく、サービス間をつなぐインターフェースとなれるのもチャットの優れたところである。直接的に関係のない他部門の動向を追うことができたり、何らかの行動が行われたことをトリガーとして通知をすることができたりする。さらには、外部サービスとAPI連携することによって、チャットを打つことで画面を切り替えることなくそのサービスを活用することができる。
これは少し技術がわかっていればそれほど難しいことではないのだが、データのエコシステムをつくる意識が必要だったり、そもそも連携できるサービスを実験的に導入する意思決定ができるかがボトルネックだったりして、デジタルリテラシーの低い組織では意外と難しいことでもある。
③土台:組織文化/基礎スキル
①であれ②であれ、それ以前に組織レベルで土台がないと、あらゆる運用が絶望的に上手くできない。チャットの活用には下記のようなことも重要である。
性善説or性悪説の組織文化
制度設計には、性善説(人間は本質的に善だと捉えて自由を与える)/性悪説(人間は本質的に悪だと捉えて制約を与える)の2つの考え方がある。チャットは情報を公開することに価値があるので、あれもこれも規制して悪いことをさせる余地をなくす性悪説の考え方の下ではポテンシャルを生かし切ることはできない。
マネジメントスタイル
合理性よりも権力関係の方が重視され、情報の非対称性を濫用した組織政治が横行する組織ではチャットは上手く使えない。そういった組織では、DMの割合が高くなったり、肝心なことは電話で連絡することで重要な情報が場に残らないようになる。
ドキュメント活用のスキル
情報を効果的に蓄積して活用するには、文字で情報整理する習慣、文字で要点をまとめる思考力、文字から情報を読み取る読解力が求められる。何をフロー情報にして、何をストック情報で整理し直すかも含めて、ドキュメントを上手く活用できないと情報が爆発して結局流れていくだけになりかねない。
最後に
チャットを効果的に使うには、それまで使っていたツールに対してどういう考え方の変更を行わないといけないのか、それを実現するための土台には何が必要なのかを理解することが重要である。そして、導入時にきちんと運用の思想を伝え、場合によっては活用の効果を最大化するためのトレーニングも必要かもしれない。たかがチャットにそこまでやる?という印象を持つ人もいるかもしれないが、日常の情報流通が効果的に行えない組織が、生産性高く事業成果を上げられるはずはないのである。
*1 これさえもなくせない組織からは逃げましょう・・・
*2 この点では共有アドレスも考え方は一緒である。
*3 というかここは運用原則がないと容易に魔境になる、というか既に現環境は(以下略)