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君のレンズに映りたい。
__シャッ!シャッ!シャッ!
小気味良い音が耳に届き、ふと隣を見た。
ーーへぇ、珍しい。
今時デジタル一眼レフじゃないのを使ってる子がいる。
風が収まり波が消えるのを待って真剣な顔でシャッターを切る彼女の姿からしばらく目がそらせなかった。
思えば、あの時から既に美沙に惹かれていたのかもしれない。
今日は、加入した大学の写真サークルの集まりでウユニ湖みたいな写真が撮れると話題の海に来ている。現地集合現地解散で陽が暮れる時間まで少し余裕がある。
リーダーが
『そこ! 一番綺麗に映る所だから足跡残すなよーー 』と
時期外れの海水浴の様にはしゃぐ仲間に声をかける。
春の海は風が強い。
海風を避ける様に、堤防のそばに腰を下ろして夕暮れを待つ。
雲雀の鳴き声が遠のき夕暮れに変わると潮風が鼻腔を突く。
撮影が始まり、絶景の瞬間を逃すまいとみんな一斉にシャッターを切る。
ピッ…ピッとデジイチの電子音やスマホのシャッター音があちこちから聞こえる中
隣から
__シャッ!
と少し珍しい切れ味の良い音が聞こえて
振り向いた。
長い髪の小柄な女性が、小さな手で一眼レフを構えている。
なぜか目が離せなかった。
「話しかけてもいい…?それどこのカメラ?」
美沙は、ああ、と言った様子でカメラのショルダーを外し手渡してきた。
『ニッカ+ニッコール』
「すごい。よくこんなの手に入れたね」
よく手入れされている。
『じいちゃんのを貰ったの』
いたずらっぽく笑うその顔にちょっとキュッと胸が高鳴った。
……お祖父さんはもう他界されたのだろうか余計なことは聞くまい。
ありがとう、とカメラを返す。
『今日の写真、見せ合おうよ。これ、私のインスタね』
メモするものを探している自分に美沙はサッとスマホを俺のポケットから奪い
インスタアカウント部分を撮影した。ああ、そんな手があったのか。
__シャッ!
映るのが苦手なのに、シャッターを切られた。
「くそッ不意打ちだ」
と苦笑すると、朗らかに彼女は笑った。
ひとりでカメラ持ってあちこち出歩いていた日々がここ一年美沙も一緒に行くことが増えた。車の免許を持っていない彼女と持っている自分、撮影するものの好みも似ていたことも気が合った理由の一つだ。
ガソリン代の代わりにと時々お弁当を作ってくれる様になった美沙。打ち解けるに従って色んな表情を見て気づけば、撮影スポットを探すのはデートに誘う言い訳になっていた。
そんな友達関係が一年くらい続いたある頃誘いを断られることが続いた。
問いただすのも無粋だろうか?
彼氏ヅラするなって言われるかな…
いっそ告白してしまおうか。
そんなことを悶々と考えていたら、突然彼女から理由を聞くことになった。地元の幼馴染が入学してきて色々面倒を見ているそうだ。
昔はただの幼馴染だったんだけど……今は、なんだか女として意識されてる感じがして戸惑ってるらしい。
会って写真でも撮りながら道中詳しい話を聞こうかと誘った。
正直に言うとそんな話は聞きたくなかった。
幼馴染だろうが、なんだろうが
別の誰かなんて好きにならないで欲しい。
ただ一緒に居たいと思って絶景の透明度と話題のプライベートビーチ風の海岸へ美沙を連れ出した。車の中で、幼馴染の敏弘くんとやらの話を聞く。
『敏弘はさ、実家が隣同士で姉弟のように育ったんだ。小中と一緒でね。高校も同じところでよく一緒に登下校してたよ。ほんと、弟って感じで思ってたんだけど……
再会して何だか私のことを女として見てるっていうか。好きアピールがあって、それが嬉しいような、ちょっと嫌なような複雑なんだ』
なるほど、まだ告白はしてない様子に内心ほっとする。
こんなに綺麗で可愛らしい美沙のこと女として見ないほうがおかしい。
美沙から自分は男運が無いと以前聞いたことがある。過去の恋愛は幸せとは思いづらいものだったのだろう。
それを知っているから、自分は美沙が好きだと意思表示を敢えてせずグッと感情を抑えて友人関係を貫いてきた。
噂の抜群の透明度を誇る海岸に到着した。
『うわぁ~!沖縄みたいね!』
彼女がパァっと笑顔になり日傘をさして駆け出す。
「大事な相棒忘れてるぞー。」いや……俺の事とは言わない。カメラだ。
手渡し隣で海を見ていると強い風でふわふわの美沙の髪がこちらに流れてくる。
「ちょっ…」
そっと除ける時に手の甲に触れた髪が柔らかくて微かに花の香りがし胸が軋んだ。
髪に触れただけで全身が好きだと切なく叫んでいる。
気持ちを隠すかの様に、カメラを構える。気づけば彼女を撮っていた。
髪にふれた右手が熱を持っているーー
お互いに講義や課題が忙しくなり、バイトの休みなども合わず数ヶ月の時が過ぎた。サークル仲間から美沙が後輩と一緒にいるのを見かけたらしく
「お前らコンビ解消したの?」 と言われたがそもそもコンビでは無い。
一緒に居たいが、タイミングが合わないのだ。
そんな日々を過ごしていたある日、食堂で美沙に会った。
大事なカメラをテーブルにケースも付けずに置きっぱなしでなんだか力無く突っ伏していて元気がなさそうだ……
「美沙、久しぶり。どうした? 」
美沙は顔を上げると少しバツが悪そうに、小さな声で話し始める。
『私の自意識過剰っていうか、敏弘さ……私の事が好きって思ってたんだけど、暫く一緒に居て見て元カノと私を重ねてるなぁって気づいちゃって。だからまた”お隣のお姉ちゃん”に戻ろうって思って決心してるとこ』
「そっか……ヨシ!一人ぼっちの美沙のために俺がクリスマスはどこかで奢ってやるよ、空けといて」
明るく茶化そうとするばかりに上から目線過ぎただろうか?じわじわと後悔が募る。
少し間が空いて
『……美味しいご飯と絶景スポット』
前向きな返事にホッとすると同時に、
巡ってきたチャンスに内心ガッツポーズを取る。
今度は俺のターンだ。
一人芝居では終われない冬が来た。
来年はいつも傍に美沙が居ますように…
君のレンズに映るのは俺でいたい。
そっと心に誓う。
Fin