テレビドラマを分析する_-3_アートボード_1

恋愛ドラマ3.0


テレビドラマを見ていて、急にくっついたり離れたりする男女や、俺様系男子の壁ドンシーンに「なんか軽いんだよなぁ」と思ったことのあるひとも少なくないだろう。

そういうものが「恋愛1.0」(恋愛のバージョン1.0)だとするならば、「恋愛2.0」「恋愛3.0」とはなんなのか。恋愛1.0から3.0を、テレビドラマを使って分析してみたい。


恋愛のバージョン

恋愛1.0〜3.0がなんなのか、わたしの考えはこのようなものだ。

恋愛1.0:ビジュアルの好みや性的な興味での好き嫌い
恋愛2.0:きっかけは1.0と同じビジュアルの好みや性的な興味での好き嫌いだけれど、その奥にある人間性への興味
恋愛3.0:そもそもきっかけがビジュアルの好みや性的な興味ではなく、人としての相手への興味や、目の前の人を愛そうとする意思や努力


少女漫画をドラマ化したものはたいてい恋愛1.0にあたると思う。高校生くらいだとそもそもの恋愛のバージョンが1.0なのは当たり前なので、少女漫画が恋愛1.0なのはある意味当たり前ともいえる。

例を出した方がわかりやすいと思うので、今やっているTBSドラマ「恋はつづくよどこまでも」になぞらえると(見ていない人でもわかるのでご安心を)、

主人公の佐倉(上白石萌音)は高校生のとき、道に倒れた人を咄嗟に助けるイケメン医師の天堂(佐藤健)に惚れて、看護師を目指す。

恋をする瞬間のシーンでも、そのあとの物語でも、天堂(佐藤健)がイケメンであること以外に、惹かれている理由が特に描かれていない。

そして、テレビドラマでは(その他映画などの作品でも)たいてい、主人公とその相手のとの恋愛以外にも他の登場人物たちの恋愛も同時に描かれるが、

主人公の恋愛がバージョン1.0であれば、その他の登場人物の恋愛もまたバージョン1.0なのである。

「恋はつづくよどこまでも」の場合も、同僚の看護師が天堂の姉(香里奈)に恋をするが、それもあくまで「一目惚れ」、つまり恋愛1.0なのだ。


そして、これらは恋愛ドラマに登場する人物たちの恋愛のバージョンの話だ。これとは別に、「恋愛ドラマとしての」バージョンもあると思っている。




恋愛ドラマのバージョン


恋愛ドラマ1.0:キスや壁ドンなど、わかりやすい登場人物の行動でしか表現していない、セリフで言わせてしまう
恋愛ドラマ2.0:登場人物がなぜ相手に惹かれるのかを、セリフではなく映像で伝えている
恋愛ドラマ3.0:登場人物の恋愛観や、他者との関係性のなかで揺れ動く登場人物の心の動きを、つねに表現できている

「恋愛ドラマ1.0」は「恋愛1.0」ともリンクしている。登場人物の恋愛がバージョン1.0の場合、恋愛をしている理由がビジュアルの好みや性的な興味しかないので、他者との関係性のなかで揺れ動く登場人物の心の動きはそもそも表現できない。

「ビジュアルの好みや性的な興味」で芽生えた恋が、うまくいくかどうかに終始しやすい。

それに対して「恋愛2.0」「恋愛3.0」を表現しようとすると、揺れ動く登場人物の心の動きを表現できないと、「人の奥にある人間性への興味」や「人を愛そうとする意思や努力」は表現できない。


そう考えると、2016年放送のTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」はどちらの観点においても3.0か、それに近い作品だったと思っている。

例えば、平匡(星野源)が35年間、女性とお付き合いしたことがないために、興味のある女性がいても他にライバルになるような男性が現れると自信をなくして壁をつくってしまうことや、

平匡の同僚の風見(大谷良平)はイケメンがゆえに、「女性からどうせわたしなんて相手にされない」と勝手に壁をつくられてしまうという悩みを抱えていることなど、

ひとりひとりの登場人物の過去の経験やトラウマからくる恋愛観や恋愛の癖がちゃんと設定されており、そのうえでそれを乗り越える恋愛をしようとしている登場人物の心の葛藤が描かれているのだ。

そう考えると、登場人物も自分の恋愛のバージョンをアップデートしようとしているとも考えられる。

(もちろん、それらを「僕は〜というトラウマがあるから」という風にセリフとして言わせるような安直なことはしない。回想シーンや人と関わるなかから読み取れるように、ちゃんと映像作品として成り立たせている。)

それ以外にも、主人公のみくり(新垣結衣)と平匡(星野源)が本当の気持ちを伝え合ったり暮らし方を議論するシーンは、相手を愛するための努力に感じられるし、

みくりの母さくら(富田靖子)の、運命の相手は見つかるものではなく「(目の前の相手を)運命の相手にするの」というセリフは、まさに愛が技術や努力であることを表していると思う。


ナレーションを多用し、つねに主人公の心の機微を表現していたり、それぞれの登場人物のトラウマやメンタルモデルなども表現しているなど、本当に秀逸な作品なのだ。

※わたしはこの「逃げ恥」をおそらく50回以上(10話すべてを50回なので50時間以上)見ているので、逃げ恥については引き続き言及していきたい。


最後に


今まで数多くの恋愛ドラマを見るなかで、このドラマつまんないなぁと思っていたものを、この恋愛のバージョンを考えたことで、

「そりゃ恋愛3.0がしたいわたしが恋愛1.0のドラマを見ても共感できないよな」と言語化できたのがよかった。

そして、恋愛1.0しか経験したことがなければ3.0を表現することはできるわけはないので、恋愛3.0に向かうひとが増えなければ恋愛3.0の作品も増えない。

ただ、恋愛1.0しか経験してないひとが多いことも事実だし、恋愛1.0的なドラマを見たいときもあるので、恋愛1.0のドラマに意味がないとは思わない。

だけど「恋愛3.0」や「恋愛ドラマ3.0」が増えたら、日本人の恋愛観にも影響を与えることができ、より多くのひとが豊かな恋愛をすることができるようになるのではないかと思う。



この連載は、年間400時間以上ドラマを見るわたしが、様々な視点から日本のテレビドラマを分析することで、テレビドラマの新たな見方や楽しみ方をお伝えするnoteです。

いいなと思ったら応援しよう!

そい|内藤千裕
読んでいただきありがとうございます。サポートいただいたお金は、ちょっと元気がないときにおいしいものを食べるために使います。