ノルウェー南東部における外傷性頚髄損傷:急性期治療、脊髄損傷の専門的リハビリテーション施設への紹介、死亡率 - Traumatic cervical spinal cord injury in southeastern Norway: acute treatment, specialized rehabilitation referral and mortality
このnoteではノルウェー南東部における2015年から2022年までの外傷性頚髄損傷患者(cSCI)の集団ベースの縦断研究に関する報告をまとめて皆様にお伝えします。
急性期治療、脊損専門リハビリ施設への転院率、90日死亡率を分析し、特に高齢者におけるリハビリテーションへのアクセスと予後に関する課題を明らかにしています。
年齢、合併症、損傷の重症度が、手術、リハビリテーションの受療率、死亡率に影響を与えることが示されています。
高齢者へのリハビリテーション提供の優先順位付けに関するガイドラインの策定、またはリハビリテーションセンターの受け入れのキャパシティ向上などの対策が必要であると結論付けられています。
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要約
リハビリテーション受療率の年齢差
高齢者のリハビリテーション受療率が著しく低いことが判明。80歳以上の患者では、脊損専門リハビリテーションを受けた人はほとんどおらず、6%にとどまりました。一方で、65歳未満の患者ではその割合が70%に達しています。
若年であることや、受傷前に自立した生活を送っていたことがリハビリテーション受療の主要な要因として挙げられています。
高齢者へのリハビリ提供の課題
高齢者ではリハビリ効果が低いと見なされる傾向がある。
併存疾患が多くリハビリ実施が困難な場合がある。
リハビリ施設のキャパシティ不足も一因と考えられる。
急性期医療の現場では「高齢者はリハビリに反応しづらい」という先入観があるかも知れない。
高齢者のリハビリの可能性
高齢者でも受傷前に自立していた場合や合併症が少ない場合には、リハビリによる利益が得られる可能性がある。
年齢のみに基づかず、患者個々の状態を慎重に評価し、リハビリの提供を判断するべきである。
筆者からの提言
リハビリ提供に関する優先順位付けガイドラインの策定。
リハビリ施設の受け入れのキャパシティ向上。
全ての患者がリハビリの必要性と可能性を適切に評価される体制の構築すべき。
外傷性頚髄損傷患者の手術率と年齢の関係
この研究におけるcSCI患者の手術率と年齢の関係について説明します。
この研究では、cSCI患者に対する手術率は、年齢に関係なくほぼ同じであることが示されています。具体的には以下の点が挙げられます。
手術実施率
研究対象となった370人のcSCI患者のうち、288人(78%)が手術による減圧術または固定術を受けています。
このうち、16人はOUH(オスロ大学病院)への入院前に手術を受けており、そのうち9人は海外の病院で、7人はノルウェー国内の他の地域にあるNTC(神経外傷センター)で手術を受けています。
残りの272人は、OUHに入院後に手術を受けています。
年齢層別手術率
年齢層別に見ると、65歳未満の患者で79%、65-69歳で78%、70-79歳で79%、80歳以上で70%と、各年齢層間で手術率に大きな差は見られませんでした。
年齢に関係なく、ほぼ同程度の割合で手術が行われていることが示されています。
手術内容
手術内容は、前方固定術が130例(45%)、後方固定術が75例(26%)、前方と後方からの複合固定術が59例(21%)、後方からの椎弓切除術が24例(8%)でした。
手術のタイミング
受傷から手術までの時間の中央値は、AISグレード(重症度)によって異なり、AISグレードAで18時間、Bで20時間、Cで27時間、Dで62時間でした。
AISグレードAおよびBの患者は、AISグレードCおよびDの患者よりも早く手術を受ける傾向がありました。
OUHで手術を受けた272人の患者のうち、受傷から24時間以内に手術を受けたのは41%でした。
手術を受けなかった理由
手術を受けなかった82例の患者の理由は、軽微な神経学的障害や手術の必要がないと判断された場合が39例、生存不能な損傷が26例、合併症により手術のリスクが利益を上回ると判断された場合が8例などでした。
この研究ではcSCI患者の手術実施において、年齢は主要な決定要因ではないことが示唆されています。手術の実施は、損傷の程度や手術の必要性、そして手術がもたらす利益とリスクのバランスに基づいて判断されていると考えられます。ただし、手術のタイミングに関しては、重症度(AISグレード)や年齢が間接的に影響している可能性も示唆されています。
集中治療室(ICU)での平均在院日数と平均在院日数に影響を与える4つの要因
ICUでの平均在院日数について
ICUへの入室: 研究対象となった370人のcSCI患者のうち、323人(87%)がICUに入室しました。
ICU在院日数の中央値: ICUでの在院日数の中央値は7日間(IQR 5-10日)でした。
この研究では、ICU在院日数の中央値は7日であり、IQRは5日から10日であったと報告されています。
集中治療室の在院日数に影響を与える4つの要因とその理由
ICUの在院日数に影響を与える要因として、以下の4つが挙げられ、それぞれの理由について説明します。
若年であること:研究では、若い患者ほどICUの在院日数が長くなる傾向が示されています。これは、若い患者の場合により積極的な治療アプローチがとられる可能性や、重症度が高い場合により長期のモニタリングや治療が必要になることが考えられます。また高齢者に比べて合併症が少ない場合、より長くICUで治療を継続できる可能性もあります。
cSCIの手術を受けたこと:手術を受けた患者はICUの在院日数が長くなることが示されています。手術自体が患者に侵襲を与えるため、術後のモニタリングや合併症の管理のためにICUでの在院日数が必然的に長くなります。特に、頚椎の固定術や減圧術は、術後の呼吸管理や神経学的モニタリングが重要となるため、ICUでの観察期間が長引く可能性があります。
人工呼吸器による治療期間が長いこと:人工呼吸器治療(LVT)が長くなると、ICUの滞在期間も長くなることが示されています。これは、人工呼吸器を必要とする患者は、呼吸機能が著しく低下しているか、その他の重篤な状態にある可能性が高く、ICUでの集中的な管理と治療が必要となるためです。また、人工呼吸器関連肺炎などの合併症が発生した場合も、ICUでの在院日数が延長される要因となります。
アメリカ脊髄損傷協会(ASIA)のAISグレード:特にAISグレードBの患者でICUの在院日数が長くなる傾向が見られました。これは、グレードBの患者がより複雑な治療や管理を必要とする可能性があるためと考えられます。
これらの要因は、それぞれ独立してICUの在院日数に影響を与えるだけでなく、相互に関連し合って、より複雑な影響を及ぼす可能性もあります。例えば、若い患者が手術を受け、人工呼吸器による治療が必要となった場合、ICUの在院日数はさらに長くなることが予想されます。
なお、この研究では、高齢者ではICUの在院日数が比較的短い傾向が示されています。
これは、高齢者の場合、合併症が多いこと、治療に対する積極的なアプローチが控えめになる可能性があるためと考えられます。ただし、これはICUの受け入れキャパシティの問題や、高齢者に対する治療方針の差による可能性も指摘されており、さらなる検討が必要とされています.
高齢者における脊損専門リハビリテーションの受療率が低かった理由
高齢者の脊損専門リハビリテーションの受療率が低かった理由について、以下の点が考察できます。
年齢による選別
80歳以上の高齢者(特に「octogenarians」、つまり80歳代の人々」)は、脊損専門リハビリテーションへの直接的な紹介が全くなく、その後リハビリテーションを受けた患者もわずか6%でした。これは、高齢者がリハビリテーションの潜在的な効果が低いとみなされたため、年齢のみでリハビリテーションの候補から除外された可能性を示唆しています。
高齢者のリハビリテーションの受療率の低さは、リハビリテーションの可能性が低いという医療者側の先入観や、リハビリテーションセンターの受け入れのキャパシティが不足している可能性が指摘されています。
重症度と合併症
高齢者は、若年層に比べて重度の合併症(preinjury-ASA ≥3、つまり重篤な全身性の併存疾患あり)を抱えている割合が高いことが示されています。これにより、リハビリテーションを行うことが困難である、あるいはリハビリテーションによる効果が低いと判断された可能性があります。
ASA score:American Society of Anaesthesiologists Physical Status (ASA) scoreとは、患者の健康状態を評価するための国際的に使用される分類のこと。グレーディングはこちら→1: normal healthy、2: mild systemic disease、3: severe systemic disease、4: life-threatening systemic disease
高齢者の合併症や身体機能の状態を評価するために、より適切な指標としてFrailty Score(フレイルティスコア)の利用を推奨しています。Frailty Scoreは患者の併存疾患、身体機能、生理的予備能力を反映するため。
急性期における気管切開の有無
急性期に気管切開を必要としなかった患者は、専門リハビリテーションを受ける可能性が高いことが示されています。これは、気管切開が必要な患者は、呼吸機能に重篤な問題がある可能性があり、リハビリテーションを行うための状態にない可能性が考えられます。
気管切開が必要な患者は、より長期的な入院や治療が必要となるため、リハビリテーションへの転送が後回しになる可能性も考えられます。
受傷前の生活状況
受傷前に自立した生活を送っていた患者は、専門リハビリテーションを受ける可能性が高くなっています。これは、自立した生活を送っていた患者は、リハビリテーションによって再び自立した生活を送れる可能性が高いと判断されるためと考えられます。
一方、受傷前に介護を必要とする生活を送っていた患者は、リハビリテーションの効果が低いと判断され、専門リハビリテーションへの転送率が低い可能性があります。
治療方針の違い
高齢者に対する治療方針が、若年者と比較して、より控えめである可能性が指摘されています。
特にICUの在院日数に関するデータでは、高齢者の在院日数が短いことが示されており、これはICUのキャパシティの限界や、高齢者に対する治療への積極性の違いを反映している可能性があります。
高齢者は若年者と比較してICUでの治療期間や人工呼吸器の使用期間が短くなる傾向があり、これが脊損専門リハビリテーション施設への紹介率の低下に影響していると考えられます。
リハビリテーションの必要性と可能性に対する認識
研究者は、全てのcSCI患者がリハビリテーションの必要性と潜在的な利益について、医師による評価を受けるべきだと主張しており、高齢者においても、個々の状態を考慮した評価が重要であることを強調しています。
高齢者であっても、受傷前に自立して生活していたり、合併症が少ない場合には、専門的なリハビリテーションから利益を得られる可能性があるにもかかわらず、年齢のみで判断している可能性があることを示唆しています。
高齢者のリハビリテーションに対する医師の認識が低いことが、紹介率の低さの一因である可能性があります。
脊損専門リハビリテーション施設のキャパシティ
リハビリテーションの必要性の高い患者数が、リハビリテーションセンターのキャパシティを超えている場合、リハビリテーションを受ける患者を優先するためのガイドラインを作成するか、あるいはリハビリテーションセンターのキャパシティを増やす必要があると述べています。
高齢者のリハビリテーション需要が高まっている一方で、リハビリテーション施設のキャパシティ不足が、高齢者の受療率の低さに拍車をかけている可能性があります。
これらの要因が複雑に絡み合い、高齢者の専門リハビリテーション受療率の低さに繋がっていると考えられます。患者の年齢だけでなく、受傷前の生活状況、損傷の重症度、急性期における呼吸状態などを総合的に評価し、リハビリテーションの必要性を判断することが重要です。
90日死亡率に関連する5つの因子
90日死亡率に関連する因子として、この研究では以下の5つが挙げられます。
高齢:高齢であるほど90日死亡率が高くなることが示されています。特に80歳以上の患者では、90日死亡率が32%と高い数値を示しています。
受傷前の生活状況:受傷前に介護を必要とする生活を送っていた患者は、90日死亡率が高くなる傾向があります。これは、受傷前の健康状態や生活状況が受傷後の回復や生存に影響を与えることを示唆しています。
cSCIの重症度:より重度のcSCI患者は、90日死亡率が高くなることが示されています。具体的にはAISグレードで評価され、AISグレードが高いほど(完全麻痺に近いほど=A)死亡率が高い傾向があります。特に、損傷高位がC0-C3レベルでは、それより下位の損傷よりも死亡率が高いことが示されています。これは、C0-C3レベルの損傷が呼吸機能に重大な影響を与える可能性があるためと考えられます。
人工呼吸器使用期間:人工呼吸器の使用期間が長いほど、90日死亡率が高くなることが示されています。これは、人工呼吸器が必要な患者は、より重篤な状態にある可能性を示唆しています。
入院期間:入院期間が短いほど、90日死亡率が高くなるという逆相関が認められました。これは、入院期間が短いことは、患者の状態が悪く、十分な治療を受ける前に死亡してしまう可能性があることを示唆しています。
これらの因子は、単独ではなく、相互に影響し合って90日死亡率に影響を与えていると考えられます。例えば、高齢で重度の損傷を負った患者は、より高い死亡リスクにさらされる可能性があります。
ノルウェーの報告を踏まえて日本はどうすべきか?
現在の日本は、高齢者の割合が全人口の30%(高齢化率:全人口に占める65歳以上の人口の割合)近くに達し、世界でも類を見ない速さで超高齢社会が進行しています。脊髄損傷患者の高齢化も進む中、この研究から日本が得られる示唆は非常に重要です。冒頭でもお伝えしましたがノルウェーの方が高齢化率の進行は遅いです。その点も踏まえると日本はもっと本腰を入れて今回取り上げた論文が訴える内容に取り組む必要があると感じます。
リハビリテーションの必要性の高い患者数が脊損専門のリハビリテーションセンターのキャパシティを超える場合の選択肢として
①リハビリテーションを受ける患者の優先度を決めるためのガイドラインを作成する
②脊損専門リハビリテーションセンターのキャパシティを増やす
の提言がありました。現実的には①の一択だろうと思います。今は現場レベルでそのような対応を迫られている訳ですが、この問題は国を挙げて考えていくべき課題だと感じます。