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茶色の小瓶

 〈キャスト〉

  青年  老人  女
  ビデオ女A  ビデオ女B


  AC/DCの音楽(「Back In Black」)が爆音で鳴っている。
  勉強部屋に明かりがつくと学習机で、アンガス・ヤングのコスプレをし た青年がギターを弾いている。(エアギター)
  机の前にビデオカメラ。自撮りをしている感じ。

  青年が、カメラのスイッチを押す。(撮影終了)

青年  ふー。

  青年、カメラの映像を再生してチェックしてる。

青年  うーん。

  どうも納得が行かない様子。
  弾けないギターを弾いて、感じを確かめてる。

  そこへ、同じコスプレをした老人がギターを抱えて勉強部屋に入って来
る。

老人  やっぱり、タイミングぐらい合わせんとな。
青年  え? ‥‥え!
老人  いくらエアギターでも、弾いてるっぽく見えんとな。
青年  だ、誰? ‥‥てか、どこから来たの?
老人  だから、要は指使いのタイミングだな。ギター弾かないやつには、ポジションなんかわかんないから。
青年  だから‥‥だから‥‥あんた、誰?
老人  まあ、この曲は、基本、ローポジだから、3フレットあたりをごちゃごちゃいじってたら、それらしく見えるよ。こういう感じで。(ギターを弾く)
青年  だから、あんた、誰!
老人  ん?
青年  だから‥‥誰‥‥なんですか?(ちょっと気味が悪くなって来た)
老人  わし?
青年  あ‥‥はい。
老人  見て、わかんない?
青年  え‥‥。
老人  アンガス・ヤング。
青年  ‥‥‥。
老人  AC/DCの。‥‥君もそうだろ?
青年  いや‥‥だから。
老人  だから、何?
青年  僕は‥‥僕は、違いますから。
老人  え? そうなの?
青年  あ‥‥はい。
老人  アンガス・ヤングじゃないの?
青年  はい。
老人  だったら‥‥誰?
青年  え?
老人  アンガス・ヤングじゃないけど、アンガス・ヤングみたいな格好をしてる君は、誰?
青年  いや、だから‥‥‥。
老人  わしは、アンガス・ヤングだよ。
青年  え。
老人  ナンチャッテだけどな。
青年  ‥‥‥。
老人  あるいは、アンガス・ヤングじゃないけど、アンガス・ヤングみたいな格好をしてる老人。と言った方がいいかな?
青年  ‥‥‥。
老人  まあ、どっちでもいいさ。細かいことは気にしないタチだから。
青年  ‥‥‥。
老人  まあ、せいぜいがんばりたまえ。アンガス・ヤングじゃないアンガス・ヤング君。
青年  ‥‥‥。

  老人、去りかけて、

老人  3フレットだよ。こういう感じでな。(とギターを弾く)

  老人、去る。

青年  ‥‥‥。(老人の後ろ姿を見ている)

  しばしの間。

青年  えー。何? ‥‥‥何なんだよ?

  明かり、リビングに変わる。
  女が入って来る。
  手に汚い茶色のビンを持ってる。

女   おはようございます。

  誰もいない。

女   って、誰もいない空間にていねいに挨拶したりする女。‥‥と。

  時計を見る。(マイム)

女   ま、まだこんな時間だしね。

  ビンをテーブルに置く。

女   汚い茶色のビンを眺める女。

  女、いろいろと方向を変えたり、ビンをいじったりして眺める。

女   汚いビンを、まるで美術品を愛でるように眺める女。ちょっと変な
女。‥‥と。

女   それは、実は今日の早朝に、いつもの日課で海辺を散歩していて、砂浜に打ち上げられていたのを見つけて、拾ってきたのだった。‥‥と、解説までする女。
‥‥やっぱりちょっと変な女。‥‥と。

  女、後ろを振り返る。

女   そろそろ焼けたかしら?

  女、奥の方へ引っ込む。
  しばらくして、料理の載った皿を持って戻って来る。
  皿をテーブルの上に置く。
  再び、時計を見る。

女   ‥‥‥。まだ、早いか。

  女、紙を取り出して、何かメモを書く。
  それを、ビンと皿の横に置く。

女   さてと。‥‥そろそろ行くとしますか。

  女、バッグを持って、リビングから出て行く。

  しばらくして、青年がリビングに入って来る。
  青年は、おもむろに正面を向く。

青年  今日、ママンが死んだ。 もしかすると、昨日かも知れないが、私に
はわからない。養老院から電報をもらった。「母上ノ死ヲ悼ム、埋葬明日」これでは何もわからない。おそらく昨日だったのだろう。
そんな中二病っぽい小説を読んで夜更かししたので、すっかり寝坊をしてしまった。
リビングに降りたら、誰もいなかった。
テーブルの上には、スクランブルエッグとちょっと焼きすぎたトーストと汚い古びたボトルが置いてあって、それと一枚のメモが置いてあった。

  青年、テーブルのメモを手に取り、読み上げる。

青年  「悪いけど、とりあえずこれを食べて学校に行きなさい。それから、このボトルは、今朝、海岸で見つけました」
だってさ。
ふーん。

  青年、メモをテーブルに戻し、ボトルを手にする。

青年  きったねーなー。‥‥何なの、これ? どうしてこんなの拾って来るかな?

  青年、ボトルを眺める。

青年  何か入ってるな? えーっと、これ、紙‥‥だな? 何でこんなの入ってるの?
ああ、これ、ひょっとして、あれか。ほら、何とかっていうやつだ。えーっ
と、ほらほら‥‥どこかの田舎の小学生とかが、遠い外国の人に手紙を書い
て、ビンの中に入れて、海に流して拾ってもらおうとか‥‥そういうやつだ。
昔、テレビのニュースで見たことがあるよ。

  青年、ビンのフタを開けて、取り出そうとするが、取り出せない。

青年  もう。
‥‥でもさ、ああいう手紙って、だいたい「私は、どこどこの国のどこどこの小学生です。お元気ですか? もし、これを拾ったら、お返事を下さい」みたいなのにしか書いてないんだよな。あと、せいぜい「今、日本は春で、桜の花がきれいに咲いています。そちらはどんな花が咲いていますか?」ぐらいでさ。‥‥そんなの聞いてどうすんの?だいたい、日本語で書いてあっても外人は読めないしさ。

  青年、もう一度取り出そうとするが、やはり取り出せない。

青年  ‥‥でさ、だいたい、ああいうのって、途中で沈んじゃうのがほとんどだし、もし届いても、だいたい海流の関係なんかで、日本国内で見つかるのな。宮崎で流したのが、千葉県あたりで拾われるとかさ。
それで、拾った千葉県の小学生が、宮崎の小学生に手紙で連絡して、お友達になりました。めでたしめでたし。
‥‥だったら初めから郵便出せばいいじゃん?
そういう「埋めグサニュース」っていうの? 夕方のローカルニュースになったりして。‥‥まあ、殺人事件とか、闇バイトの強盗事件ばっかりだったら、殺伐とした感じになっちゃうから、そういうほのぼの系って言うか、毒にも薬にもならないニュースを流すってのもあるんだろうけどな。

  青年、三たび取り出そうするが、うまく行かない。
  いつのまにか、リビングに老人が現れている。

老人  こういうのもあるぞ。
青年  え? ‥‥あ。
老人  小学校の卒業記念に、タイムカプセルというのを埋めたことがない
か?
青年  また‥‥。
老人  学級日誌とか、クラス新聞とか、その頃流行ってたおもちゃとか入れて、成人式の日に掘り出して見よう、とかそういうやつ。
青年  だから、あんた誰なの?
老人  アンガス・ヤング。
青年  もう‥‥。
老人  まあ、小学校卒業って言ったら十二歳で、ハタチだったら八年しか経ってないわけで、そんなに懐かしくもない思い出なんだけどな。‥‥だから、あんまり意味ないよな。
青年  ‥‥‥。
老人  で、そういうのに、「大人になった自分に手紙を書きましょう」みたいなのがあったりする。「今、どんな大人になっていますか?」「小学校の頃の夢は実現していますか?」みたいなのを教師が書かせて、入れたりするんだけど、ハタチだったら、大半のヤツはまだ学生だろ? 全然大人でもないし、夢が実現してるわけもないんだよな。‥‥ほんと、意味ないよな。‥‥せめて、三十歳か、四十歳で掘り出したら、それなりに感慨とかあるかもしれんが。
青年  もう、じいさん、あんた何なの? 何が言いたいの? 何しに来た
の? マジで警察呼ぶよ?
老人  でもな。たとえ、意味がなくても、掘り出せたらまだましだ。だいたい小学校ってのは、三、四年で教師が転勤するから、埋めた事実も曖昧になっちゃうし、それに、毎年毎年、卒業生はいるわけで、そいつらがそういうタイムカプセルを埋め続けてたら、学校中がタイムカプセルだらけになっちゃう。
それで、その間に学校改築の工事なんかが入ったりしたら、パワーシャベルで掘り返されて、産業廃棄物になってジ・エンドだ。
青年  ‥‥‥。
老人  オレの時は、なぜか成人式の集まりもなくて、同窓会も全くなくて、四十五歳の時、誰かが言い出して、奇跡的に初めての同窓会があったんだ。基本的に昔からツルむのが嫌いだったから、そういうのは行かないんだけど、その時はなぜか「たまにはいっか」って出かけて行って、もうずいぶん経ってたから地元に残ってるやつは少なかったんだけど、それでも十人以上いたから、誰かが、「学校に行ってみようぜ」って言い出して、それでみんなで出かけて行った。それで「そう言えばタイムカプセル埋めたよな」って言い出して、ちょっと盛り上がって、「掘り出して見ないか?」という話になって、記憶では校門のそばの桜の木の根元に埋めたからって、ゾロゾロと歩いて行ってみたら、もう桜の木は影も形もなくて、そのあたりはアスファルトの通学路になってて、みんな、呆然として立ち尽くした。‥‥仕方がないから、そのかつて埋めたであろうあたりで記念写真を撮ったけどな。
‥‥まあ、思い出なんてのは、えてしてそういうもんなのさ。
青年  あのぅ‥‥。
老人  ん?
青年  だから‥‥その話、何なんです?
老人  ん?
青年  そんなおじいさんの思い出話を、どうして僕が聞かなきゃならないんですか?
老人  おお。それは良いところに気がついたな。
青年  え?
老人  それはだな。‥‥それは、君が今手にしているボトルに関係があるのさ。
青年  え?  ボトル?

  青年、改めてボトルを眺める。

老人  そういうの、何て言うか知ってるか?
青年  そういうの‥‥って、手紙が入ってるボトルですか?
老人  そう。手紙が入ってるボトル。
青年  ああ‥‥何とかって言うんですよね。小説なんかによく出て来る‥
‥。
老人  そう、小説なんかによく使われるモチーフだ。チャールズ・ディケンズやエドガー・アラン・ポーの小説が有名だな。アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」では、謎解きの重要なアイテムになってる。
青年  そして誰もいなくなった‥‥。
老人  ボトルメール。
青年  え?
老人  ボトルメールって言うんだよ。それ。
青年  ああ、そうそう、確かそういう名前でした。
老人  ボトルメールは、遠い場所の見知らぬ誰かへのメッセージなんだけ
ど、もう一つは、さっきのタイムカプセルみたいな要素もあるんだな。
青年  え?  タイムカプセル?
老人  そう、タイムカプセル。‥‥海に流したボトルは、海流に乗って旅に出る。もちろん途中で沈むのがほとんどなんだろうけど、たまーに、運良く遠い遠い場所まで流れ着くこともあったりする。かなりの時間をかけてな。
青年  へえ。
老人  どのくらいの時間がかかると思う?
青年  え?  ‥‥一年とか、二年とか? もしかして十年?
老人  いや、もっとだ。百年経って見つかったっていうのもあるらしい。
青年  え! 百年?
老人  そう、百年。‥‥としたら、その手紙に書かれているのは、百年前の人から現代の人間に送られて来たメッセージということになる。これは、もう、タイムカプセルと言えないか?
青年  ‥‥そう言われたら‥‥そうですね。
老人  ‥‥でだな。
青年  はい。
老人  どうして、そんなものを流すんだと思う?
青年  え?
老人  届くかどうかさえわからない、誰に届くかもわからない手紙。それを何のために流すのか?
青年  それは‥‥うーん。‥‥たぶん「こちらでは桜が咲いています」とか「これを拾ったらお返事下さい」ではないですよね?
老人  たぶん、そうだな。
青年  だったら‥‥だったら‥‥何でしょう?
老人  例えば、船が難破して、無人島に取り残された人間が、一縷の望みを懸けて瓶詰めの手紙を流す‥‥とか、考えられないか?
青年  ああ‥‥SOSの信号?
老人  ああ。そういうのもあるんじゃないかな?
青年  なるほど。‥‥でも、それだったら、百年後に届いたりしても‥‥。
老人  ‥‥まあ、そうだな。
青年  ですよね。
老人  でも、それでも、思いだけは届くかもしれないな。
青年  思い?
老人  どうしても、何としても生きたかった‥‥という思いがさ。
青年  ああ。‥‥でも、そうだったら、余計に残酷っていうか、悲しくはありませんか?
老人  そうだよな。悲しいよな。‥‥空しいよな。
青年  確かに、空しい‥‥ですよね。
老人  まあ、人間ってのは空しいもんだけどな。
青年  え?
老人  そのボトルの手紙にも、もしかしたら、そういう思いが詰まっているのかもしれないな。
青年  え? これ、SOSのメッセージなんですか?
老人  いや、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
青年  何だ。‥‥怖いこと言わないで下さいよ。
老人  いや、すまん、すまん。
青年  もう。

  突然、ビデオの画面が映る。
  辺りは薄暗くなる。

ビデオ女A  ああ‥‥この離れ島に、救いの舟がとうとう来ました。大きな二本のエントツの舟から、ボートが二艘、荒浪の上におろされました。舟の上から、それを見送っている人々の中にまじって、私たちのお父さまや、お母さまと思われる、なつかしいお姿が見えます。そうして‥‥おお‥‥私たちの方に向って、白いハンカチを振って下さるのが、ここからよくわかります。
お父さまや、お母さまたちはきっと、私たちが一番はじめに出した、ビール瓶の手紙を御覧になって、助けに来て下すったに違いありませぬ。
大きな船から真白い煙が出て、今助けに行くぞ‥‥というように、高い高い笛の音が聞こえて来ました。その音が、この小さな島の中の、鳥や虫を一時に飛び立たせて、遠い海中(わだなか)に消えて行きました。
ビデオ女B  けれども、それは、私たち二人にとって、最後の審判の日のラッパよりも怖ろしい響きでございました。私たちの前で天と地が裂けて、神様のお目の光りと、地獄のほのおが一時(いっとき)にひらめき出たように思われました。
ああ。手が震えて、心があわてて書かれませぬ。涙で目が見えなくなります。
私たち二人は、今から、あの大きな船の真正面にある高い崖の上に登って、お父様や、お母様や、救いに来て下さる水夫さん達によく見えるように、しっかりと抱き合ったまま、深い淵の中に身を投げて死にます。そうしたら、いつも、あそこに泳いでいるフカが、間もなく、私たちを食べてしまってくれるでしょう。そうして、あとには、この手紙を詰めたビール瓶が一本浮いているのを、ボートに乗っている人々が見つけて、拾い上げて下さるでしょう。
ビデオ女A  ああ。お父様。お母様。すみません。すみません、すみませ
ん、すみません。私たちは初めから、あなた方の愛子(いとしご)でなかったと思って諦めて下さいませ。
                  (夢野久作「瓶詰の地獄」)

  明かりが付く。(二人の男はもういない)
  女が歌いながらリビングに入って来る。

女   ♪名も知らぬ 遠き島より
    流れ寄る 椰子の実一つ
    故郷(ふるさと)の岸を 離れて
    汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

  女が座ると、しばらくして青年が入って来る。

女   お帰りなさい。
青年  ただいま。
女   で、どうなの?
青年  どうなのって?
女   決まってるでしょ? 仕事よ。仕事。
青年  ああ。
女   いつまでもブラブラしてるわけにもいかないでしょ?
青年  ああ。
女   ああ‥‥じゃなくって。ちゃんと探してるの?
青年  ああ、まあ。
女   バイトじゃダメよ。そりゃ、今のうちならコンビニのバイトでも何とかなるかもしれないけど、そんなのいつまでも続かないわよ。
青年  別に、続けたらいいじゃん。
女   そういうこと言ってるんじゃなくて。‥‥二十代だったら、そりゃバイトでも生活できるかもしれないけど、三十とか、四十になったらどうするの? バイトなんか、いつまで経っても給料は上がらないんだし、結婚もできないし、家を買ったりもできないわよ。
青年  平気だよ。
女   え? 何が平気なの?
青年  オレ、二十七で死ぬから。
女   え? ‥‥もう‥‥まだそんなこと言ってるの?
青年  だから言ったじゃん。オレ、二十七クラブに入るんだって。
女   だから、何なのよ? その二十七クラブって。
青年  才能あるロックンローラーは、二十七歳で死ぬんだよ。みんな。ジミヘンも、ジャニス・ジョップリンもカート・コバーンも。
で、中途半端なやつらが長生きするんだ。
女   何言ってるのよ? だいたい、あなた、ロックンローラーでもミュージシャンでもないじゃない? バンドもやってないし、ギターだって大して弾けないんでしょ?
青年  わかってないなあ。そういう問題じゃないんだよ。ロックンローラーってのは、テクニックじゃなくて、生き様なんだって。
女   生き様? 何よ、それ?
青年  だから、ロックンローラーの生き様。
女   もう! いい加減にして! そんないつまでも子供みたいなこと言うのは!
青年  子供じゃねーよ!
女   そういうところが子供なのよ!
青年  もう! ‥‥もう、無駄だな。
女   何が無駄なのよ?
青年  あなたとは話しても無駄。話の次元が違う。時空がずれてる。
女   え? 何をわかったようなことを言って、はぐらかしてんの?
青年  だから、言葉が通じてないんだって。
女   何言ってんの? ちゃんと通じてるじゃない?
青年  なまじ通じてるから、余計にやっかいなんだよな。
女   ‥‥ほんと、口の減らない子ね。
青年  ‥‥‥。

  老人がやって来る。普通の服を着ている。

老人  何だ何だ。またケンカか?
女   お父さんからも言ってやって下さいよ。
老人  え? 何を。
女   だから、仕事ですよ。仕事。
老人  ああ、仕事か。
女   いつまでもバイトじゃダメだって言ったら、二十七で死ぬからいいって。
老人  ああ。二十七で死ぬのか。
女   ああ、死ぬのか‥‥って。だいたいお父さんがそんなだから。
老人  おやおや、今度はオレが叱られるのか。
女   もう! ふざけないでくださいよ!
老人  いや‥‥別にふざけてるつもりはないんだが。
女   ふざけてます!
老人  ああ‥‥そっか。‥‥ふざけてるか。‥‥まあ、それはごめんなさ
い。
女   そういうところ、あなたたちって、ほんと似てるのよね。
老人  あなたたちって? オレ?
女   ええ。
青年  もしかして、オレも?
女   他に誰がいるのよ?
青年・老人  ‥‥‥。
老人  そっかー。
青年  そっかなあ?
女   ほんと、そういうとぼけてるって言うか、ピントがずれてるって言うか、そういうところが、あなたたちそっくりなのよね。‥‥そうそう、隔世遺伝ってやつ?
老人  そりゃ、まあ、遺伝はするわな。血が繋がっているんだから。DNAの二重らせん構造とか、何かそういうやつで。
女   もう! だから、それがピントが外れてるって言ってるんです!
老人  そうかな? ‥‥お前もそう思うか?
青年  え? 知らねーよ。
老人  そっか。
青年  うん。
老人  ま、そりゃそうだな。‥‥ところで、何で二十七歳なんだ?
青年  え?
老人  お前、二十七歳で死ぬんだろ?
青年  え? ああ‥‥うん。
老人  何で、そんな中途半端なんだ? 三十じゃダメなのか?
青年  ダメだよ。三十なんか、もう終わってる。腐りかけてる。全然若くない。
老人  じゃあ、二十は?
青年  まあ、気持ち的には充実してるんだろうけど、気持ちだけじゃダメなんだよ。それを実現する力も必要だ。気持ちや思いやエナジーを形にするにはちょっと時間が足りない。
老人  だったら、二十五だな。二十五がちょうど良い。お前、二十五歳で死になさい。
女   お父さん、何、馬鹿なこと言ってるんです! いい加減にして下さ
い!
青年  ‥‥まあ‥‥それも、アリっちゃアリなんだろうけど‥‥。
女・老人   え?
青年  やっぱ、二十七の方がかっこいいじゃん。
女・老人   え?
女   何がかっこいいのよ?
老人  何だ、それ?
青年  ‥‥わかんないかなあ? わかんないだろうなあ? ‥‥まあ、煮くずれた大人にはわかるわけないか? このセンシィブなヒリヒリする感覚。
女   また、わかったようなわけのわかんない理屈を言って。
老人  ‥‥センシティブで、ヒリヒリする感覚、か。‥‥ちょっとかっこいいな。
女・青年  え?
老人  ちょっと懐かしいな。
女・青年  え?
老人  じいちゃんにもそういう時代があったっけなあ。
女   お父さん、何言ってるんです?
老人  理由なき反抗。ジェームス・ディーンだな。

  と、「エデンの東」のメロディを少し口ずさむ。

老人  あの映画には、有名なチキンレースのシーンがあってなあ。
女・青年  ‥‥‥。
老人  本物のヤンキーの不良少年たちが、崖に向かってアメ車をぶっ飛ばして、どこまでブレーキを踏まずにいられるかって馬鹿な勝負をするんだ。あれだよな、あれ。
女・青年   ‥‥‥。
老人  青春は爆発だあ!(叫ぶ)
女・青年  わっ!

  間。

老人  センシティブで、ヒリヒリって、そういうことだろ?
青年  ‥‥ああ‥‥まあ‥‥そんな感じと言えなくもないか?
老人  ‥‥でもなあ。‥‥それって、ちょっと時代遅れじゃないか? オレが言うのも何だけど。
青年  え?
老人  お前‥‥友達いないだろ?
青年  え。
老人  全然流行んないもんなあ。そういう青春は。
青年  ‥‥‥。
老人  正直、オレの時代には、既にすたれつつあった。
青年  ‥‥‥。
老人  (女に)お前の時代には、もうギャグやパロディでしかなかっただ
ろ? そういう熱い青春って。
女   ええ‥‥まあ‥‥そうですね。
老人  だよなあ‥‥。
青年  ‥‥‥。
老人  でさ。
青年  ?
老人  前から一度聞こうと思ってたんだけど、どうしてそんな変な格好してるの? ブレザーに半ズボンとかさ。
青年  いや、だから、これは、AC/DCの‥‥
老人  アンガス・ヤング‥‥だろ?
青年  あ‥‥うん。
老人  いや、だから、そんなことを聞いてるんじゃなくて、どうして、そんなベタなハードロックなんかが好きなの?
青年  え?
老人  そんなの聞くヤツいないだろ? 周りには。
青年  あ‥‥まあ。
老人  理由なき反抗だったら、パンクとかでもよくなかったの?
青年  ‥‥‥。
老人  ほら、今だったら、ヒップ・ホップとかラップでよくなくない? あれなんか、かなり強烈なカウンターメッセージだったりするわけじゃない?
青年  ヒップ・ホップは‥‥好きじゃない。
老人  好きじゃない‥‥か。‥‥まあ、そうだな。音楽は別に流行りで聞くもんじゃないしな。
青年  そうだよ。音楽を流行りで聞いたりやったりするヤツなんか、そんなヤツは、クソだ。
老人  なるほど。
女   なるほど、じゃないですよ。‥‥お父さんまで、この子に迎合してどうするんです?
老人  いや、別に、迎合というわけじゃ‥‥。
女   迎合です! ‥‥孫にものわかりの良い顔を見せて‥‥そりゃいいですわよね。何の責任もないんですからね。お気楽で結構なこと。
老人  いや‥‥そういうつもりじゃ‥‥。
女   私一人が悪者になって‥‥。いや、別にそれでかまいませんけどね。‥‥私には、この子に対して責任ってものがありますからね。
老人  ‥‥‥。
女   私だってね、別に、夢を見るな、とか言ってるんじゃないんですよ。
男のロマン‥‥ですか? そういうのを全否定するつもりでもないんです。
安全、安定第一で、公務員にでもなって、一生つまんない人生を送れなんて言ってるんじゃないんです。
老人・青年  ‥‥‥。
女   でもね、夢ってのは、見るのは勝手だけど、何の裏付けもないのは、それは、夢なんかじゃなくて、ただのたわごとですよ。
ほら、あなた、さっき、もっともらしいこと言ってたでしょ? えーっと、何だっけ、‥‥ほら‥‥そう、夢を実現する力が必要だとか何とか。形にする力が必要だ、とか。
青年  ああ‥‥うん。
女   その力って何なのよ? 今のあなたのどこに、その力っていうのがあるわけ?
青年  いや‥‥だから。
女   だから、何?
青年  ‥‥‥。
女   ほーらね。‥‥力っていうのはね、地に足着けて、努力して、初めて生まれて来るものなのよ。「こうなったらいいなあ」とか、あこがれてるだけで、フワフワしてても、そんなの何の力にもならないのよ。
ねぇ、そうでしょ?
青年  ‥‥‥。
老人  ‥‥地に足着けて、地道な努力かあ。
女   え?
老人  確かに、なかったよなあ、そういうの、あいつには。これっぽっち
も。‥‥まあ、オレも人のことは言えんけどね。
女   え?  ‥‥それって、嫌味ですか? お父さん。
老人  いやいや、ただ、ちょっと思い出してね。
女   ‥‥‥。
老人  お前が隔世遺伝なんて言い出すもんだからさ。
女   ‥‥‥。
老人  だからさあ、DNAの二重らせんがグルグルグルグルこんがらがってさあ。‥‥でも、ふつー、男の子は母親に似るって言うけどなあ。
女   何なんですか、それ? そんないやらしい回りくどい言い方やめて下さい。‥‥言いたいことがあるんなら、はっきり言ったらいいでしょ!
老人  いや、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
女   怒るでしょ? ふつー。‥‥ええ、ええ、そうですよ。この子の性格は父親に似てるんですよ! でも、お父さんにそっくりなのも事実ですからね! その、いいかげんなところとか。
老人  あちゃー。言うねぇ。言っちゃうんだねぇ。
女   ‥‥それから。
老人  ん?
女   私は、お父さんには似てませんから。そのDNAの何とかも。
老人  あ‥‥そうなの?
女   はい。
老人  へえ‥‥そうなんだ。
女   じゃ、買い物に行って来ますから。

  女、立ち上がり、リビングを出て行く。

老人  あ、行ってらっしゃい。

  老人と青年の沈黙。

老人  ‥‥だそうだ。
青年  何が?
老人  いや‥‥別に。
青年  ふーん。‥‥じゃ、オレも部屋に戻るから。

  青年、立ち上がる。

老人  あ、そう。

  青年、リビングを出て行く。
  しばしの間。

老人  ふーん。

  間。

老人  母さんも、別にそんなにしっかり者タイプでもなかったけどなあ。

  間。

老人  誰に似たんだろ? あいつ。

  間。

老人  ♪悲しさまぎらすこの酒を 誰が名付けた夢追い酒と
    あなたなぜなぜ私を捨てた

  音楽。

  ゆっくりと溶暗。

  サスペンションライトがつく。
  女が台本を持って立っている。
  女は台本を読み始める。
  BGM。

女   カエルの卵ってありますよね。あのグネグネしてる気持ち悪いやつ。ゼラチンみたいなのの中に黒い点みたいなのがいっぱいあって‥‥あれが子供の時から嫌いだったんです。私、わりと田舎の方で育ったもんだから、学校の帰り道に田んぼとかあったんですが、春とかに田んぼをボーッと眺めてたら、あれを見つけちゃうこととかあって、その時は「うわ、最悪だ」って思いました。

女   それが、どうしたものか、だんだん歳をとって大きくなって来たら、そんなに嫌いじゃなくなったんですよ。いや、嫌いじゃなくなるっていうより、何か似てるような気がして来たんです。そのカエルの卵と私が。
‥‥何言ってんだ?こいつ?って思ってます? 思いますよね?ふつー。‥‥でも、ほんとにそんな気がしたんです。
‥‥何だか、私と外の世界が繋がっていないっていうか‥‥世界に直接触れられないっていうか‥‥あのゼラチン質の中に自分がいるみたいな、そんな感じなんです。‥‥例えば、友達とかがすごく盛り上がってる時でも、私は盛り上がれないで冷めているんです。みんなが笑っている時も、うまく笑えないんです。もちろん、みんなに合わせて笑ってるふりはしますけどね。何でみんなが笑っているのか、よくわかんないんです。

女   それだけじゃありません。例えば、私が、みんなに注目されたり、褒められたりしても、何だか他人事なんです。自分のことじゃないみたいなんです。
自分の結婚式でもそうでした。みんなから祝福を受けて、友達から「おめでとう」って言われて、写真とか撮られている最中でも、何だか、それを遠くから見ているみたいで。まるで観客席に座ってるみたいな感覚なんす。‥‥何だったら、祝福を受けている私自身に向かって「おめでとう」って言ってあげられるみたいな、そんな感覚なんです。

女   考えてみると、私、本気で泣いたことがないんですよね。つまんないどうでもいいことに泣いたりはするんですが、自分自身の悲しみで泣いたことがないんです。
学生時代に母が死にました。私たちは結構仲のいい母娘だったんです。でも、その母が死んだ時も、正直言ってそんなに悲しくありませんでした。いや、正直言うとちっとも悲しくありませんでした。「ああ、死んだんだ」って、そういう重たい事実を受け止めるみたいな感覚はあったんだけど、でも、それが悲しみの感情にストレートに繋がることはありませんでした。それで、むしろそれがショックでした。「お前は何て冷たい娘なんだ? 何て冷たい人間なんだ?」って。

  BGM消える。
  ビデオに二人の女が映る。

ビデオ女A すっごーい。まるで女優さんみたい。
ビデオ女B バカ。女優さんよ。本物の。
ビデオ女A あ、そっか。ごめんなさーい。
女     いいわよ。‥‥所詮、自称女優だから。
ビデオ女A 自称って? ‥‥ギャラはもらってるんでしょ?
女     そりゃ、一応ね。‥‥スズメの涙だけど。
ビデオ女A それだけじゃ、生活は無理ってことか。
女     とてもとても。全然お話になんないからさ。
ビデオ女B やっぱり、大変なんだねー。舞台女優ってのは。
女     まあ、うちの場合は、劇団自体が、自称劇団みたいなとこだから余計にね。いわゆる泡沫劇団?
ビデオ女B おっきなとこだと、やっぱりちゃんともらえたりするわけ?
女     うーん。よくは知らないけど、そんなに良くはないんじゃない? なにせ、舞台ってのはコスパが最悪だからねぇ。
ビデオ女A え? コスパが最悪って?
女     ほら、芝居って、稽古はやたらと時間がかかるでしょ?二ヶ月とか三ヶ月とか。それに、装置にもスタッフにも相当お金がかかるし、それで、そんなに客が入るわけでもないし。
ビデオ女A まあ、東京ドームでやるわけにもいかないしねぇ。
ビデオ女B そんなのやったところで、誰が来るわけ? 東京ドームに数百人のお客さんだと、余計に悲惨だよ?
女     それは、そうよねー。
三人    ハハハハハ。
女     だからさあ‥‥さっき、自称女優って言ったけどさ、別に自嘲して言ってるわけじゃないのよ。‥‥そりゃね、もちろん、自分の意識としては本業は女優のつもりよ? でもさ、例えば税務署の人とかに言わせたらさ、「主な収入は接客業ですね」ってなっちゃうわけ。‥‥悔しいけどね。それが現実。
ビデオ女B なーるほどねー。それは、きびしーなー。
ビデオ女A ほんと、ほんと。
ビデオ女B まあ、お笑いの人とか、売れないバンドマンとかも、そんな感じなんだろね。
ビデオ女A あー、だよねー。
女    だからさ、今だから言うけどさ、ほんとはアッちゃんもユウちゃんも誘いたかったのよね。「一緒に芝居続けない?」って。
ビデオ女A え? そんなの思ってたの? 初めて聞いた。ねぇ、知ってた?
ビデオ女B 私は薄々気づいてたけどね。‥‥悪いけど。
女     まあ、それとなくは言ってたみたいな感じだったかな?
ビデオ女A えー。それじゃ、まるで私が鈍感みたいじゃん。
ビデオ女B 鈍感じゃん。実際。
ビデオ女A ひっどーい。
女     いやいや、ほんとにそれとなくだったから‥‥。私もね、ほんとのこと言うと、知らない世界だからさ、一人で行くのは恐かったのよね。‥‥でも、友達を巻き添えにするみたいなのも何だからさ。
ビデオ女A 巻き添えって‥‥。冷たいなー。そんなこと思ってたの?
女     ‥‥ごめん。
ビデオ女B だったら、あんたは、ついて行ったわけ? その、こわーい世界にさ。
ビデオ女A え? ‥‥それは。
ビデオ女B ほーら。
女     いいのよ。‥‥もう、昔のことだから。
ビデオ女二人 ‥‥‥。
ビデオ女B でさ。こんなこと言うのも何だけどさ。
女     うん。
ビデオ女B 結婚して、子供も生まれて‥‥。どうなの? ぶっちゃけ大丈夫なの?
ビデオ女A そうよねぇ。‥‥旦那さんは、何て言ってるの?
女     それ‥‥なんだけどね。
ビデオ女二人 うん。
女     何とかなるんじゃない? ‥‥って。
ビデオ女A え?
ビデオ女B マジっすか?
女     うん。‥‥まあ、一応、テレビの仕事とかも探してはいるみたいなんだけど。‥‥エキストラに毛が生えたみたいなやつだけど。
ビデオ女A バイトは‥‥してるのよね?
女     それは、一応ね。
ビデオ女A いちおう‥‥か。
ビデオ女B まあ‥‥男、アルアルだよねー。
ビデオ女A え? 男アルアルって何?
ビデオ女B だからあ‥‥男ってのは、基本、夢見る夢子ちゃんだからさあ。
ビデオ女A あー、それ? わかるわかる。
ビデオ女B でしょう?
ビデオ女A うんうん。
ビデオ女B だからさあ‥‥この辺できっちり釘刺しとかないと‥‥。
ビデオ女A ‥‥どうなるわけ?
ビデオ女B カスミ食って生きろとか?
ビデオ女A えー。
ビデオ女B ほんと、これ、冗談じゃないからね? わかってる?
女     そりゃ‥‥そのくらい、わかってるわよ。
ビデオ女B 子供は夢を食べては育ちませんからね。
女     わかってるわよ、そのぐらい。‥‥きっと。あの人も、バカじゃないんだから。
ビデオ女B 他人が、人の家の事情に首突っ込んで申し訳ないけど。
ビデオ女A ほんと、申し訳ございません。
女     いや、それは別にいいのよ。‥‥感謝したいぐらいだわ。‥‥心配してくれて、どうもありがとう。
ビデオ女B いえいえ。
ビデオ女A とんでもござりません。

  ビデオ、消える。
  女、しばし空を見上げる。

  暗転。

  勉強部屋に明かりがつく。
  机の上にビン。
  青年が、取り出した手紙を読んでいる。

青年  拝啓。今、この手紙を読んでいるあなたは、どこで何をしているのでしょうか?
‥‥何か、どこかで聞いたようなセリフだな。

  音楽。(アンジェラ・アキ「手紙 拝啓十五の君へ」インスト演奏)

青年  昔々、尾崎豊という歌手がいました。やたらと大人に反抗する歌を歌って、若者たちの喝采を浴びていました。学校の校舎のガラス窓をたたき割ったり、盗んだバイクで走り出したりして、それでいて、いつもどこか空しく、孤独で、夜のとばりの中で、それでも「これが自由なんだ。オレの生き方なんだ」と必死で納得しようとする姿、それに共感する人たちがいたのかもしれません。

声  でも、それは、考えてみたら、ものすごくスタンダードでオーソドックスで普遍的な青年の姿であり、主張だったような気もします。「大人になれない、なりたくない少年」の物語は、昔から数多くあります。トムソーヤ。ハックルベリーフィン。ピーターパン。彼らは、世の中の既成の秩序の外側に、まだ見ぬユートピアを求めて、冒険の旅に出ます。
声  その意味では、ボブ・ディランの「風に吹かれて」にしても、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」にしても、セックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」にしても、ニル・ヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」にしても、その正統な後継の系譜に属すると言えるかもしれません。
青年  文学の世界でも、たぶん太宰治や坂口安吾はそうだったし、「ライ麦畑で捕まえて」もそうだろうし、「怒れる若者」「反抗する若者」「闘う若者」の物語は、枚挙にいとまがありません。
そして、そのエネルギーは、時としてスチューデントパワーとなり、カウンター・カルチャーになり、過度に政治化して、革命運動の源泉にさえなりました。
彼らはいつも怒っていた。ムシャクシャしていた。自分を取り巻く全てを否定したかった。
声  彼らは、何に怒り、何を壊したかったのでしょうか? そして、何を壊せたのでしょうか?
それは、もしかしたら、いや、たぶん、どこへ向かって走り出そうとしているのか? 何をしたいのか? それさえよくわからない、あいまいで中途半端で意味不明な自分自身に向けられたものだったのでしょう。
声  その意味では、二十七歳というのは象徴的ですね。
もう決して若くはない。でも、まだ既成の秩序の側にどっぷりひたっているわけでもない。だから、闘う若者と、唾棄されるべき大人との間で、引き裂かれるようなチキンレースをしなくちゃならない。‥‥その崖っぷちで、ブレーキを踏むのか? 踏まないのか?

青年  君は二十七歳で死ぬんでしたね?
それって何なのかな? ‥‥逃げるんですか?
「若気の至りでね」とか「オレも若い頃はヤンチャしてさ」とか、今からでもアリバイづくりはいくらでもできますよ? ‥‥どうですか? この道はいつか来た道。みんなやってますよ? 別にそんなに恥ずかしいことでもない。「きたない大人なんかになりたくない」って? 自分が美しく汚れてないなんて、まさかまさか。それがどれだけ嘘っぱちなのかは、君自身が一番よくわかってるでしょ?

  青年、しばらく手紙をにらみつけて、そして引き裂く。

青年  うるせー!
うるせー、うるせー、うるせー、うるせー。うるせー。
わかったようなこと言ってんじゃねーよ。

  いつの間にか、アンガス・ヤングのコスプレ老人が立っている。

老人  いやあ、いいねぇ。
青年  え? ‥‥また。
老人  そうだよ。やっぱり若者は怒らなくちゃね。
もう、最近の若者は、全然怒らないもんなあ。気持ち悪いぐらいにものわかりがよくて、従順で、すごくお行儀がよくて。
いやあ、アナクロ青年万歳だ。
青年  アナクロ青年?
老人  時代錯誤。‥‥まあ、遅れて来た青年、かな?
青年  もしかして、ケンカ売ってます?
老人  いやいや、とんでもない。もろ手を挙げて称賛しているんだよ。ほんと、すばらしい。‥‥やっぱり、青春は爆発だよ。
青年  あのぅ‥‥。頭、大丈夫ですか?
老人  申し訳ないけど、至って快調。目はさすがに老眼で、文庫本読むのはきついし、夜中に何度も目は覚めるけど、頭の方はおかげ様で大丈夫。
青年  へー。‥‥そりゃ、よかったですね。
老人  サンキュー。ありがとう。
青年  ‥‥‥。で、何度も聞くんですけど、
老人  アンガス・ヤングだよ。
青年  ああ‥‥そうですか。‥‥それは良かったですね。
老人  メルシィ・ボクー。ありがとう。
青年  ‥‥‥。
老人  で、そのアンガス・ヤングだけどさ、
青年  え?
老人  実は、もうヤングじゃないんだな。知ってると思うけど。
青年  え‥‥ああ。
老人  いくつだと思う?
青年  えーっと‥‥たしか、まだ七十にはなってなかったんじゃ?
老人  ご名答! 六十九だ。
青年  ああ、そうですか。
老人  来年には、七十になる。
青年  ああ、そうですね。
老人  これを君はどう思う?
青年  え?
老人  どう思う?
青年  どう思うって?
老人  アンガス・ヤングはロッカーだ。ロックンローラーだ。
青年  ええ。
老人  でも、二十七クラブの会員じゃない。
青年  ああ、そうですね。‥‥だって六十九歳なんでしょ?
老人  それを君はどう思う?
青年  え?
老人  一九六〇年代から七〇年代にかけて、雨後の竹の子のように世界中にロックンローラーが登場した。
青年  ああ‥‥そうらしいですね。
老人  そして、ロックンローラーたちは、どいつもこいつも暴走した。酒をあおり、ドラッグに溺れ、女をはべらせた。成功したヤツはもちろん、売れないヤツでもそれなりに。将来はおろか、明日のことさえ考えずに、無鉄砲に破滅的に暴走した。まるで生き急ぐようにね。
青年  ええ、まあ。
老人  だから、無茶が祟って若くで死ぬヤツもいた。君の大好きな二十七クラブってのは、そういう連中だ。
青年  ええ。
老人  でもな。死なないヤツの方が多かったんだな。
青年  え?
老人  それどころか、長生きしてる連中も結構多い。
青年  ‥‥‥。
老人  あの、破滅型ロックンローラーの象徴のようなキース・リチャーズ
が、まさか八十歳で生きてるなんて、お釈迦様でもご存じあるめえ。
青年  ああ‥‥。
老人  タバコは体に悪い。酒は体に悪い。ドラッグは論外。暴飲暴食はするな。肉ばっかり食うな。野菜を食べろ。睡眠、休息はしっかりとれ。早寝早起きして、適度な運動を。‥‥とかとか医者は言うけど、そういうのは全然あてにならんということだな。‥‥ヤク中だったクラプトンも元気に生きてるし。
青年  ええ‥‥まあ‥‥そうかもしれませんね。
老人  ところで、君は、AC/DCのライブを見たことがあるか?
青年  いや。‥‥ずっと来日してませんからね。ビデオはもちろん見てますけど。
老人  他のハードロックのライブは?
青年  え? ‥‥ガンズは行きました。あと、キッスも。
老人  そうか。‥‥それで、どうだった?
青年  え? ‥‥どうだったって? よかったですよ。
老人  じゃなくて、客だ。‥‥年寄りばっかりじゃなかったか?
青年  まあ、確かに。‥‥若くはありませんでしたね。
老人  だろ?
青年  ええ。
老人  そういうことだ。
青年  え?
老人  ミックジャガーは八十一歳だ。八十一のじじいが、未だに「アイ・キャン・ゲット・ノー・サティスファクション」って叫んでる。‥‥満足できないって? 何が不満なんだ? 八十一年も生きたら、いい加減満足しろよ。‥‥そう思わないか?
青年  それは‥‥そうかもしれませんね。
老人  それで、それを見に来た、やっぱり六十代とか七十代のじじい共が、「アイ・キャン・ゲット・ノー!」って叫んだり、飛び跳ねたりしてる。まあ、中には興奮しすぎて、血圧が上がって死ぬやつもいるだろうけどな。
青年  ‥‥‥。
老人  ロックンロールって、大人への反抗じゃなかったのか? 汚い大人になんかなりたくないって、魂の叫びじゃなかったのか?
青年  ‥‥‥。
老人  じじい共は、いったい何に反抗してるんだろうな? まさか、今更、「汚い大人になんかなりたくない」ってか? そうだとしたら笑っちゃうよな。おまえらが「汚い大人」なんだよって。
青年  ‥‥‥。
老人  でも‥‥たぶん、そうなんだ。
青年  え?
老人  君のような若者には信じられないだろうけど、じじい共はたぶん「汚い大人」になりたくないんだ。薄汚れた既成秩序をぶっ壊したいんだ。それで、ロックンロールパーティにやって来る。自分たちが「既成秩序そのもの」だなんてことは、まあ、ほとんど考えてないと思うよ。
青年  え‥‥そんな。
老人  そうなると‥‥「汚い大人」って誰なんだろうな? 「既成秩序」って何なんだろうな? まさか、くたびれたおいぼれ共がロックンロールに熱狂する時代が来るなんて、こいつはキリスト様でもご存じあるめぇって。
青年  ‥‥‥。
老人  ‥‥だからさ、こんなことを言うと身も蓋もないけどな。
青年  え?
老人  二十七歳で死んでも、七十二歳で死んでも、実は、あんまり変わんないのかもしれないぜ。
青年  え‥‥。
老人  そんな感じがするよ。‥‥ま、人間ってのは、よくわかんねぇな。

  老人、青年の肩をたたく。

老人  ま、せいぜいがんばってくれ。アンガス・ヤング君。

  老人、去る。
  青年、老人を見送る。

  青年、しばし前を見つめて考える。

青年  二十七歳と七十二歳がおんなじわけないだろ? だって‥‥七十二歳のじじいが二十七クラブに入れるわけないじゃん。それに‥‥じじいがくたばったって、全然かっこよくないんだよ。

  音楽。
  暗転。

  リビングと勉強部屋に明かり。
  勉強部屋では、青年がギターをいじっている。
  リビングでは、ダイニングテーブルに女が座っている。
  テーブルの上にはビン。横に取り出した手紙。
  女はビンを手に取り、ビン超しに正面を見ている。
  しばらくして、つぶやくように歌い出す。

女   ♪ふしぎな ふしぎな 茶色の小びん ホホ
    この世でいちばん 泣き虫の人も
    ホホホ ホホホ 小びんをみせれば
    ホホホ ホホホ たちまちニコニコ

女   ‥‥変な歌。
‥‥何で、茶色の小ビンでニコニコするかね? しかも、小ビンを見ただけ
で。どんなビンだよ?
童謡とか童話とかって、何でも「ふしぎな」って言えばいいって思ってない? いくら何でも不思議すぎんじゃん。
ありえねー。‥‥絶対、飲んだんだよな、中身を。
何を飲んだんだろ?
‥‥たちまちごきげんっていうんだから‥‥何かアッパー系のドラッグ? もしかして覚醒剤ジュース? ‥‥うわっ、こわいこわい。

  普通の服を着た老人がやって来る。

老人  ♪ホホホ ホホホ 小びんをみせれば
    ホホホ ホホホ たちまちニコニコ。
女   えー。聞いてたんですか?
老人  いやあ、別に聞こうと思ったわけじゃないんだけど、えらく懐かしい歌を歌ってるなあって思ってさ。
女   ああ‥‥そうなんですか?
老人  うん。
女   へえ。

  老人、座って、ビンを手に取る。

老人  ‥‥茶色の小ビンねぇ。
女   ‥‥‥。
老人  何だ? ニコニコしてないじゃないか?
女   え?
老人  そんな歌うたってるもんだから、てっきりごきげんなのかと思ったのに。
女   え? ‥‥そんなの‥‥関係ないでしょ?
老人  まあ‥‥それは、そうだな。
女   ‥‥‥。
老人  ま、それはそうだ。‥‥人間ってのは、悲しい時に楽しい歌を歌ったりするもんだしな。
女   ‥‥‥。
老人  ん?(手紙を見つける)
女   ‥‥‥。
老人  これ?
女   ‥‥‥。
老人  ビンから出したのか?
女   ‥‥ええ。
老人  へえ‥‥よく出せたな?
女   ‥‥‥。
老人  ‥‥読んだのか?
女   ‥‥ええ。
老人  何が書いてあった?
女   ‥‥ご自分でお読みになったら?
老人  いいのか?
女   そりゃ‥‥。それ、別に私宛ての手紙でもないですから。
老人  ああ‥‥そう言えばそうだな。
女   でしょ?
老人  ああ。

  老人、手紙を読む。

老人  拝啓。今、この手紙を読んでいるあなたは、どこで何をしているのでしょうか?
‥‥何か、どこかで聞いたようなセリフだな。
女   ‥‥‥。
老人  ママン。とりあえず、あなたのことを勝手にそう呼ばせてもらいま
す。ママン。あなたは、ママンとして生まれ、ママンとして生き、ママンとして死んで行くのですか?
そんなわけはないですよね?
そんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。気がついたら、もう若くもない自分がいて、それでいて、あの頃からちっとも成長したような感じもなくて、ただただ時間だけが、無駄に、無慈悲に流れ去ったような、何かひどく騙されたような気分だけが残って。
私の青春を返して!って、今更そんな青臭い言葉を吐けるトシでもないし、でも、やっぱり‥‥私の青春を返して!
‥‥だったら、どんな自分だったらよかったのでしょう?もし、人生をやり直せるなら、どんな人生を歩んだら、あなたは満足できるのでしょうか?
こんなはずじゃなかった? 誰もが人生の中で一度は思います。いや、二度、三度、百回ぐらい思うのかもしれません。でも、こんなはずじゃなかったのなら、どんなはずだったんですか? それに答えられる人っているんでしょうか?

  勉強部屋の青年が、いつの間にか、本を手にしている。

青年  今日、ママンが死んだ。 もしかすると、昨日かも知れないが、私に
はわからない。養老院から電報をもらった。「母上ノ死ヲ悼ム、埋葬明日」これでは何もわからない。おそらく昨日だったのだろう。
そんな中二病っぽい小説を読んで夜更かししたので、すっかり寝坊をしてしまった。
リビングに降りたら、誰もいなかった。
テーブルの上には、スクランブルエッグとちょっと焼きすぎたトーストと汚い古びたボトルが置いてあって、それと一枚のメモが置いてあった。
「悪いけど、とりあえずこれを食べて学校に行きなさい。それから、このボトルは、今朝、海岸で見つけました」

  リビング。

老人  そう言えば、あいつが死んでから、何年になるかな?
女   死んでませんよ。あの子は。
老人  死んだようなもんじゃないか。
女   ‥‥でも、死んでませんから。
老人  まあ、それはいいんだけど。
女   ‥‥‥。
老人  ‥‥どうして死ななかったのかな?
女   え?
老人  二十七歳で死ぬって言ってたじゃないか? その、えーっと、何だっけ?
女   二十七クラブ?
老人  ああ、それだ。それ。
女   ‥‥‥。
老人  何で死ななかったのかな?
女   お父さんは、あの子が死ねばよかったって言うんですか?
老人  いや、別にそんなこと言ってるわけではないよ。‥‥言ってないわけでもないけど。
女   え。
老人  いやな、オレだってさ、二十七で死のうとは思ってなかったけど、でも、四十歳より先の自分なんか想像もしてなかったな。
女   ‥‥‥。
老人  オレ、たまたま一九六〇年生まれなもんだからさ、二〇〇〇年でちょうど四十歳だったんだよ。それで、二〇〇一年から二十一世紀だろ? 全部、キリがいいんだよな。だから、計算しやすかっただけかもしれないけど、高校生ぐらいの時から「オレには二十一世紀はない」と決心してて、それが何かかっこいい感じがしたんだよなあ。‥‥まあ、未来への憧れみたいなのもなくはなかったけどさ。
あ、わかんないか? ‥‥昔はね、二十一世紀ってのは、未来の象徴っていうか、アイコンでさ、まあ、昔のSFとかマンガとか読むと、未来人ってのは必ず二十一世紀からやって来るわけ。
女   ああ‥‥そんなの、昔、読んだことはあります。
老人  ああ、そうか。‥‥それでな、もう、昔の二十一世紀ってのはすごくてさ、何かみんな銀色の宇宙服みたいな服を着てて、宇宙食みたいなのを食べてて、それで、街にはエアカーが走ってる。‥‥エアカーってわかる?
女   エアカー? 空を飛ぶ車ですか?
老人  そう思うか? エアカーって言うのは、空は飛ばないんだな。飛ぶって言うより、浮いてるのかな? ちょうどタイヤの高さぐらいに浮いて走るんだ。だから、エアカーのエアーって、空気だな、ほら、リニアモーターカーは磁力で浮くけど、エアカーは空気で浮くんだな。たぶん。
女   空気で浮く? ‥‥それって何の意味があるんですか?
老人  ああ‥‥確かに。それはそうだな。
女   タイヤじゃダメなんですか?
老人  ‥‥うーん。何なんだろうなあ? リニアモーターカーみたいに摩擦が減るってことなの‥‥かな?
でも、そんな細かい理屈なんかどうでもよかったんだよ。とにかく、二十一世紀の自動車はエアカーって決まってたんだ。それは子供から大人までみーんな信じてたから。
女   へぇ。
老人  えーと、それから‥‥。あれ? 何でこんな話をしてるんだろ?
女   え?
老人  何でエアカー? オレたち、エアカーの話してたんだっけ?
女   え‥‥。たぶん違うと思います。
老人  ‥‥だよねぇ。
女   えーっとですね‥‥‥たしか、二十一世紀とか、未来とか‥‥。
老人  あーあー、そうだった。そうだった。二十一世紀だよ。二十一世紀。それだ!
女   ‥‥‥。
老人  それで‥‥ええっと、結局、何が言いたかったかと言うとだな。
女   ‥‥はあ。
老人  オレたちは、そういう未来に生きてるってことだ。そのエアカーが走ってるはずの未来に、今、オレとお前は生きているということだ。
女   え?  ‥‥ああ。でも、そのエアカーが走ってる未来というのは、お父さんの時代の未来でしょ? 私には関係ありませんよ。
老人  それは、まあ、そうなんだけど‥‥。
でも、考えてみたら、不思議だよなあ。変だよなあ。だって、オレは、高校生の時に決めてたんだから。「オレには二十一世紀なんかない」って。
それなのに、二十一世紀はちゃんとあって、そこにオレがちゃんと生きてたりするんだから。
女   え? あのぅ、何がおっしゃりたいんですか?
老人  あの頃は、四十を超えて、生き恥を晒すなんてのはまっぴらご免っていうか、そんなかっこ悪くて無様な自分なんて想像さえできなかった。
女   ‥‥‥。
老人  ちょうど、二十七で死にそびれて、生き恥を晒してるあいつみたいにな。
女   え。‥‥そこに行くんですか? そこに戻るんですか?
老人  え?
女   お父さんのお話。
老人  いや‥‥初めからその話だっただろ?
女   ああ‥‥そうなんですか。へぇ。‥‥すごいですねぇ。
老人  え? 何が?
女   いや、てっきりお父さんのお話、もう宇宙の果てまで飛んでっちゃうのかと思ってました。‥‥それで、どこで止めようかって思ってました。
老人  何だよ? ひでえな。まだ、そこまで耄碌してねぇって。
女   それはそれは。誠に失礼致しました。
老人  まあ、たまに、何を話してるのかわからなくなることも、ないわけじゃないけどな。
女   え?

  勉強部屋。
  青年、いつのまにかビンを机に置き、中から手紙を取りだして読み上げ
る。

青年  生きてゆくのは ああみっともないさ
    あいつが死んだ時も
    おいらは飲んだくれてた
    そうさ おいらも罪人のひとりさ
    ああ またあの悲しみを
    おきざりにしたまま

            (吉田拓郎「おきざりにした悲しみは」)

  リビング。

老人  ほら、7040(ななまるよんまる)問題ってあるじゃないか?
女   え? 何です、それ?
老人  最近は、8050(はちまるごまる)問題とも言うけどな。
女   いや、だから、何なんですか、それ?
老人  だから、あれだよ。四十歳の引きこもりの子供を、七十歳の親が面倒見なきゃならないってやつ。
女   ああ。‥‥でも、あの子はまだそんなトシじゃありませんから。
老人  まあ、それはそうなんなんだけどな。‥‥でも、将来的にそういう可能性はあるだろ?
女   まあ‥‥可能性はね。
老人  あいつの場合、ひきこもりっていうのかどうかもよくわかんないけどな。
女   ええ。‥‥そうですね。
老人  最近、あいつ、見たことあるか?
女   何回かありますよ。食事を下げに行った時とか洗濯物を取りに行った時なんかに。
老人  そうか。‥‥どうだった?
女   別に、そんなに変わった感じでもありませんけど。
老人  そうか。‥‥オレは声しか聞いたことがないからな。
女   ああ、そうなんですか?
老人  うん。
女   ‥‥‥。
老人  ‥‥どうなんだろうな?
女   どうなんだろうって?
老人  あいつの場合。
女   え?
老人  自分は二十七歳で死んじまったって感じなのかな?
女   え?
老人  それとも、オレの時間は止まっちゃったって感じなのかな?
女   何ですか、それ?
老人  実を言うとね‥‥あいつのこと‥‥全然わからないってわけでもないんだよな。
‥‥ほら、例えば、お前から見たら、オレは老人だろ? じいさんだろ?
女   え? ええ、まあ、そうですね。
老人  ところが、オレ自身としては、老人でもじいさんでもないんだな、これが。
女   え?
老人  体は確実に老化するんだけど、心ってのはそうでもない。それで、何かバランスがうまく取れなくなったりする。
だから、よくいるじゃないか? バスとかで席を譲ろうとしたら「オレを年寄り扱いするな!」とか逆ギレするじじいとかさ。
女   ああ、いますね。そういう老人。
老人  オレはあんなことは言わないよ。みっともないからね。それぐらいはわかってる。‥‥でも、言わないんだけど、気持ちはわからなくもないんだ。
女   へえ。
老人  体の老化のスピードと、心の老化のスピードにズレがあるのかなあ? いや、ズレというより、どこかでストップしちゃってるような感じがするよ。心の老化って言うか、心の時間ってのはさ。
女   こころの‥‥じかん?
老人  心ってのは、成長はするんだけど、老化はしない、みたいな感じが
さ。‥‥まあ、だいたい、男ってのは往生際が悪いもんだからな。
‥‥女の場合はどうなんだろ? お前、そういうの、感じたりする?
女   そういうのって‥‥私は、まだそんなトシじゃありませんから。
老人  ああ、それはそうだな。すまんすまん。誠に申し訳ございませんでした。
女   ええ、そうですよ。

  間。

老人  ‥‥オレも二十七クラブに入ってみようかな?
女   え?
老人  おっと、二十七はもう無理だな。‥‥だったら、七十二クラブにするか。
女   え? ‥‥お父さん、何言ってるんです? ‥‥大丈夫ですか?
老人  大丈夫だよ。冗談だよ、冗談。
女   もう!

  勉強部屋に明かり。
  老人はリビングを出て、アンガス・ヤングのコスプレに着替える。
  青年が、手紙を読んでいる。

青年  なんかいいことないか
    なんか面白いことないかと
    夜汽車は 夜汽車は急ぐのです
    この窓ガラスの向こうの暗闇に
    そう この窓ガラスの向こうの暗闇に
    何かがひそんでいると
    ぼくはいつでも思ってしまうのです
    だから この暗闇を抜ければ
    そう この真っ暗な暗闇を抜ければと
    夜汽車は 夜汽車は急ぐのです

               (遠藤賢治「夜汽車のブルース」)

  青年、次の手紙を読む。

青年  胸にしみる空の輝き
    今日も遠く眺め 涙を流す
    悲しくて悲しくてとてもやりきれない
    このやるせないもやもやを 誰かに告げようか

    白い雲は流れ流れて
    今日も夢はもつれ わびしく揺れる
    悲しくて悲しくてとてもやりきれない
    この限りないむなしさの 救いはないだろうか

    深い森の緑に抱かれ
    今日も風の唄に しみじみ嘆く
    悲しくて悲しくてとてもやりきれない
    この燃えたぎる苦しさは 明日も続くのか

    (ザ・フォーク・クルセダーズ「悲しくてやりきれない」)

  いつの間にか、老人が、勉強部屋にいる。

老人  ♪悲しくて悲しくてとてもやりきれない
    この燃えたぎる苦しさは 明日も続くのか

青年  またー。
老人  オッス。
青年  これ‥‥歌なんですか?
老人  歌だ。‥‥昔々の若者の歌だ。
青年  へえ‥‥。え? だとしたら、もしかしてこの手紙、あなたが?
老人  アンガス・ヤングだ。
青年  ‥‥‥。この手紙、ひょっとして、あなたが書いたんですか?
老人  ‥‥だとしたら、どうする?
青年  えー。‥‥そんな、馬鹿な。‥‥ウソでしょ?
老人  ウソだ。
青年  なーんだ。
老人  ‥‥じゃないかもしれない。
青年  えー。‥‥どっちなんですか?
老人  さあ、どうでしょう?
青年  もう! ふざけないで下さいよ!
老人  オレは、実は、何十年後かの君で、若い頃の自分にメッセージを伝えたくて、手紙を書いて、それをビンに詰めて海に流した。

  ♪拝啓 この手紙 読んでいるあなたは
  どこで何をしているのでしょう

青年  ‥‥‥。
老人  ‥‥とかいうストーリーはどうかな?
青年  ‥‥‥。
老人  ‥‥あれ? 怒った?
青年  ‥‥怒ってはいませんけど。
老人  けど?
青年  もう‥‥何が何だか、わかんない。
老人  うーん。‥‥なるほど。
青年  あなたは‥‥これは、ほんと、真面目に答えて下さいね。‥‥あなたは、誰なんです? アンガス・ヤングはナシですよ。
老人  アンガス・ヤングは、ナシ?
青年  はい。ナシです。
老人  そっか。‥‥そりゃ、困ったなあ。
青年  何で、困るんですか?
老人  ヴァン・ヘイレンもナシか?
青年  ナシです。
老人  うーん。
青年  ‥‥‥。
老人  そうだなあ。‥‥強いて言えば‥‥オレは、オレだな。
青年  え?
老人  それ以上でも、それ以下でもない。
青年  だから、真面目に答えて下さいって言ったでしょ?
老人  いや、だから、真面目に答えてる。
青年  どこが?
老人  名前なんか、意味ないじゃん。
青年  え?
老人  名前なんて、しょせん名前だろ? 名前がオレなのか? 名前が君なのか?
青年  え?
老人  昔、読んだ本にこんな話が書いてあったよ。
ある男が野原に咲いていた花を見つけた。「何てきれいな花なんだろう?」と彼はその花に見とれていた。そこに通りかかった人が言った。「それはバラだよ」って。「ああ、バラなのか」と思ったその男は、もう花を見ることもなく立ち去った。
青年  え? ‥‥それ、何の話なんです?
老人  その男は「バラ」という名前を知って、もうわかったつもりになっちゃったんだな。
青年  ‥‥‥。
老人  名前なんて、そんなもんだよ。
青年  ‥‥‥。
老人  オレのことなんかわかんないよ。オレはもう何十年もオレをやってるけど、ちっとも全然わかんないもん。オレが誰なのか? 何者なのか?
‥‥君だって、そうだろ?
青年  え?
老人  おーっと、いいトシして、何か青臭いこと言っちまったな。‥‥はずかちい。
青年  ‥‥‥。
老人  ま、だから、例えばオレが君だったり、君がオレだったりしても、別にそんなに大して問題でもないんじゃない?
青年  え?
老人  なんか、どさくさに無茶苦茶言ってるか?
青年  ‥‥‥。
老人  ま、気にすんな。人生なんて、そんなもんだ。ハハハハハ。
青年  ‥‥‥。

  ビデオがつく。

ビデオ女B たぶん中学生の頃でした。「私が目を閉じると世界はなくな
る」という話を聞いた時、「なるほど、もしかしたらそうなのかもしれない
な」と思いました。世界の真実がわかったような気がしました。
考えてみたら、そうですよね。私が見てない瞬間に、世界がどうなってるかなんてわかりっこないですもんね。「たぶんあり続けてるんじゃない?」って思うしかないわけで。
ビデオ女A ほら、なんかマルチバースとかいうのを扱った映画があったじゃない? あれ、あなた見た?
女     え? 何、それ?
ビデオ女A 見てないか。‥‥そりゃそうよねぇ。全然流行ってなかったもんねぇ。私もさ、アカデミー賞取ったとかいうもんだから、まあ、話のネタにしようって見に行ったのよ。そしたら、もう映画館、ガラガラでさ、びっくりしたわ。
女     だから、その、マルチ‥‥
ビデオ女A マルチバース。
女     それって何なの?
ビデオ女A なんかややこしくてよくわかんないんだけど、「もう一つの宇宙」とか「もう一つの現実」とか、そんなのらしいよ。
女     何、それ?
ビデオ女A だから、あなた、今、母子家庭のお母さんやってるわけじゃない? でも、初めから、そういう人になろうと思ってたわけじゃないでしょ? ほら、女優になりたいとか、そういう頃もあったわけだしさ。
女     ああ‥‥それは、まあ、確かに。
ビデオ女A まあ、当たり前の話だけど、人は一つの人生しか生きられないわよね?
女     うん。
ビデオ女A でも、もしも、この世にいくつもの世界や時間があって、いくつもの人生の可能性があって、今の人生とは別の人生を生きられたりしたら、どうなると思う?
女     え? 何よ、それ? 言ってることがわかんない。
ビデオ女A そういうのが「マルチバース」なんだって。
女     えー。何よ、それ? そんなめんどくさい映画なの? そりゃ、誰も見ないわよ。‥‥よく見てたね?
ビデオ女A 見てないわよ。すぐに寝ちゃったわよ。‥‥後で解説を読んだら、そんな映画だったらしい。
女     なーんだ。
ビデオ女A まあ、評論家とかは、そういうよくわかんないアートっぽいのが好きなんじゃない?
女     ああ、それは、確かにそうかもね。
ビデオ女A でさ、ちょっと思ったんだけど‥‥もしもね、あのまま女優を目指してたり、結婚しなかったり、子供産まなかったりしたら、今頃どんな人生になってたんだろう? とか、そういうこと思ったりしない?
女     え? ‥‥そんなの急に聞かれてもねぇ。
ビデオ女A ああ。まあ、それは、そうだよね。
女     うん。
ビデオ女A でも、そういうの考えるのって、ちょっと面白くない? 頭の体操としてさ。
女     ‥‥かなあ? ‥‥私はあんまり考えたくないな。‥‥かえって空しくならない? かなわない夢を追い続けるみたいでさ。
ビデオ女A ああ‥‥確かに。‥‥そうとも言えるわねぇ。
女     でしょう?
ビデオ女A うん。
ビデオ女B アポロ十一号は月に行ってないと言う人がいますよね。あれ
は、ハリウッドのスタジオで撮影したんだって。
あの話、私、結構気に入ってるんです。だって、そんなのわかりっこないですもんね? テレビで見るしかない私には、それが本当なのかフェイクなのか、実はどっちでもあんまり変わんないような気がします。
大人になって、「事実は存在しない。解釈だけが存在する」という言葉を知りました。「昔の人はうまいこというなあ」と感心しました。
私たちって、この二つの目とこの頭で世の中とか世界を知るしかないじゃないですか?
それほど精度が高くもないレンズで見た視覚情報を、AIにも負けそうな低能力の脳みそで解析する事実とか世界って、何なんですかね? そんなのほんとの本当なんですかね?
まあ、そんなリアルかフェイクかわかんないようなアバウトな情報でも、それを一応「事実」として生きて行くしかないんですけどね。人間っていうのは。

  勉強部屋。

老人  ♪ああ またあの悲しみをおきざりにしたまま
青年  ああ、もう、うるさい!
老人  あ、ごめんなさい。
青年  もう、いいかげんにしてもらえませんかねぇ?
老人  ごめん。

  老人、ギターを床に下ろす。

青年  いや、そういうことじゃなくて。
老人  え?
青年  悲しくて悲しくてとか、あの悲しみは、とか、何でそんなことばっか
り言ってるんですか? イマドキの年寄りは、ていうか、昔の若者は。
老人  え?
青年  そんなこと言って、何になるんですか?
老人  え?
青年  そんなの、自己満足っていうか、自己陶酔でしょ?
老人  え?
青年  少なくとも自意識過剰だな。僕はそう思いますよ。
老人  自己満足。自己陶酔。自意識過剰?
青年  ええ。
老人  そうなの?
青年  こんなにがんばって生きてるのに、報われなくて、先も見えなくて、それを繊細な心で傷ついてるオレって、何てかわいそうなんだ。どうしてわかってくれないんだって。‥‥そんな感じじゃないんですか?
老人  ‥‥‥。
青年  そんなに生きるのが悲しくて辛かったら、降りちゃったらいいんですよ。
老人  降りる、って?
青年  人生を降りるんです。‥‥どうせ人生なんか無理ゲーでクソゲーなんだから、降りちゃえばいい。
老人  ‥‥‥。それで‥‥君は、降りちゃったのか?
青年  さあ? どうなんですかね?
老人  え?
青年  ‥‥そんなのどうでもいい。別に理由なんかいらないから。
老人  ‥‥そっか。
青年  はい。

  間。

老人  ‥‥生まれてすみません。
青年  え?
老人  昔々、そんなことを書いた小説家がいてな。
青年  へえ‥‥。
老人  ‥‥‥。
青年  ‥‥どうして謝るかな?
老人  え?
青年  別に謝ることなんかないと思いますよ。
老人  ‥‥そっか。
青年  はい。

  音楽。(「死刑台のエレベーター」マイルス・デイヴィス)

  リビングに女が正面を向いて座る。

女   (裁判官)何か、最後に言っておきたいことはありませんか?

  勉強部屋。

青年  (被告人)はい。(と立ち上がる)‥‥私は‥‥私は、あの時、あのアラブ人を殺すつもりではありませんでした。

  リビング。

女   殺すつもりではなかった?
‥‥では、なぜ、あなたは引き金を引いたのですか?
しかも四発も。
その理由を教えて下さい。

  勉強部屋。

青年  それは‥‥。
たぶん、ちょっと信じてもらいにくいと思うんですが‥‥。

  リビング。

女   どうぞ、おっしゃって下さい。

  勉強部屋。

青年  太陽のせいです。

  リビング。

女   え?

  勉強部屋。

青年  それは‥‥太陽のせいです。

  リビング。

女   ‥‥‥。

ビデオ女Aの声  ずいぶん久しぶりに、僕はママンのことを考えた。様々な人が消えて行く老人ホーム、死を間近に控え、ママンはあの場所で解放感に浸り、全てを生き直す気持ちになっていた。そして僕も、全てを生き直す気持ちになっているのを感じていた。この様々な徴(しるし)と星々に溢れた夜を前にして、僕は初めて世界の優しい無関心に心を開くのだった。

ビデオ女Bの声  世界をこれ程自分と似たものに、結局は友愛に満ちたものに感じることで、僕は自分が幸福だったと、今もなお幸福であると思うのだった。すべてが終わって、私がより孤独でないことを感じるために、この私に残された望みといっては、私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけだった。

  声の途中からテレビにミュージックビデオが映る。
        (リーガル・リリー「リッケンバッカー」)
  声が終わると音楽は最大音量に。

  登場人物たちは、真正面を見すえている。
  ゆっくりと光が変化して、やがて溶暗。

  きみはおんがくを中途半端にやめた
  きみはおんがくを中途半端に食べ残す

  リッケンバッカーが歌う
  リッケンバッカーが響く
  リッケンバッカーが泣く
  おんがくも人をころす

  明日に続く道が今日で終わるなら
  このまま夜は起きない きみを起こす人も消えて
  地球の骨の形が少しだけ変わるのさ

  きみはまいにちを中途半端にやめた
  きみはまいにちを中途半端に食べ残す
  明日に続く道が今日で終わるなら
  このまま夜は起きない きみを起こす人も消えて
  重ねたエゴの形が燃え尽きて星になる 星になるのさ

  リッケンバッカーが歌う

  リッケンバッカーが響く
  リッケンバッカーが泣く
  おんがく 人を生かせ 生かせ 生かせ

  ニセモノのロックンロールさ
  ぼくだけのロックンロールさ

       (リーガル・リリー「リッケンバッカー」)

  
                        おわり



上演ビデオです。(事情により台本を持っていたりしますが、ご容赦の程を)

                                                    


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