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はじめまして


はじめに

 昨日は全然寝つけなかった。しかも明け方すごく怖い夢を見た。
赤く染まった布と倒れた女性のコントラストが印象的で、それでもなぜか悪い感じはしなかった。
 そんな夢を見るにも心当たりはある。

 丁寧語を使わない対外的文章をPCで打ち込むのはとても新鮮だ。
丁寧語を使うと無難な言い訳をたくさんしてしまう。自分の感情も誤魔化しながら恐る恐る書いて、結局そんなものかなと自分でも有耶無耶になる。
 
 もちろんそれで生きていくのに全く支障はない。だけど本心に向き合わないまま、自分の刺々しさや図々しさを見ないふりしながら進んで行っても、その皺寄せは自分か、もっと悲惨な時は周囲の人に向かう。
 今朝方の夢も、きっと昨日抑え込んだモヤモヤに関係がある。

こころみ

 最近になってやっと、「怒ることあるの」とか「穏やかで安定してる」とか言われるようになった。でも本来の自分は刺々しくて自己主張が強く、すぐに臍を曲げる厄介な人物。小さいころの自分が今目の前に現れたら、お互い相手のことが大嫌いになるだろう。
 
 それでも良いんだと自分に許可を出さないと、心の中では他人に不寛容な自分が延々と不満と怒りと蔑みを溜め込んで、いつか自分でコントロールできなくなるんじゃないか。

 小学校の頃から癇癪持ちで負けず嫌いで、大人から煙たがられて友達にも気を遣わせまくっていた自分に、まずは自分が向き合う時期なんだと思った。

 だからここでは、嫌いなものは嫌いと言って、自分にも他人にもきっと棘を向ける。相手に刺さらない棘の出し方を練習したい。臆病な蝸牛のようにこっそり角を出したり引っ込めたりする。

キーワード

バウンダリー、アンガーマネジメント、アブジェクシオン、自認、課題の分離

 きっとこの辺りの言葉を使いながら、自分と向き合っていくのだと思う 
 小学生の時、大学生、社会人になってからも、他人の境界線に踏み入って相手を遠ざけてしまった。相手にプラスな感情を向けて、働きかけていくことが迷惑だと想像できなかった。当時から失敗した、恥ずかしいという思いはあったけど、今は相手に申し訳ない気持ちが(やっと)加わった。
 自分の境界線(バウンダリー)に明確に踏み込まれる感覚を経てやっと相手に申し訳ないと感じられるようになった。この辺り身勝手な人柄なんだけど、過去には戻れないから仕方ない。
 怒りとの向き合い方、自分の一部への嫌悪感、両親との距離、自分へのゴーサイン、人の課題に踏み込まないこと、数十年かけて少しずつ進歩してきた。
 
 自分と喧嘩したり褒めあったり、まずはそこから。

 


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