ルヴァン決勝 名古屋vs新潟 〜執念と絶望〜
あの決勝の内容を振り返るのは野暮なことだと思うけど、未来への備忘録として、あのスタジアムで感じたことを残しておきたい。
ほとんどの時間を名古屋にリードされた状況で、試合中に私が一番思っていたことは「この十数年の苦労がこんなあっさり終わるのか?」ということ。
試合内容だけ見たら、名古屋の得意な形で点を取り(1点目でさえ、新潟のミスというより、名古屋が狙ってた形。2点目もラフな縦パスを起点にするのは狙ってた形)、新潟から見たら想定していた通りに失点した。
普通に考えたら、相手に好きなようにやられてたら、勝てないし、そんな対策もしていない(対策してたのかもしれないけど、甘かった)チームには勝利の神様は微笑まないと感じていた。
そんな時間が続く中、「苦労がこんな形で終わるのか」という諦めと、一方で「こんな形で夢を諦めるな。喰らいつけ」という感情が入り乱れていた。
新潟規模のクラブがタイトルに絡めることなんて、十数年に1回あれば良いほうだと思う。そんな千載一遇のチャンスを、戦術的戦略的戦力的に冷静に考えるとかなり厳しい状況だと頭は理解してるけど、心の奥ではチームを信じる気持ちと根拠のない逆転へのリバウンドメンタリティが占めていた。
これは普段のリーグ戦では感じたことのない感情だった。
勝ちへの執念と、これを溢したらまた十数年待たないといけない絶望が交互に襲ってきていた。
感情の起伏ではなく、本当に混沌とした感情を抱えながら観ていた。
試合は普通に楽しかった。小見ちゃんのPKは笑ってしまった。あんな緊張感あるスタジアムの中、あんなテクテクしてて、緊張と緩和がすごかった。
延長前の円陣を前で見ていて、ゴメスが何回も胸を叩く仕草に、声は聞こえなかったが目頭が熱くなった(モバアルで「気持ちだぞ気持ち!」とゴメスが言っていて、遠くだったけどその意図は完全に理解できた。)
ダニーロがゴール裏を煽ったCK前。あの大音量のコールに泣きそうになった。
トーマス・デンの交代コールも、やばかった。
試合後に立ち上がれない長倉や阿部、そしてそっと近づく名古屋の選手(誰だかはわからなかった)を見て、フットボールの素晴らしさと残酷さを感じた。
あと、小見ちゃんのゴールのあと、周りを見渡したら泣いてる人が沢山いた。小見ちゃんには「あなたは沢山の人を感動させられる素晴らしい職業についているんだよ」と伝えてあげたくなった。
結果的にはPKで負けてしまった。試合終了直後は思ったよりは悔しくなかったし、なんかいい意味で直ぐに切り替えられて、逆に気持ちよくなっていた。
良い戦いを見れた満足感と、スタイルを貫き通したチームへの感謝と、ここまでワクワクさせてくれた過程に楽しさ。
思ったよりは負けの失望感なかったのは自分でも意外だった。
敗者は歴史に残らないと思っていたが、敗北は次の成功に繋げる重要なきっかけでもあると感じた。
あのスタジアムにいた人の人生は、あの日を境にきっと変わると思う。それくらい、エモーショナルで、サッカーは素晴らしくて、もう一度あの場に立ちたいと感じた1日だった。
こんな感情で見ていたことを備忘録として残したい。
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