競売にかけられた自宅に侵入する話
僕には18年前から実家がない。
お盆も正月も「実家に帰る」という行動をする場所がそもそもなかった。
それは中学1年生の頃に両親が他界した影響で親戚の家で育ててもらっていたからだった。
もちろん親戚の家に年末年始やお盆には帰るものの「僕の家ではない」という感覚が幼いながら明確にあった。
自分の部屋があっても、慣れ親しんだ親族が集まる場所であっても、両親が居ない住み慣れていない家は自分の中にある実家の定義に当てはまる事はなかった。
両親が他界したといっても同時ではない。
父→母の順に他界した。
父の他界と同時に兄を含めた僕たち家族は実家を捨てた。
あの頃は何故家を出るのか分からなかったけれど、今思えば「あれはそういうことか…」と思う。
確認する術ももう無いけれど。
捨てた家には昔から買い与えて貰ったゲームや漫画、洋服に楽器、あの頃の僕を作った全てが置き去りのままだった。
必要最低限の着替えを持って家を出たから、娯楽や趣味に関するものは「必要最低限」の枠に入るはずもなかった。
それから僕は家に置き去りのままになっている僕の全てを、心の中で読み返したりやり直したりしていた。
聞くまでもないと薄々分かっていた事を、たまらず僕は親戚に聞いた。
「家にあるものを取りに行けないかな?」
即答でダメだと言われた。当たり前だ。
きっと既にこの時点であの家は僕たち家族のものではなく、買い手を探している「競売状態」だったからだと今なら分かる。
何年住んでいようが、勝手に合鍵で入れば不法侵入だ。
自宅に入ると不法侵入になるなんて聞いたことがない。
かくして僕たち家族は、家族の思い出と僕の全てを取り戻せない事になった。
納得がいかなかった。
家はまあ、幼いながらになんとなく分かる。
しかしあのゲームキューブやプレステ2、スーパーファミコンにNINTENDO64、スラムダンクるろうに剣心ドラゴンボール…
祖父から貰った模擬刀、携帯ショップで貰ったデモ機、父が弾いている姿を1度たりとも見た事がないアコースティックギター、トイレタンクの下に父が隠していたエロ本…
あれは俺のものだ。
聞けば買い手が付かずに土地だけ売れた場合は中の物ごと取り壊すと言う。
買い手が付いたとしても清掃業者が入り、家の中身は空っぽになるらしい。
そんなの許せない。
僕は友達を誘った。
あの家に泊まりに来た事もある友達だ。
「あの家に入りたい。怖いから着いてきて欲しい」
友達はとてもバカだったので二つ返事で着いてきてくれた。
自転車を漕いで向かう最中、僕は考えていた。
・逮捕されるんじゃないか
・怖い人が来たらどうしよう
・警報が鳴ったら?
・親戚に怒られる
・どれ持って帰ろう
・家に入るの久々だな
etc...
どちらにせよワクワクしていた訳ではなかった。
この世の理不尽に真っ向から立ち向かい(※犯罪です)自宅の物を回収する(※犯罪です)幼き日の自分を僕はカッコいいぞ、と思う。
程なくして住み慣れた我が家に着いた。
庭の草は伸び放題、犬小屋だった檻はサビまみれだった。
「まあこんなもんだろ」と思っていた。
自転車を停めて玄関前に向かう。
何千回もやってきた「鍵を開ける」という行為の中で1番緊張した解錠だった。
鍵は開いた。
電気は通っていない。
シャッターを閉め切っているため昼間でも真っ暗だった。
何よりも、父の葬儀の際に仏壇に置いた菊の花の匂いがこびり付いていてフラッシュバックするのは容易だった。
自分の家じゃないみたいだと強く思った。
そんな事よりも頭の中はドラゴンボール全巻でいっぱいだった。
回収したい物ランキング第1位に輝いたのは「ドラゴンボール全巻」だった。なんでだよ。
僕と友達は「おっかない人」が来てしまう前に急いでカバンにドラゴンボール全巻を詰め込んだ。
模擬刀は諦めた。刀持って家から出て行くのは何かが違うと思ったから。
ギターも諦めた。邪魔だったから。
結局僕たちはドラゴンボール全巻と、プレステ2を回収したところで罪悪感に耐えきれず家を後にした。
家を飛び出して自転車に飛び乗り、友達の家までかっ飛ばした。飛んでばかりだった。
僕は飛びながら思った。
「ここは僕の家じゃない」と。
結局ドラゴンボール全巻は身を挺して着いてきてくれた友達にあげてしまった。
プレステ2は兄がお年玉で買ったものだから兄に回収された。
僕に残ったものはひとつもなかった。
またしても僕の全てはあの家に置き去りのままになった。
何よりも、回収したものを親戚一同に見せられるはずがないと置き去りにした後に気が付いた。
何もかも置き去りで良かった。
もう一度、あの家に行けて良かった。
家を出たあの日のままだったから。
それから数年が経ち、その家の近くにある両親の墓参りに行った時のこと。
なんとあの家の庭で伸び切っていた雑草が綺麗になり、犬小屋だった檻はなくなり、隣にあったプレハブがなくなっていた。
よく見てみると家の外壁の色も鮮明になっていた。
車も何台か停まっていて「誰かが住んでいる」と直感的に分かった。
僕は大人になったらあの家を買い戻そうと思っていた。無理だと分かってはいたが、何となくそうしたいと思っていた。
やはり無理だったか…
しかし、どんな人が住んでいるのか?
それはやはり気になった。
僕は墓参りの間に家の正面に停まっていた知らない車を見に行ったが「あ、もういいや」と色んな事をその瞬間に諦めた。
リビングのカーテンはショッキングピンクになり、車にでかでかと「チームLOVE」と書いてあるのを見つけたからだ。
僕はまた「ここは僕の家じゃない」と思った。