レッズ初タイトルまでの軌跡③-2
2003年ナビスコカップ。浦和レッズはチーム発足以来初めてのタイトルを獲得した。
降格まで経験したチームは、いかにして強くなっていったか。メンバーの移り変わりと、当時の雰囲気を中心に書いていきたい。
今回は2001年後編。1stステージを7位で終えた浦和。小野伸二の退団を経てチームはどう変わっていくのか。
この記事は
こちらの後編です。
2001年②〜新しい力〜
①2ndステージへ向けて
主力として出場というだけでなく、攻撃面でかなり大きな存在であった小野伸二の退団によりレッズは戦力の補強が急務となった。また、ケガが多く実力が発揮できていなかったドニゼッチが退団。外国人枠が空くことになる。
そこで白羽の矢がたったのが前年のJ2得点王、その力は身をもって知っていたエメルソンだ。
2000年サンパウロからレンタルでコンサドーレ札幌へ。大活躍するも翌年はJ2川崎フロンターレが完全移籍で獲得していた。
J2半年で18試合で19得点。文字通り大暴れしていた。(ちなみに浦和移籍後もしばらく得点ランキング1位のままだった)
ただ、この移籍は当時の編成からすると「実現可能な選択肢の中でベスト」という感が拭えない。
この時点での主な攻撃陣(数字はリーグ戦)
【FW】
トゥット 12試合7得点
1stステージのエース
永井雄一郎 10試合4得点
フル出場はないものの徐々に信頼を得る
田中達也 9試合3得点
新人ながらステージ中盤からほぼ全ての試合に途中出場
福田正博 9試合1得点
信頼を得られず
岡野雅行 7試合0得点
開幕スタメンも徐々に出番を減らす
【攻撃的MF】
アドリアーノ15試合5得点
数字は申し分ないが、スタミナ、安定度に欠ける
福永泰 4試合0得点
出場時間わずか59分だった
(阿部敏之)10試合1得点
ボランチでも出場
と新戦力は必要だが、所属選手を見ると足りないのは攻撃的なMFで、小野伸二の抜けた穴がそのまま空いている状況だった。
しかし、獲得したのはFWのエメルソン。シーズン途中ということもあり、同カテゴリーから主力の引き抜きは難しかったのだろうというのが伺える。(川崎で問題児扱いされていたという話もある)。
またこのとき、サンパウロ時代からの恩師で共に川崎に移っていたピッタコーチも浦和に来ている。
②シーズンを振り返る
1stステージ7位から更なる上位を狙う2ndステージ。
開幕戦はホームヴィッセル神戸戦。
大きなメンバー変更はなかったが、サブに新加入のエメルソン、そして2年目の鈴木啓太が入った。
試合には敗れたものの、64分にエメと啓太が揃って途中出場。
エメルソンはJ1デビュー、鈴木啓太はリーグ戦デビューと記念の日となった。エメはちゃっかりイエローまでもらっていた。
その後の試合を1勝1敗とし、3節を終えたタイミングで衝撃が走る。
チッタ監督辞任。
当時発表された理由は「本人の事情」。
「成績不振」「体調不良」「家庭の事情」監督が退任するときは様々な理由が報じられるが「本人の事情」、一身上の都合である。辞表のテンプレみたい。
これは当時なかなかショッキングだった。
前半戦7位、エメもきた、これからもっと上にいこう!そんな雰囲気があったからだ。
後任にはピッタコーチが選ばれた(これもなかなかすごい)。
しかし、このピッタ就任後の成績が酷かった。
VS市原(国立)
VS磐田(磐田)
VS鹿島(国立)
VS F東(東京)
怒涛の4連敗。
この最悪のチーム状態で迎えたのが2001年10月13日。第8節マリノス戦。そう埼スタ、埼玉スタジアム2○○2のこけら落としだ。
しかし、当時のJリーグ記録となる6万人以上を集めるも、よりによって2ndステージ初の無得点完封負け。(地獄のような空気だった)。
これで5連敗。勝ったのは皮肉にもチッタが辞任した3節のみ。2ndステージ15位(16チーム中)、年間順位も12位まで落ちてしまう。
9節VSアビスパ福岡戦で引き分け。なんとか連敗を止めた。
次のガンバ大阪戦で新戦力がデビューする。
攻撃的MFアリソンだ。
同じポジションのアドリアーノは7節を最後に退団していた。どちらかというとアドリアーノは自分で取るタイプの印象があり、よりテクニカルで強力な攻撃陣を活かせるパサータイプ選手が欲しかった…のだと思う。
ガンバ戦に引き分けた(延長が30分まであるので引き分けもけっこうダメージがある)レッズは、続く清水エスパルス戦で3節以来の勝利をあげる。
ライバル(?)コンサドーレ札幌戦は引き分けるものの、ホーム柏レイソル戦で勝利。
この試合でレッズ埼スタ初勝利。
レッズの選手としての埼スタ初ゴールをエメルソンがあげ、トゥットが自身2ndステージ唯一のゴールを決めた。
14節、すでに降格が決まっていたセレッソ相手にまさかの敗北。
15節、最終戦の相手は名古屋グランパスエイト。
山田暢久のゴールで先制すると、後半福田正博が追加点を決め2-0で勝利。福田は1stステージ3節以来のシーズン2得点目。
また、チームが無失点で試合を終えたのは2ndステージで初めて(つまり唯一!)で、その前は同じ2-0で勝利した1stステージ12節の札幌戦まで遡る。
これでシーズン終了。なんだかんだ最後は3勝3分1敗で悪くない終盤だった。アリソン獲得の効果もあったと言えるかもしれない。
2ndステージの不調で一時期は降格圏から6ポイントというところまでいったが、なんとか持ち直した。
「新しいレッズ」を見せる、作るべく挑んだシーズン。最低限の目標(残留)は達成し、田中達也、鈴木啓太という若い力と、エメルソンという強力な「個」を獲得した。
気になるポイントとしてはやはりコンスタントに失点した守備陣か。15試合で完封1では上位は狙えないだろう。
もう一つはベテランの去就。岡野雅行(まだ20代だけど)はシーズン途中にヴィッセル神戸に移籍。
この年2ゴールに終わり、FWに強力なライバルが多い福田正博はチームに残るのか…?
というところで次回2002年に続きます。
ピックアッププレイヤーズ2001
後のタイトル獲得に繋がった選手(この年に台頭した)を簡単に紹介します
鈴木啓太 MF 19歳
高卒2年目。それまではサブにすら入っていなかったが、2ndステージ開幕戦から15試合全てに出場した。出場時間もチーム2位で、あの不動のボランチ石井俊也が後半戦はDFとして出場していた。
とにかく「ダイナミック」なプレーをしていた印象。前年の実績が殆どないにも関わらず背番号が13になっているのもチームからの期待が伺える。
未視聴の方はご本人のYouTubeもどうぞ。
エメルソン FW 19歳(当時公表年齢)
前年の暴れっぷりと能力の高さは嫌というほど知っていたので、「浦和にくる」と決まった時はワクワクが止まらなかったし、サポーターの話題の中心だった。すぐ大原に観に行ったサポーター曰く第一印象は「速いよりめちゃくちゃ上手い」。
13試合で7ゴールと文句のつけようがない活躍だったが、「問題児」というキャラクターは味方になると余計に気になったのも確か。特にコンビネーションとかで。
※田中達也は前編で紹介しています。
あとがき
前後編で5000文字を超える(?)長い記事になってしまいました。お付き合い頂き本当にありがとうございます。
ここで書きたいのがライバルについて。
レッズのライバルってどこでしょう?
鹿島?ガンバ?その辺がすぐに出てきそうですね。
みんなそれぞれ思い入れのある相手があると思うんですが、僕は「コンサドーレ札幌」に熱い思いを抱いています。
正確に言えばライバルというよりは「絶対に負けたくない相手」と言いましょうか。
やはりあの2000年のイメージはめっちゃ残っていて、優勝争いすらできなかった&1試合も勝てなかったという借りを何十年経っても返したいんです(しつこい)。
実は2001年
1stステージ
レッズ7位
コンサドーレ8位
2ndステージ
レッズ12位
コンサドーレ14位
年間順位
レッズ
10位
コンサドーレ11位
リーグ戦直接対決
1勝1分
と、決してレベルが高い争いではないですが、コンサドーレに対して全て上回りました。密かに気持ちよかった。
20年経ってもこの気持ち変わっていません。
全てを上回りたい相手。
2023年も絶対勝って!
…という気持ちを込めて試合の前日に慌てて書きました笑
お付き合いありがとうございました。