室井慎次 敗れざる者
1997年にフジテレビ系列で放送された刑事ドラマ「踊る大捜査線」は、放送終了後もスペシャルドラマ、スピンオフ、劇場版と日本中に「踊る」ブームを巻き起こした言わずと知れたモンスターヒット作品。
2012年に公開された映画を最後にいったんシリーズは完結したが、今作は10年以上の時を経て新たな作品として復活。
オリジナル本編の主人公だった所轄の新人刑事青島との約束のため、警察としてキャリアを重ね中から組織の体制を変えていこうと奮闘するも叶わず、定年直前に退職し故郷である秋田へ帰郷する。
警察を辞めた室井は、犯罪者の被害者や加害者の子供を里親として受け入れひっそりと暮らしていたが、かつて自分が事件を担当した犯罪者の娘が突如現れ、時を同じくして自宅のすぐ側でこれまたかつて担当した事件の犯罪者の死体が発見されたことにより、事件へと巻き込まれていくというストーリーだ。
今回公開された「敗れざる者」と、翌月公開予定の「生き続ける者」の2作品をもって完結するストーリーとなっていて、もちろん今作では何も解決せず多くの謎を残したまま終わることになる。
ここからはネタバレも含みながら書いていくので、お嫌な方はここで読むのをやめてすぐに劇場に走ることをオススメします。
今作品は踊る大捜査線を題材とし、その後を描いた続編であることは間違いないが、踊る大捜査線だと思って観に行くとおそらく拍子抜けするだろうし、それによって評価は大きく変わる可能性もある。
踊る大捜査線はいわゆる「動」の作品でシリアスな部分もあるが全体的にはコミカルな描写も多く「陽」の印象が強い。
しかし今回の敗れざる者は全く逆で「静」であり「陰」の映画だ。
それを良しとするかどうかは人によるだろうけど、自分は完全に思いっきりめっちゃくちゃプラスに働いた。
所々回想シーンや、過去作に触れる会話などもあるが、踊るファンとしてはこの間いったいどのようなことがあったのか、青島はどうしているのか、すみれさんはどうしているのか、何故室井さんは今秋田でこのような暮らしに身を置いているのか、そんな描かれていない部分の物語や、キャラクターの心情を深く考察したくなる作りになっているなと感じた。
それは既存のキャラクターだけでなく、今回初登場の室井さんの息子、謎の少女などにも言えることで、それぞれの登場人物が今どんな状況に身を置いていて、どう感じながら生きているのかというのが、静かな描写の中の演出や表情に散りばめられている気がする。
この映画において最も重要なのはこの「行間を読む」ことに尽きるのではないかと思った。
踊る大捜査線とは、警察組織の在り方や、縦社会におけるしがらみ、キャリアとノンキャリアの格差など、現実社会に存在する違和感を揶揄したり切り込んでいく内容の部分も多々あったりした。
昨今、切り抜きやショート動画が主流になりつつあり、なんなら映画を倍速で観るなんて暴挙に出る輩も存在する。もはやそこまでいくとチンピラだ。
この映画はそんな時流に逆らい、たっぷりの間を取りながら、「これ意味あるの?」と思われてしまいそうなシーンすらしっかり尺を取り、その合間に様々な感情が見え隠れしている。
これはあくまでも個人的な解釈でしか無いが、今回の映画はあえてそういった行間を作り、物語の解釈を視聴者に委ねることによって想像力を描き立たせてくれているのではないかと思った。
そう、踊る大捜査線とはいつもフィクションの中に悲しきノンフィクションへの強いメッセージが込められている、そんな作品なのだ。
今回の主人公は言わずもがなの室井慎次。
彼は自分の信念のため、男の約束のため、様々な犠牲を払いながら警察組織を上って行った。
そしてそれはついに叶わないまま、逃げるように故郷に戻った。
そこで彼は犯罪の裏側で傷つく人の為に生きようとする。
警察という大きな組織で叶えられなかった夢を、今目の前に映る大切な人のため精一杯尽くして過ごしている。
警察官僚として生きていた頃には見せなかった、ほころんだ顔や生活と向き合う姿こそが、本当の室井慎次であり、彼の目指していた所なのでは無いかと思う。
さて、次回作では本格的に事件解決へと動いていくのか、謎が多すぎて全く展開が読めないが、警察ではなくなった室井がどのようにこの事件と向き合っていくのか楽しみで仕方がない。
室井慎次 敗れざる者
【★★★★☆】4.0