第3章#02_スープな建築考「サザエさん家とジグザグ廊下
サムゲタン三谷=福祉施設などでよく見かけるのは、1階がオープンスペースになっていてマチに開かれているという状態。しかし、スープタウンでは、後ろ側の崖壁だった土地を増やすことができたので、「2階」にエントランスからつながる賑わいの場所、「1階」と「3階」に穏やかな住まいの場所、を持ってくることができました。前話では、2階部分を90°回転させることで建物に余白が生まれた、というお話をしましたが、ここにコミュニケーションの核を持ってくることが、もうひとつの建築的な発明だと思っています。
ミネストローネ鵜飼=交通量の多い道路沿いの建物となりますから、2階からの方がマチ全体を眺めることができますし、また、車に乗っている人からも2階の賑わいがよく見えます。
ビシソワーズ野中=私たちは、福祉施設を手掛けた経験はありますが、「介護環境」にこんなにも特化した施設をつくるのははじめてで、経験の豊富な感情環境デザイナーのブイヤベース杉本さんや、POT内海さんと話し合いを重ねてきたのですが、ブイヤベース杉本さんが何度も話されていた「2階はマチみたいにしたいんですよね」という言葉がずっと頭にありました。
POT内海=有料老人ホームというのは、住む場所ですからね。しかも、豊田って、車がないとまちに行けないので、一旦入居するとマチとの接点がゼロになっちゃう。 時速が最大6キロしか出ないセニアカーで1時間もかけて買い物に行く人もいるんですよ。そのぐらいマチって高齢者にとって非日常な場所になるんです。
サムゲタン三谷=「2階」にマチがあれば、出かけたくても人の手を借りなければなかなか動けないおじいちゃんやおばあちゃんが、階段を1階分降りたり、上がったりするだけで賑やかなマチに出かけることができますからね。
ビシソワーズ野中=ある複合施設を見学したときに、広場とコミュニティスペースが敷地に点在しているにも関わらず、そこに入っている高齢者の住まいは分離してしまっているように思えたんですよね。それもあって、どうやったら住んでいる高齢者さんたちが建物内で分離しないかをみんなで考えていた時に、「間に挟めば、絶対そこは行き来するんじゃないか?」というアイデアにたどり着きました。2階では、子どもたちが遊ぶ姿を眺めたり、面会にくる家族とレストランでごはんを食べたりできる。賑やかな時間に疲れたら、フロアを変えて、静かな生活スペースに戻ればいい。
ミネストローネ鵜飼=一般的な施設ではそれを1階でやるんですけど、あえて「2階」に持っていくことで、家族や地元の人が遊びに来た時など、気軽に1階や3階にいる高齢者さんたちの暮らしをのぞき見ることができます。
POT内海=この発想って、普通じゃないんですよ。1階と3階に分かれて有料老人ホームがあるなんて、本来、使いにくいじゃないですか。夜勤含めて、管理する側のスタッフを上下に分けて配置しないといけなくなるから、人手や手間が倍近くかかります。経営的に見ても、あまりうまくないはず。だけど、そうしてでも高齢になった生活者にとって「スープのさめない距離」でマチにいるように暮らせる環境を作ることの方が大切だ、ということをスマイリングのガスパッチョ隊長も、ローリエ女史もわかっていらっしゃるので快くOKを出してくださいました。
スープ会議にも参加して・・・
ビシソワーズ野中=「スープ会議」には、熱い方がたくさんいらして、地域の未来を話していらっしゃる。その温度感を感じるからこそ、普通の箱(建物)を作っちゃダメだなと。ただ、いろんなご意見を聞いていると、ちょっと公民館的なんですよね。今回は複合福祉施設の建築なので、公民館を作るのとは違います。ですから、もうちょっと引いた目線でこれを捉えなきゃいけない。スープ会議に出てきた話を上回る回答で、その可能性を広げるものを作りたいと思っていました。「そこにある上位概念ってなんなんだろう」と引いた視点で捉えたり、時には地域のみなさんの中に入って同じ目線で考えてみたり、を繰り返してきました。
サムゲタン三谷=「スープのさめない距離」というのを、どう建築的に捉えるか。ハレの状態だけを作っても仕方ない。みんながいつでもテンション高くて、コミュニケーションを取りたがる場所ではないなっていうのはあって。温かいスープもあれば、ちょっと冷めてるものを温めなおすとか、冷製スープ的な温度感だとか、人との距離の取り方とか、場所にいる時のテンションみたいなものが、どういう人がいても心地よく見れるみたいな状態をつくるって、かなり難しいのですが、問いかけとしてはすごく面白いなと感じています。まだ建築が完成してないから、わからない部分も多いですが、そういう人と人の温度を、建築の在り方を通して、調整というかチューニングしていけるようなものを目指したいと思ってます。
ビシソワーズ野中=たとえば「柱」だったら、柱として名前がついちゃうと柱にしかならないけど、それが斜めになってそこにあるだけで、それはもうすでに柱じゃなくて、違う使い方ができるものになる。やりたいねって言ってることが、建築によってもっと盛り上がっていったり、思わぬ発見が生まれたり。合理的に考えるだけじゃない作り方をずっと今も考え続けています。
サムゲタン三谷=ほかにも、何もない空間って、一見自由であって実は自由じゃないかもしれない、と考えています。。何もないとはじめはいいのですが、そのうち使い方の想像力の限界が来る時がきっとあるんです。自由すぎない空間でどれだけ自由を得るかみたいなことを考えてるんですよね。
ビシソワーズ野中=こっそりスパイスみたいなのを入れておくんです。邪魔にならない程度で。それをきっかけにその人の想像力が爆発することもあるはずだと思っていて。なので、専門家である我々がもっときっかけを蒔いておいた方が、使う方たちも実はのびのびできると思ってます。今回もたくさんスパイスをあちこちに入れています。
サムゲタン三谷=最初の頃の設計案では、構造体そのものを「SOUP」の文字でつくる、みたいな案もありました。チャレンジングなものではあったんですけど、今思えばちょっとやりすぎていたかも。ただ、一旦思いっきり振り切って、また戻ってくるみたいなチャレンジは大事だと思ってます。思いっきり振ってみると、たとえ違う方に行っても、あるいはちょっと力が弱まっても、そのバランスがだんだんとれていって、お互いの良い着地点を探すことができるはずですから。
それで、1階と3階どうなってんの?
POT内海=こんな感じで、「2階」の在り方を建築チームでかなり突き詰めて、模型を作って、ガスパッチョ隊長はじめスープタウンに関わるスタッフの皆さんにプレゼンしたんですよね。もちろん、考え方そのものは理解してくださっているうえで、ガスパッチョ隊長から発せられた言葉が・・・「それで、1階と3階はどうなっているんですか?」
ビシソワーズ野中=2階のスペースがこのプロジェクトの核だと思っていたので、思わぬ方向からの反応に、「はっ・・・」としました。
サムゲタン三谷=よく考えたら、介護・福祉がメインの会社ですから当たり前のことなんですけどね、その時点ではまだ、1階と3階に有料老人ホームを分けて設置するというところまでしか考えてなかったのは事実。高齢者さんたちが生活をする場である、という部分を掘り下げていくのはまだこれから先のことだと思っていたんです。
ビシソワーズ野中=その日のプレゼンは正直、ボロボロでした・・・。だけど、対話を重ねていくうちに、介護施設の建築をつくるということは、入居者が生活する「すべての」空間が大切なんだということが少しずつ、わかってきたように思います。何千人もの高齢者に接してこられたブイヤベース杉本さんに、あいまいな部分をサポートしてもらいながら、1階や3階の居宅部分を考えていくことにしたんです。
第三の発明、ジグザグ廊下!
サムゲタン三谷=だけど、具体的にどうしたらいいか・・・が見えてなかったんですが、ある時、チャウダー竹村くんとの打合せ中に、ふと、居住空間の廊下がジグザグになっていてもいいのでは?と話が進み、「これって可能性があるかもしれない・・・」と思って。ドキドキしながら、ブイヤベース杉本さんに提案してみたら、「おもしろーい!」と即答!
POT内海=介護施設や病院では廊下がただの廊下なんですよ。でも、そこに住んでいる生活者にとっては、「道」や「広場」にもなるんですよね。出会いの場や、休憩できる場をつくるチャンスがあるのに、うまく工夫できていないケースがほとんど。
チャウダー竹村=単に僕がナナメ好きだったというのもありますけど(笑)。介護施設では、居住スペースの廊下幅を広くとらなきゃいけないという規定があるんです。ストレッチャーや車椅子が通りますから。だけど、それが病院らしさ、介護施設らしさをつくる要因でもあり、そこをなんとか暮らしの空間にしたいという意見があったので、そんな時に、ジグザグと角度をふってみれば、一律的ではなく、面白い空間になるんじゃないかな、とスケッチを描いていたんですよね。
サムゲタン三谷=これが初期のスタディ(検討)です。廊下をただの廊下にしないように、上からのハイサイドライトを入れてみたり、建具のスキマから部屋の中が見えるようにしたり、素材を切り替えてみたりと、いろいろと検討してみるんですが、どうしても決め手に欠けていて…。
サムゲタン三谷=そんなときに、ブイヤベース杉本さんの「高齢になるとなかなか外に思ったように出られないんです。なので、2階のまちの雰囲気を、1階と3階にも引き込みたいと思っているんです」ということばに立ち返り、もっと豊かで楽しい廊下のありかたを考えようと、廊下の形状を検討し始めました。CG、模型、図面、を行ったり来たりしながら、検討している様子がこれです。
サムゲタン三谷=こうした検討の中で、ジグザグ廊下に出会ったんです。ここに可能性を感じ、ジグザグ壁の角度を少しずつ変えて何パターンも何パターンも検討し、模型やCGで見え方を確認して、これだ…!と思えるものに出会えたんです。スープのさめない距離、を探しまくりました(笑)
POT内海=生活者からすると広い廊下がどーんとあるよりも、路地っぽい狭さがあったり、隠れられる場や逃げ場みたいなものがあったり、ある程度の距離感で話ができることなどもとっても大事で。法律で決まった寸法を守りながらも、そこに工夫を加えて、「スープのさめない距離」を実現するチャウダー竹村くんのアイデア。素晴らしかった!!
サムゲタン三谷=このアイデアが出てきたとき、ものすごいドヤ顔だったね(笑)。まあ、でもずっと入社してからスープタウンプロジェクトのメイン担当をしてくれていて、いろいろ大変だったけど、このジグザグの発明で、はじめてチャウダー竹村くんのなかで自分事になっていたというか、スープタウンの中により踏み込んだ感覚はあったよね。
ミネストローネ鵜飼=チャウダー竹村レボリューション!!
POT内海=他にも、1階と3階における廊下の作り方だけでなく、庭(外構)の作り方なども、初期の段階から、高齢者の暮らしの目線をもって考えていかなきゃいけないことがわかってきました。
チャウダー竹村=そうです、そうです。居室の設計にしても、「その部屋の窓から、植物はどう見えるんですか?」とブイヤベース杉本さんに質問されて、「はっ!」と気付くことがありました。そうなると、早い段階から庭師のビスク溝口さんにも相談したほうがいい!!ってなるわけです。
POT内海=そのあたりのお話はまだまだ山のようにあるので、後日、「ケア」の章でブイヤベース杉本さんにたっぷり話していただくことにしましょう。ともあれ、ガスパッチョ隊長に、「1階と3階はどうなっているのですか?」と聞かれたことを発端に、設計チームはより深く、スープタウンの建築を考えることになりましたし、そこには、建築家だけでなく、いろんな角度からスープタウンに関わる全員が同じレベルでひとつの案を考え抜いていかなきゃいけないってことに気付いていくんです。