第3章#01_スープな建築考「もしも、後ろの土地が増えたなら!」
ビシソワーズ野中=はい、上が6歳、下が3歳、どちらも男の子です。「スープタウン」のお仕事の話が舞い込んできた時、私のお腹には次男がいたんですよね。産休に入ったぐらいで、夫とコミュニティデザイナーのPOT内海さんと庭師のビスク溝口さんが豊田市にはじめての現地調査にいったはずなので、次男とスープタウン・プロジェクトは同い年です。この6月で3歳になったから…もう、3年以上もプロジェクトに関わっているんですね。
チャウダー竹村=実は、僕もそこに加わるんです。入社後すぐにスープタウン・プロジェクトを担当することになりました。だから、僕もナノの社員になってまる3年。現在は、進行管理という立場で、週に1、2回のペースで豊田市にあるスープタウン予定地に通っています。
POT内海=時々、ミーティングの場に長男くんと次男くんも来ていることがあるんですが、そういうのもすごくいいと思っているんです。スープタウンはみんなでこれからの介護福祉のあり方を考えるお仕事ですし。実際にスープタウンでは高齢者だけでなく、放デイ(放課後等デイサービス)の子どもたちもいっしょに過ごすことになります。常識にとらわれず、いろんな世代がその場にいることで何が起こるか、どうしたら支え合えるか、そういった視点が建築空間を考えていくうえでとても重要ですから。
ビシソワーズ野中=私たちは、世代的にまだ介護福祉の世界が身近ではないんですが、POT内海さんに「いっしょにやってみませんか?」と声を掛けていただいてから、今までとは違った視点から建築を考える機会をいただきました。高齢の方や障がいのある方、うちみたいに幼い子どものいる家庭などさまざまな立場の生活者が、社会から切り離されることなく、ほどよい距離感で過ごす空間をどう建築的につくっていくか? そういうことが「スープのさめない距離で暮らそう」というコンセプトからのお題だと思うので、みんなで突き詰めて、温かい空間を作っていこうと思っています。
サムゲタン三谷=建築チームは、僕たち「ナノメートルアーキテクチャー」の野中、三谷、竹村。時々いっしょにプロポーザル案件などに挑戦するwithU architectsのミネストローネ鵜飼さん。そして、今日の対談にはいらっしゃらないのですが、庭づくり担当のビスク溝口さん。高齢者の心に寄り添った環境をデザインしてくださる感情環境デザイナーのブイヤベース杉本さん。全体を統括しているのは「みんなの温度管理人」POT内海さん。このメンバーで毎回、密度の濃い~~会議を重ねています。
POT内海=「スープのさめない距離で暮らそう」というのがプロジェクト全体のコンセプトなんですが、ビシソワーズ野中さんは大学時代に生物学を専攻していたことから、アイデア会議の時に、「原始のスープ」のことを話してくれましたよね。
ビシソワーズ野中=そうでしたね。「スープなまちってなんだろう?」「SOUPってなに?」というのを建築チームで紐解いていったんですよね。その時にふと、昔、勉強したことを思い出したんです。簡単に言いますと、地球が誕生したとき、生命の源である有機化合物はなかったそうです。一説によると、無機物のみの原子の海で、雷や熱の力もあり有機物ができ、濃厚な「原始のスープ」になったとか。その中から生物が誕生しました。地球のスープから私たちが誕生した、と考えると、スープタウンはまさに新しい何かが生まれる「原始のスープ」なのかもしれない…そう考えるとアイデアの幅もぐっと広がりますよね。
チャウダー竹村=はじめての現地調査は、2021年の6月28日とノートにありますね。
サムゲタン三谷=難易度がめちゃくちゃ高い敷地だと感じました。まず、スープタウンの予定地は「市街化調整区域」といって、人が住むための住宅や商業施設などは基本的に建てちゃいけませんよと言われている敷地です。里山って、土地がいくらでもあって自由なイメージがするかもしれませんが、実は用途制限が厳しいエリアです。暮らしや風景が壊れちゃいますからね。「農地は農地」、「宅地は宅地」、「建てるなら、この高さまでにしてね」など、細かい制約があるんです。そこをどうしても変えたい場合は、「開発許可」という申請をしなきゃいけない。
ミネストローネ鵜飼=まわりが「崖」になっているという点も敷地としては、しびれる条件です。制度や土地環境を考えると、やめておいた方がよくないですか?と言いたくなるような…でも、その条件をクリアしながら、安全な建築物を築くにはどうしたらいいかを考えるのも、ぼくたちの仕事。初期段階で多角的に整理しているんですよ、実は。さらには、豊田市には矢作川(やはぎがわ)という地域を支える河川があるため、水環境への配慮も大事な設計上のポイントになります。
サムゲタン三谷=最初、スマイリングのガスパッチョ隊長さんからの与件は、今ほどボリューミーではなかったんです。「就労B」のレストランと「売店」、「有料老人ホーム」の3事業ぐらいだったと思います。
チャウダー竹村=6月末に現地調査に行った後、すぐにボリューム・スタディをしていますね。あ、ボリューム・スタディというのは、与件からどのような大きさの空間が必要かを整理したあと、「それがどんな建築の形になりそうか」を検討することです。
POT内海=8月末に、初回プレゼンをしていますね。建築チームのみなさんが10種類ぐらいの模型をつくってくださいましたよね。図面だけなら15パターンぐらいあって、それぞれ面白かったんです。積極的にチャレンジしてくださったのがとってもうれしかったです。
サムゲタン三谷=ただ、収益のことを考えると事業を増やさねばならず、それに伴って建物のボリューム(大きさ)も増えていったんですよね。「看多機(看護小規模多機能型居宅介護)」「放デイ(放課後等デイサービス)」「コインランドリー」「駄菓子屋さん」「工作室」などなど・・・そのあたりで、POT内海さんから建物規模が大きくなってきそうなので、建築チームの体制を見直してほしいって連絡があったんですよ。それで、大規模施設の経験が豊富なミネストローネ鵜飼さんにも加わってもらいました。
ミネストローネ鵜飼=僕が合流したのは、2021年の秋ぐらい。その時点では、敷地に対しての要望が膨れ上がっていまして、しびれる~~~って思ってました(笑)。
サムゲタン三谷=これだけの事業を入れるには、どう頑張っても敷地面積が足りない。容積率を考えても、敷地いっぱいに建てることになり、「スープのさめない距離」なんていうステキな空間的なゆとりは生まれませんよ、というのが建築チームの見解だったんです。
ビシソワーズ野中=どんなパズルもはまらなくて、お手上げ状態になりかけてました・・・。
POT内海=そうなんです(汗)。なんとか打開策を見つけなければと、もがいてたなかで建築チームから、もし敷地の後ろ側にある擁壁上の土地が増えたらいけるかも…?という話が出てきたんです。こちらの資料を見てください。わかります?
□資料1:もしも後ろの土地が増えたなら…
サムゲタン三谷=後ろの土地が増えたとして、↓↓次の図を見てください↓↓。このように、現状の3階建てのビルのうち、2階にあたる部分をくるっと90度回転させると、ちょうど後ろの崖にのっかるようなカタチができるんです。
□資料2:ダルマ落としのように中央部分をくるんと回転!
□資料3:2階部分のズレが新たな「つながり空間」を創出。
ビシソワーズ野中=駐車場をとるのも難しい状態だったので、後ろの土地が増えて、余白がたくさん生まれました。大きな階段を作りたいね、レストランさんはこの辺になりそうだね。奥まったところに子どもたちの秘密基地ができそうだね・・・など話がわ~っと広がりました。
サムゲタン三谷=スープタウンは、いろんな人と人の関係をつむいでいく場所。ですから、建築空間にもそういった余白がやっぱり必要だと思うんですよね。カッコいい建築を作りたいとか、変わったアイデアを加えたいとか、そういうことではなく、「スープな関係づくり」のために必要な余白が、この方法なら生み出せるんじゃないかって思ったんです。
POT内海=「ぱ~~~~っ」と光が差したような瞬間でしたよね。もう、それしかないと思って、いそいでパワポでスマイリングのガスパッチョ隊長に説明する資料をつくって話をしました。
サムゲタン三谷=そうなんです!!! ガスパッチョ隊長が土地の持ち主さんと交渉して手に入れてくださいました。それで、一気に道が開けていきましたね。
POT内海=やっと、骨格が決まったんですよ。スープタウンの建築部門における1つめの大発明です。まさか、1階と3階に挟まれた「2階」部分を90度くるっと回転させるなんて!そして、後ろ側にある一段高い崖の部分にエントランスをつくることで、2階がスープタウンの核になるんです。ここであの「サザエさん」の絵も生まれたんですよね(笑)。
ミネストローネ鵜飼=そうなんです。この形、何かに似ているなぁ・・・と思っていたところ、ふいに、「あ!サザエさんのエンディングのあれだ!」と(笑)。皆さんご存知の、リンゴの中からサザエさんが出てくるアレです。ゆかいなサザエさんがリンゴの真ん中にいるのと同じように、この建物も2階がゆかいな場所になるといいなと。
ビシソワーズ野中=1階と3階に高齢者の方たちの施設があって、真ん中の2階部分にレストランやフリースペースなどを持ってくる。そうすることで、高齢者の方たちとまちとの「つながり」が生まれるはずなんですよ。
つづく。