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  旅人マモとの友人関係は、まもなく十年近くになろうとしている。休暇ともなればバックパックを背負い空港へと急ぐ習性を身につけてしまった彼は先日、二度目のヴェネツィア旅行へと出かけた。歴史上の名だたる作家たちを魅惑してきた水の都。その地に佇む老舗「Harry’s Bar」のカウンターに腰かけ、飲み干した一杯は、ドラッグと酒にまみれた作家の生涯を短めるのに一役買ったにちがいない。

「これは冷たい弾丸さ」

そう言いながら、彼はあのかん高い笑い声を響かせたろう。

 イタリア系移民の男がニューヨークにオープンさせたバー。ある日、その店を訪れたJ・ロックフェラーが男の名を冠した一杯、それこそがカクテルの王様(King Of Coctail)とも称される〝マティーニ〟その一杯。こいつを〝冷たい弾丸〟に仕上げるには、ジンの分量をぐっと増やして度数を上げる。その夜もトルーマン・カポーティの内臓は、キンキンに冷えたきつい弾丸に撃ち抜かれ、血まみれになっていたことだろう。

 旧友との再会を果たし、旅人マモが帰国した週末。イタリア土産を肴に、郊外の静かな部屋で食卓を囲んだ。
「これはさ、料理酒にしようと思って」
 マモが冷蔵庫から手にしてきたボトルは現地の価格で3ユーロにも満たないと言う。脳裏に、下北沢の安居酒屋でボトル三本を飲み干した日の地獄絵図が浮かんだ。
「まぁ、いいや。そう言わず、試しに飲んでみよう」
 試しに一杯、が、一本になる。けれども、この3ユーロのワインが下北沢とは別物だってことは、唇をつけた瞬間に明らかだった。いい、いいよ、これ、毒が入ってない。そう言ってぼくらは、深夜零時を過ぎた頃、突然、呼び鈴が鳴り響くまで、かん高い笑い声をあげながらグラスを傾けつづけていた。