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使いたくなる書体は誰が創ってくれるのだろう

タイプフェイスに関わるようになって、既に四十年近くになる。
自らのグラフィックデザインで、若山牧水の短歌を組版する必要があったことが、その切っ掛けである。ところが、既存のタイプフェイスに納得するものがなかった。

日本の組版で使われる文字の約七割は仮名、それも大部分は平仮名で、短歌ならばなおさらである。写植時代の漢字には、相当な完成度を持つものがあり、字種も画数も多く、デザインの可能性も少なかった。しかし、仮名には不満も可能性もあった。

そこで、着手したのが、数年後に、バリエーションを増やし、写植書体として発表した仮名書体「小町・良寛」の原形だった。以来三十五年間が経過したが、今も、フォントとしてモリサワから販売されている。その後、仮名書体の数を増やし、本書は私の仮名書体で組版されている。

数年後、『百人百景』という写真集をデザインし、三十センチ四方の扉に一人の氏名を大きく入れたいのだが、納得できるエレガントで太い明朝体がない。ならば書くしかないと、一人四字として百人、約四百字を書いた。この見出し明朝体は、昨年「味明」「味明モダン」の名でフォントとなった。これまで、相当数のタイプフェイスを作ってきたが、ほぼこのような経緯でフォント化された。

私は本書を出版する春夏秋冬叢書 代表でもある。そこから出版する書籍はもちろん、手がけるグラフィックデザインの全てを自らのフォント、あるいは関わったフォントだけを使ってきた。必要な場合には、前述したようにその都度手書きした。それが新しいタイプフェイスのヒントになった。そのような私の活動と、十九世紀末のイギリスで繰り広げられた、アーツ・アンド・クラフツ運動を牽引したウィリアム・モリスとの共通点を指摘したのは、豊橋出身のエディトリアルデザイナー白井敬尚氏だった。

 「 ウィリアム・モリスは文学と思想を背景に、建築、インテリア、テキスタイル、活字書体制作、印刷、製本、出版など広範な美術・工芸の領域に携わった。こうしたモリスの全方位的な活動と味岡さんの活動はいくつもの点で重なるが、なかでも最もリンクするのは書体制作と出版活動だ。
 モリスのプライヴェート・プレス(個人印刷所)『ケルムスコット・プレス』での中核は書体制作である。ゴールデン、トロイ、チョーサー。モリスはこの三種類の活字を設計・鋳造し、自らの著作や古典文学の印刷に用いた。このプライヴェート・プレス運動の影響は本国イギリスだけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本へも及んだ。

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