ショートショート「古式ゆかしいネクタイ」
「あれって……もしかして、ネクタイ?」
「嘘!?本当だ、ネクタイだ……」
「あのネクタイを見るなんていつ以来だ?」
「しかも、ウィンザーノット……か?」
「俺に聞くなよ!そもそも古いネクタイの違いなんて分からないよ」
一人のスーツを着こなした御仁がセミウィンザーノットできっちりダブルディンプルを作った赤と黄色のストライプタイを身につけている。
「でも、なんであんなネクタイを付けているんだろう……」
「ネクタイなんて今じゃあ、鞄のアクセサリーか靴紐のスペアなのに……」
そう、ネクタイはクールビズやらビジネスカジュアルやらで追いやられ、今となってはネクタイという名前で「細長い布」であればなんでも「ネクタイ」として認識されるようになっていたのだ。それの用途も「アクセサリー」「靴紐」「鉢巻」「腹巻き」なんでもござれ。ただ、「シャツの襟元に巻く」ネクタイだけが衰退していたのだ。
「……!?あの人はもしかして!」
「どうした何か心当たりがあるのか!?」
「あぁ、俺が知る限りだが。あの「ネクタイ」を巻くことが出来る人物はこう呼ばれ尊敬されていた時代があったんだ……」
「それは……!?」
「……『ジェントルマン』………『ジェントルマン』だ………!」
「ジェントル……マン……!?でも、あの人はどう見ても『女性』だぞ?」
「『ジェントルマン』は性別で区別できるような言葉じゃない………!
その人の心意気だ………!己が行動を律し、されど周りには柔和に接する。そして、その人を中心にエクセレントでファビュラスな社交場を『展開』する人物の事をこう呼ぶ!『ジェントルマン』と!」
「な……!なんだって!」
襟元のネクタイを締め直し、自分のことを語る人物に視線を向ける『ジェントルマン』
「やめて下さい。私はその様な高尚な人物ではございませんよ。在りし日の『ネクタイ』をこんな真昼間に付けて出歩く道楽者です。ただ。ただ、このネクタイを見て少しでも『ジェントルマン』を感じていただけたのなら。こうやってネクタイを締めた甲斐があったというもの。このネクタイもディンプルを震わせて喜んでいますよ」
「ディ……ディンプルスマイル……!?」
「ディ、ディン?」
「ディンプルスマイルだ!まさか、実際にこの目で見ることが出来るなんて……」
「え、なに、そんなにすごいの?」
「そんなことはありませんよ?あなた方のような、素晴らしい審美眼を持つ方に見ていただかなければディンプルも震えようがありませんから」
ディンプルスマイルに震える男に、にこりと笑顔を返すジェントルマン。隣の事情がわからない男も突然震え出す。
「ははは、何も知らないお前にも『ジェントリーフェイス』は通用するのか…」
「あ……ああ。……俺にも分かる。相手の世辞を受け止めつつ、その世辞を出した方を褒め称え屈託の無い笑顔で相手に返す……それが……」
「そうだ……『ジェントリーフェイス』…………だ!」
「お二人とも、人を乗せるのがお上手だ。と、楽しい時間は経つのが早い。お名残惜しいのですが、人を待たせているので失礼いたしますよ」
ジェントルマンが懐中時計をスマートに取り出し、時間を確認する。
「ターミネィション……か」
「いえいえ、これはジェントルコンフリクトではありませんから」
「ターミネィション?ジェントルコンフリクト?」
「という事は、貴方は今から……!?」
「ええ、ジェントルコンフリクトに向かうところですよ」
「通りで、ネクタイを締めているわけだ。いや、大変な時に騒ぎ立てて申し訳ありませんでした。グッドマナー」
「ありがとう。貴方もグッドマナー」
「……なにそれ?」
「バカ!お前もグッドマナーって返さないか!」
「こらこら、むやみに人を責めてはいけませんよ?しかし、おかげで肩の力が抜けました。今日のジェントルコンフリクトはいい戦いができそうだ」
そう言うと颯爽とジェントルマンはその場を後にするのだった……
「……後にするのだった、じゃないよ!何にもわからないんだけど!まず、あのネクタイの締め方からわからないし、もう後半に関しては1ミリも分かってないから!なんなの、グッドマナーって!」
「落ち着けって。ビージェントル、だぜ?」
「……なんだこいつ」
「そもそもなんで『ネクタイ』が衰退したかって話からだな」
「え、そっからなの?」
「当たり前だろ?どうして、ネクタイが衰退したか。それはクールビズやビジネスカジュアルなどの外的要因が大きいとされている。が、真の要因はジェントルコンフリクトの乱発だったのさ。ジェントルコンフリクト。お前も知っての通り、ジェントルマンたちが己のジェントル力(ぢから)を競わせる、ジェントルでジェントルを洗うジェントルの修羅場のことさ」
「なんてこった、前提知識に差がありすぎる」
「そして、ジェントル力の象徴である『ネクタイ』が危険視され、今のように、ジェントル力を出さないネクタイが広まったのさ」
「んんんん、そして!そして、に込められたドラマでかすぎない!?」
「仕方ないだろ。ジェントルコンフリクトの歴史はあまりにも危険で、関連文献を探すだけでも一苦労なんだぜ?」
「一苦労するほどのジェントルマニアだったとは知らなかったよ」
「マニアなんてやめろよ」
「いや、十分マニアだろ」
「やめろって」
「よ!ジェントルマニア!」
「だからやめろって!」
「怒るなよ。悪かった。悪ノリだったな、今のは」
「ったく!マニアなんて呼び方はひどいだろ」
「許してくれって」
「せめて、ジェントルフリークって呼んでくれよ」
「呼称に対するこだわりだったのね」
「ま、分かってくれればいいんだ。で、ジェントルマンは今では世界に数人しかいない、ジェントル力を受け継いだ人間のことを言うのさ」
「なるほどなぁ、とはならんだろう!」
ネクタイが『ネクタイ』と呼ばれる時代。
ジェントルマン達の熱き『ジェントルコンフリクト』が今!
繰り広げられる!
それでは、皆さんご一緒に!
ジェントルコンフリクト〜〜〜〜〜!
レディー!ゴー!
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