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ショートショート「ノスタルジーガムテープ」その2

「張り付いて生きていく」

「話を聞いてくれ!」
「放っておいてくれ!もう、この世に未練なんてない!」
ビルの屋上。フェンスの向こうにいる男が叫ぶ。
「昔からいいことなんて一つもなかった!
 この世界に俺の居場所なんて一つもないんだ!」
「そんなことはない!」
「うるさい!こんな世界、こっちから願い下げだ!」
「早まるな!!!」
飛び出す。その男に、止めに入っていた警官が叫ぶ。
「思い出せ!どうしても戻りたい場所を!」

男の世界がスローモーションになる。
自由落下。
加速する体とは裏腹に時間がどんどん長く感じられる。
本当ならすでに地面に到達しているはずなのに
男はまだ落下の最中にあった。

「思い出せって。
 いい思い出なんで、一つもないって言っただろ。
 でも、こうやって飛んでみると
 終わりに向かうしかないと思うと、嫌でも思い出しちまうな。
 これが走馬灯ってやつなのかな。
 ……ははは、やっぱ何にもいいことが浮かんできやしねぇ。
 小中高とクラスに馴染めず、2浪して入った大学も中退。
 就職もできず、アルバイトをしながら、ネカフェ難民。
 公務員の両親の憐れむ表情に耐えきれずに家を出たから、戻れない。
 両親。ごめん、父さん。母さん。俺,もう疲れたんだ。人生に。
 何一ついいことなんてなかった。何一つ。何一つ?
 あ。は、ははは。こんな死ぬ間際に思い出すなんてな。
 両親のあの憐れみの顔。今思い出してみたら、心の底から心配してたのか。
 それを、俺は卑屈になって、憐れまれてると思って逃げたしたんだ。
 なんで、あの時素直に、両親に心から相談しなかったんだろ。
 手を伸ばさなかったんだろう。
 会いたい。最期の一回でいいから。会いたい!」

その瞬間だった。
男の体から、ガムテープのようなものが伸び、ビルに張り付く。
「良かった……ノスタルジーを感じてくれたんだな。」
屋上の警官が安堵する。

2534年。人々は郷愁を感じるとその場に張り付くという謎の現象に悩まされていた。「ノスタルジーガムテープ」と名付けられたその現象は多くの場合、郷愁にかられ前に進めなくなる迷惑な現象であったが、時折、この世に絶望した人を繋ぎ止める役割も果たしていた。
なぜこんな現象が起こり始めたのかは、いまだに判然としなかった。
ただ
進め、もっと進め、昇れ、もっと高く。
そうやって突き進みすぎた人類を救うために、この現象は現れたのではないかと実しやかに噂されているのだった。

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