ショートショート「なんでも入るアイマスク」
「夢の入るアイマスク」
町の骨董市に訪れていた会社員の獏村は
「なんても入るアイマスク」
と言う怪しげなものに目が止まった。
「おやおや、お客さん。お目が高いねぇ。
こいつはなんでも入るアイマスクですよ。」
銀髪の老婆がニヤリと八重歯を光らせながら話しかけてくる。
「なんでもってのは、大きなものでも入るのかい?」
興味本位に聞く、獏村。
「いえいえ、なんでもってのはそんなものではございませんよ。」
「なんだ、詐欺商品ってことか。骨董市なんてのはろくなものじゃないな。」
すっと踵を返し、立ち去ろうとする獏村に
「これをつけてみた夢なら、なんでも入るアイマスクなんですよ、これは。」
とじっと獏村を見つめながら老婆は告げた。
「夢をなんでも?」
「はい。なんでも。あなたも一度はございませんか?
あの夢の続きを見られたら。またあの夢を見たい。
それを入れておいていつでもみることもできるのですよ。これは。」
その言葉に心が揺らいだ獏村は老婆にアイマスクの値段を尋ねた。
「お客様になら、タダでお譲りしましょう。」
「タダ!?……何か、曰く付きの代物なのか?」
「いえいえ、曰くなどございません。
私が取り扱っておる商品は、その時が来たらお渡しする決まりでして。
このアイマスクと貴方様が出会ったのは運命。
お渡しするのが私の勤め。
さあ、お受け取り下さい。」
「タダより高いものはないと言うが……ものは試しか。」
「どうぞ、良い夢を。ただし三日に一度揉み洗いをして陰干ししてくだされ。
よろしいですか?三日に一度揉み洗いで陰干しですぞ?」
*
数日後。
アイマスクを使いご満悦の獏村。
「いやぁ、これはいい買い物したなぁ。ん?タダでもらったから
買い物ではないのか?まぁ、いいや。
しかし、まさか本当に夢を好きに出し入れできるなんてなぁ。
と、今日で三日目か。揉み洗いをして、陰干しをしないとな。」
洗面器にぬるま湯を張り、じっくりと揉み洗いをする。
そして、陰干しをする。
「はぁ、三日に一度にこれは、ちょっと面倒だな。」
それから数週間。
アイマスクのおかげですっかり熟睡できる様になった獏村は
いつもの様にアイマスクの手入れをしていた。
「あのアイマスクのおかげで体の調子がいいな。
少し出かけてみるか。アイマスクの手入れも終わってあとは
乾くのを待つだけだしな。」
と、近所をぶらりと散歩に出かけた。
「ついつい、遠くにまで足を伸ばしてしまった。
いい気分転換にはなったから良しとしよう。」
獏村が家に帰ると、ベランダから光が溢れ込んでいる。
「なんだあれ?」
足早にベランダに向かうとそこには日に当たり輝くアイマスクが
「しまった!アイマスクが日向に!」
慌てて取り込む。しかし、アイマスクの見た目には変化はなかった。
「何ともないな。あの老婆め。驚かせやがって。」
安堵した獏村は、いつもの様にアイマスクをつけて眠りについた。
ところが
「あれ?夢が、入っていない!?」
翌朝。大慌てて骨董市に店を出していた老婆の店を訪ねる。
「夢が!夢がなくなったぞ!」
「おや、これは……。お客さん、日に当ててしまいましたか?」
「え?」
「陰干しと申しましたでしょう。
夢は陽の光を浴びると、消えてしまいやすいのですよ。
けれど、全部消えたようでよかったですな。」
「全部消えてよかった!?良いわけあるか!」
「いえいえ、本当に良かったのですよ、お客様。
陽の光を浴びてなお、消えない夢は白昼夢となり
アイマスクにお客様を取り込んでいましたから。」
bow
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