「記録更新」
田舎暮らしの俺様にとってチャリで5、60キロ先の親戚の家に遊びに行くことは真冬でさえ、そう大したことではなかった。
実際、中1の時にお年玉欲しさにマイナス17度の吹雪でも2つの峠を越えて51キロの道のりを2時間半かけて行って呆れられたことがある。
何せ、北海道半周くらいのことは中学生の時には経験済の「おませさん」。
はじめて立派な角のエゾシカに出くわしたり、ハイライトを吸ったのだって4歳の時。
従兄弟の家の裏山の沢で熊の声を聞いたのは小学2年生だった。
そして、どういう意味があるのかは解らないが俺様は事故によく出くわす。
向こうから寄ってくる感じなのかも知れない。
はじめて身体にメスが入ったのはゼロ歳の時で続いて1歳。
成長と共に骨折などの箇所も順調に増えた。
今もその傷は身体に刻まれたまま。
何かにつけ早熟?だったわけで、そんな俺様がプライスレスな旅に出ることになったのは高校1年の夏休みに入って間もなくの頃だった。
北海道自転車単独1周をするかどうかを迷いつつもバイトで食堂の出前をしながら体力と旅費を溜めていたわけで、多少の焦りもあった。
ある日の事、出前先にラーメンや中華丼、カツ丼やらを11杯届けた時に
小耳にはさんだ話が事の始まり。
(ちなみに昔むかしのごっついギア無しチャリでアルミのおかもちの限界は12杯まで)
そこは何時もタバコの煙がモクモクしている怪しい所で、いわゆる
「掛けマージャン」荘だった。
出入りしているのは見るからにそっち系の人がゴロゴロしていて
1度たりとてドキドキしないことはなかったが、ただ嬉しいこともある。
そのお金が掛かっているであろう麻雀で1人勝ちしている人がいた場合
運が良ければ、千円札からのおつりは「とっとけ」ということになる。
これが結構バカにならないし、いい時には3つの卓でということもあったが
11杯も頼んでいるくせにその日に限って何も起こらなかった。
ただ、聞きたくもない奇妙な話を小耳にはさんでしまうことにはなる。
かい摘むと以下のような感じ。
チンピラ風A「やくざ風Bさん、〇〇の山ん中にある〇〇(ラブホ)潰れたらしいっすよ」
やくざ風B「バカ、おめぇ、あそこは〇〇がそこで死んじまってから、出るって噂になって…」
やくざ風B「ねぇ、〇〇さん(どうも刑事風)」
どうも刑事風C「うちでも2人視てるからね」
チンピラ風A「うゎー行かなくていかったぁー」
おませかどうかは置いといて、ラブホなるものにも興味の湧く男子としては
いろんな意味でその話に関心がなくもない。
なんせ我が家は町のど真ん中、本町に建っている割には元墓地らしい。
どうも開拓時代の無縁仏があちこちから集められて何十人かが埋葬されていた跡地で物心がついた頃には、窓からすぐ見える薄紫の花が咲くといい香りのするライラックの周りで火の玉が重なってゆらゆらと燃えている?のを観ていたし、突然ラジオがついたり誰もいないはずの2階を靴で歩く足音や明らかに子供達がかけっこするのが聞こえるのは日常。
極めつけは、茶の間で寝たきりだった曽祖母さんを送った原因は5歳の時にブロックで作った力作の超バカでっかい宇宙船を高い所から手を滑らせて胸の上に勢いよく墜落させたから。
それを目撃した普段は温厚なばあちゃんが鬼の形相で「黙ってなさい!」と言ったのを今でも覚えている。
まぁとにかく、場所を調べてバイト休みに写真を撮りに行くことにしたわけでカメラを首からぶら下げて、腰でバンドで固定して颯爽と出向く所までは良かった。
田舎は国道と言えども町外れではアスファルトが道の脇で突然切れており
自転車も相当なスピードが出ているところにどうにも対向車が突っ込んできた。
一瞬だった。
避けようとして脇にハマってぶつからなかったものの結局自爆。
宙を舞った時、とっさにバイトでようやく買ったカメラを守ってしまったので肩からアスファルトの道路に叩きつけられた。
とても、いやーな鈍い音がした。
「グヮシャ」
その鈍い音を辿ってみると、あるべきところに鎖骨がない。
と言うか、とっ、飛び出していた。
うわー、何かのバチでも当たったのかぁ。
いたるところが、しびれていて意識がどんどん朦朧としてくる中
何とか道の脇に自転車を引きずってきたところまでは覚えている。
「・・・・・・」
よく聞く?暗いトンネルみたいなところを通っているし不思議と痛みは感じない。
どこにいるのか検討がつかない状態が続いてからブワっとシロっぽくなる。
どうやら目の前に透明な水が流れている。
そんなに寒くもないし多分昼間だと思う。
何々?ここを渡っていくわけ?
とても浅いので入ればどうやら足首位の深さに違いないけど少し遠い。
渡ればそこそこ何十人かの人が待っているのが遠目でも判る。
見たことのある知り合いはいないけど、ご先祖様?みたいなことも感じてみようとするが正直、判らない。
その後ろには森というよりは林が広がっていて、その向こうはどうなっているか正直、解らない。
だからなのか何なのか、気後れして迷ってしまっている。
向こう側では、どうも何人かの人が呼んでいる様子だけど、そうじゃない人の方が多い。
もうどれくらい時間が過ぎたのだろう。
相変わらず昼っぽい光の中で飽きることもなく、迷い続けていると
ンン?何か違うところから音が響いている感じがしてくるけど。
「・・・・・・」
気付くとそこはベッドの上。
事故記録更新。
ここでプライスレスな旅は無事オシマイ。
結局、北海道1周は翌年に持越しとなり、自然と俺様は私に変わっていった。
タバコは4歳の時に1回こっきりだし、死ぬまでもう2度とこんな経験したくもない。
人の生き死にを決めるものって何だろう。
まだ、答えは見つかりそうもない。