100年後

100年後には、僕が知る人も僕を知っている人も、そして僕自身もいなくなって、全て忘れ去られる。

そんな予感をずっと背後に感じながらここまで生きてきてしまった。まあ最近は「人生100年時代」なんて言われているし、この調子なら50年後にはどうせ「人生150年時代」もやってくるだろうから、実際には100年後も僕はまだまだ元気にやっている可能性は十分にある。だから、ここでは単に「途方もない未来」の話をしていると考えてくれれば良い。ともかく、この予感は昔から僕の頭の中の最も深い部分に根を下ろし、決して焼き払うこともできず、今この瞬間も、すくすくと順調に成長を続ける恐怖そのものであった。

実のところ、こういった恐怖は誰しもが一度は感じたことのあるものなのだろう。そうして考えると、なんだへっちゃらではないか。赤信号、みんなで渡れば怖くない、的な。

しかしながら、人生20年来の分析と直感から、どうやら僕のそれはなかなか病的なものらしいということが、徐々にわかってきたのである。背中にベタっと貼り付き、片時も離れなかったその予感は、やけに仏教に信心深い祖父母や両親からの影響ゆえなのかもしれないし、幼くしてひいばあちゃんの逝く瞬間をこの目で見たからなのかもしれない。あるいは、僕の持って生まれた思考回路によるものか?なんにせよ、例えば親のガラケーが自動生成した、ただ家族写真を繋げただけのショートムービーに「いつかみんな消えちゃうんだ」とわんわん泣きじゃくってしまう元5歳児なんて、巷じゃそういないらしかった。

さて、20歳にもなるとそんな異常な恐怖心は焦りへと変わる。「忘れ去られない」ためには、どうすればいいのだろうか?自分は一体何を残せるのだろうか?時の運命に打ち勝った、歴史の教科書に顔を並べる偉人たちとにらめっこをする。そうしてもがいているうちに、最近になって、僕にできるのは唯一、音楽や言葉で表現するということだけなのかもしれないと思うようになった。

音楽が僕にとって重要だったのは、肉体の動きと密接に関わる歌や楽器演奏の生々しさ、目で見て説明のできない、それぞれの人間が生む波の魔力が、「忘れ去られない」という目的に、充分にコミットしていると感じたからである。そのうち、そこで歌われる言葉の持つ魔力にも取り憑かれるようになった。大学では文芸コースへと進み、こうしてnote開設なんてことまでして、今もあの予感に急かされながら、この文章を書いている。

そんなわけで、ここでは僕が「忘れ去られない」ために、僕自身を好きなように好きなだけ書き綴っていくことにしようと思う。遠い未来にまだnoteのプラットフォームが残っていて、誰かがふとこのアカウントを見つけてくれたら、こんなに嬉しいことはない。どうぞよろしくお願いいたします。

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