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映画館での予告編音量規制に関する話

はじめに

現在映画館で流れる宣伝物は多様性に富んでいます。
今回は私の職歴を振り返りつつ映画館での予告編音量規制に関する流れを投稿しようと思います。
私は規制を選定した側ではなく、規定を守って制作した側ですので、規定の意図や細かな歴史的背景を知っているわけではないです。あくまで現場で体感したことがベースです。

仕事を始めた頃の時代背景


私の学生時代は映画館にいく度に、新しい予告編を見て、数珠つなぎのように新しい映画を知り、映画館を見に行ったものです。
 当時インターネットは存在していましたがユーザーはごく一部に限られ、交換される情報も文字情報がほとんどで、メール交換も極々限られた人が扱うものでした。
スマフォもありませんし。TVは一家に一台が普通という時代でした。
インターネットでの宣伝といえば、海外のエロサイトがウインドーを閉じても閉じても復活する、嫌がらせのような物しかなく・・・。
あくまで記憶の世界でなんの根拠もありませんが、映画館以外で、映画作品のコマーシャルってよほどの大作でないと見たことはなかった気がします。

スタジオに就職して、毎日ものすごい数の映画予告編が制作されている事実を知ります。入社した当時はフィルムの映写をやっていたので、日に3、4本の予告編の仕事をしていました。

映画の音としてはドルビーSRが一般的だった時代です。
さすがにモノラルのダビングはほとんどなかったですが、ドルビーステレオは先輩が四苦八苦しているのを見た気がしています。
ただまあ、多くの予告編がドルビーSRで制作されていました。

この場合のドルビーSRとは4ch(L,C,R,S)の音声をマトリックスエンコードして、2trk(Lt,Rt)にして最終的にSRノイズリダクションを入れて記録したものです。厳密な仕組みは割愛しますがドルビーのSR方式って形があったと認識してもらえればOKです。
フィルムのサウンドトラックに2trackで記録されています。

4chの音声を2trkにたたみ込んでMASTERを作るのと、フィルムのサウンドトラックの最大値が今のデジタル0よりも全然低く、
当時のアナログの磁気録音よりも帯域も限界値も低かったのです。
一部地方局などインチでの納品を除き、TVCMなどでは納品は既にデジタルのビデオテープへ移行していたのですが、フィルムは依然としてアナログ、さらには感光と現像という、化学の世界の話でした。

この頃のTV-CMは音量競争が当然のように行われており、O.A.を見たクライアントが、
「自社製品の方が音量が低く、訴求力が落ちるのではないか?」
というクレーム、もしくはそれを解決しないと、
別なスタジオ、別なスタッフに変更されるという事がありました。しかし、同時に放送局からは「大きすぎる」という納品拒否もあり、その板挟みに多くのスタジオ、スタッフが苦しみ、逆に技術者として大きく感じる音を作る能力で仕事量が左右された時代という印象があります。

一方映画館で再生される、映画予告編も含んだCMにも音量競争はあったものの、最大値の上限が低かったため、人間の耳を圧迫するものではなく、大きな問題にはなりませんでした。
ただし、映画本編制作者から広告の音が大きすぎるという問題提起はされていて、一部論争にはなっていましたし、実際に映画館で見たお客様からのクレームとして「私は映画を見にきているのであって、広告を見るためにお金を払っていない」
があった話は聞くことがありました。

ドルビー デジタル

しかしながら、ドルビーデジタル5.1chが普及すると事態は一変します。
今までの記録は音声を波形として光学録音していたものでしたが、ドルビーデジタルはアナログの音声をデジタルに変換し符号としてフィルムに記録する事になります。

その際の上限はデジタルピークの0です。しかもマトリックスで混合した2trではなく、ディスクリート(1トラック音声=1トラック記録)の6trk。
ここからは俄然音量競争が始まります。
それまでは聴感上&フィルムの上限で規制されていたタガが外れたとも言えます。そしてそれは海外から怒涛のようにやってきました。
過渡期こそSRとのレベル差*1を考慮して制作していましたが、誰かが音量を上げれば競うように上がります。
そしてそれは国内のコンテンツだけではなく、ハリウッド等の海外から直接やってくる音声とも戦わなくてはいけなくなったのです。

*1
ドルビーデジタルの場合は、音声データがうまくピックアップできなかった時のために、ドルビーSRをバックアップとして必ず作って入れなければいけなかった。
また、全国の映画館が必ずしもデジタル対応していなかったので、その意味でも作る必要があった。


資料もないですし、記憶のレベルですが、
最終的にはドルビーSRの時代から8dBから下手をすると12dB以上は上がったと思います。

朝10時から仕事をしていてひどい時は12時前には頭痛がしていました。
当時はあまり意識していませんでしたが、どう考えてもこの大音量のせいですよね・・・。


そんな感じで時が過ぎて行きました。
映画本編とは音量差は広がり、映画館で当然のように予告編時のモニターボリウムを下げる事が日常化します。
そしてそれが適正に運用されていればいいですが、予告用に音量を下げたまま、戻し忘れ、本編も小さいまま再生されるという事故に近い事もなんどか耳にしました。

そんな状況下救世主が現れます。

『予告篇等音量適正化委員会』

2004年4月映画産業団体連合会に所属する
「日本映画製作者連盟」「外国映画輸入配給協会」
「モーション・ピクチャー・アソシエーション(MPA)」
「全国興行生活衛生同業組合連合会」
「日本映画テレビ技術協会」が組織した日本版のTASA*2というべき
『予告篇等音量適正化委員会』が製作者の責務として予告編等の音量を85Leq(m)以下で作製する事を通達。
予告編の制作を行う製作者、録音スタジオ・光学録音所、予告篇等編集者、現像所、興行会社が協力して音量を規制していく事になります。

*2
TASA(Trailer Audio Standards Association)

アメリカの映画館で再生されるTrailerの音量を規制する為の団体。
Leq(m)のメーターを使用した、測定方法を基準に定めた

詳細に関しては「日本映画テレビ技術協会」の『予告篇等音量適正化委員会』のページを見ていただきたいですが、
ダビングステージ、もしくは光学録音所でLeq(m)を測定しその内容をFAXで予告篇等音量適正化委員会に報告。
その上で映画館で使用するフィルムのリーダーに、委員会認証マーク入りのフィルムのリーダーを使用し各映画館はこのマークのついた予告編に関しては本編と同音量での上映を推奨する。
という形になっていました。

これによって異常な音量競争は終焉を迎え、85Leq(m)という音量規制を受けた時代が始まります。

85Leq(m)

環境騒音を測る時に使用していた Leq(等価騒音レベル)という測定方法に周波数特性補正カーブを加えたLeq(m)という測定方法(TASAと同様)
一般には人間の耳で反応しやすい周波数の数値が高く換算されます。
昨今特にハリウッド系のTrailerで低域を重視した音構成が多いにはこの辺りに原因があるのかもしれません。
さらにLKFSと同じように時間内での平均値を測定する数値です。
ただし、いわゆるARIB TR-B32と違うのは、gateが実装されていないので無音でも平均値に影響を与えるという点です。
ですので、前半ものすごく小さく収録して、後半爆音で流すという構成によっては、かなり音が大きなものも制作できます。
といっても今度は各トラックのデジタル上限に引っかかるので、限度はありますが・・・・。

その後と今後

上記の規定はまだフィルム上映が隆盛していた時代です。
その後、上映方法はデジタル移行しましたが、基本的な測定方法や規則は変わっていません。ただしシネアドに関してはSAWAで定める82Leq(m)という数値が用いられるようになってきました。
(SAWA82Leq(m)は正直専門外なので、Noteでの言及は避けます)
一方で別な問題も生まれています。
フィルム時代はダビング作業のできる場所、光学録音できる場所、フィルムプリントができる場所はかなり限定されていました。
ですので規制はかけやすく有効度が高かったのですが、全工程がデジタル化した現在において予告編等の音量規制をかけるのはかなり困難になっていると思います。
知識さえあれば、一人で撮影、編集、録音、したものを直接映画館に投影することができる時代です。
一方で映画予告編を制作している方々は今でもしっかりと基準に準拠していると聞いています。
このタガが外れないように後世に伝えていくのも大切だと思います。
願わくばこの辺りの事情に詳しい方と交流を続けたい物です。

Leq(m)測定プラグイン

私が知ってるLeq(m)測定プラグインは下記です。
共に85Leq(m)も82Leq(m)も測定できます。

Nugen Audio VisLM 2

Waves WLM Plus

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