サイレンサーは「静ま~る」ものじゃない?自動詞と他動詞の違いが商標登録に及ぼす影響
アスタミューゼ株式会社が提供されている商標審決データベースの速報メールマガジンを見て面白そうな審決例があったので、新年最初の記事を書いてみたいと思います。
言語学の分野では素人ですので、正確ではない表現があるかもしれませんが、その点はご容赦ください。また、可能な限り専門家ではない方にも分かりやすい記事になればと思っておりますので、その点もスルっとスルーいただければ嬉しく思います。
まず、商標制度についてあまり詳しくない方向けに説明をすると、商標権を取る(商標を登録する)ためには、特許庁に対して、権利を取りたい「商標」と「商品・サービス」を特定した出願を行い、審査官による審査を受ける必要があります。この審査では、他の人が先に同じような商標を同じ分野で出しているかどうかだけではなく、商品やサービスの「目じるし」になるかどうかも考慮されます。
というのも、商標制度は、商標それ自体ではなく、商品やサービスを提供し続けることによって商標に蓄積される需要者からの信用を保護の対象とするものだからです。「誰の商品やサービスなのか区別できない」ような商標には、そもそも信用は蓄積されませんよね。
そのため、商品やサービスの普通(一般)名称や、単に産地・提供場所、品質・質などを表す語、シンプルすぎるものといったような商標は、目じるしにならないものとして保護の対象から外されています。
さて、ここからが本題です。
今回取り上げる事例は、前田建設工業株式会社が登録した商標「静ま~る」です。詳細情報は、こちらから確認できます。
なお、「静ま~る」の指定商品は、「着脱可能なエンジン用排気消音器,エンジン用排気消音器,原動機用及びエンジン用の消音器,土木機械器具用の着脱可能な排気消音器,荷役機械器具用の着脱可能な排気消音器,可搬式発電機用の着脱可能な排気消音器」です。
審査官は、以下の理由から「目じるしにはならないから登録できない」との判断を下しました。
・本来の語意などを強調するために長音符号を使うことはどの業界でも一般般的に用いられているから、長音符号を除くと、「静ま~る」は、「静まる」の文字であると理解される。
・「静まる」の語は、「元の静かな(穏やかな)状態になる。」の意味を有する(出典:新明解国語辞典 第八版 三省堂)。
・エンジン用排気消音器などの業界(分野)では、排気音などを静かにするサイ レンサーが取引されている。
・以上から、「静ま~る」をエンジン用排気消音器などに使用しても、需要者などは、『排気音などを静かにするための商品である』と理解・認識するるだけであるから、商品の品質、効能や用途などを単に表示している(普通に用いられる方法で表示しているだけ)だけのものである。
これに対し、前田建設工業株式会社は、不服申し立てを行いました。その結果が、冒頭にリンクを貼った審決です。
結果として、審判官は、「「静ま~る」は「排気音などを静かにする」ことを暗示させる場合があるとしても、商品の品質などを間接的に表示するにすぎないものだから登録してもよい」(=目じるしになる)と判断しました。
ここで私が面白いなと感じたのは、審査官に対する反論と拒絶査定不服審判の請求時の、前田建設工業株式会社側の以下の主張です(簡素にまとめるためにかなり端折っています)。
・指定商品の「消音器」は、「内燃機関から出る爆音を減らす装置。また鉄砲の発射音を小さくする装置。サイレンサー。マフラー 。」と定義されていおり(出典:広辞苑 第七版)、自社の商品の説明を併せても、消音器は「爆音を減らす装置」=「生じた音を小さくするための装置」と言える。
・一方、「静まる」の語は、辞書では「元の静かな(穏やかな)状態になる。静かな状態を保ち続ける」と定義されており、さらに、「自動詞」であると説明されている。
・「自動詞」は動作主体自体の動きを表す動詞であり、影響を及ぼす対象を他に持たない。
・そしして、消音器が「生じた音を小さくするための装置」であることを考慮すると、自動詞の「静まる」ではなく、「元の静かな(穏やかな)状態に戻す。」という意味の他動詞である「静める」の方が適切で、直接的に商品の効能や用途などを表す語であると言える。
=消音器の効能や用途などを表す語として適切なのは「静める」であり、「静まる」はそのような語には該当しない。
要は、「静まる」は、ある物・人自体が静かになることを表す語(自動詞)である一方、消音器は何かから出る音を小さくするもの=消音器自体が静かになるのではなく、対象を静かにさせるもの(他に働きかけるもの)なので、消音器の効能や用途などを表すのであれば、他動詞である「静める」が適切である、という主張です。
審決は、この主張に対して直接的に何か言及しているわけではありませんが、私自身はなるほどそうだな、という印象を受けました。
また、パッと見て「効能や用途を表していると判断されるのではないか?」と思うようなものも、言葉の持つ意味、商品・サービスとの関係、品詞の種類などを丁寧に検討していくと登録の可能性を見出せるのではないか、という気づきを得ることもできました。
以上、最後はやや力尽きて乱暴になっているところもありますが、今回はこの辺で。