宅建奇譚【鑑定小説】
これは、ある地方都市に住む霜田直樹という男が経験した、奇妙な話だ。
霜田は穏やかな性格で、普段は他人と競い合うことを好まなかったが、近所に住む長島龍一という男にだけは、何とも言えない対抗心を抱いていた。長島は設備工として働いており、その仕事ぶりや知識の深さから、霜田はいつも彼に一目置いていた。しかし、長島が突然「宅地建物取引士(宅建)」の資格を取ると言い出したことで、霜田の心には重い不安が芽生えた。自分もその資格を持っているが、もし長島がそれを手に入れたら、自分は彼に勝てるだろうか、と――。
霜田は悩みの末に、町外れに住む占い師のもとを訪ねることにした。その占い師は、神秘的な力を持つとされ、訪れる者に天の声を伝えることで有名だった。霜田は、長島が本当に宅建を取得できるのかを知りたかった。
占い師は霜田の相談に耳を傾け、しばらくの間、霜田の顔をじっと見つめた後、「長島は確かに聡明だが、その頭の良さを過信している」と告げた。彼が資格を取るために努力していることは確かだが、どこか心の片隅で、その試験を軽視している部分があるというのだ。
霜田はその言葉を聞き、心の中で何かが引っかかるような感覚を覚えた。占い師はさらに天の導きを仰ぎ、長島が試験に合格する可能性を占った。結果、占い師はゆっくりと首を振り、「長島は天に見放されている。このままでは試験に合格することはないだろう」と告げた。霜田はその言葉に安心しつつも、どこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま、占い師に礼を言い、その場を後にした。
家に帰る道すがら、霜田はふと肩越しに何かがついてきているような、妙な感覚に襲われた。振り返っても、そこには誰もいない。彼はそれを自分の気のせいだと無理やり納得させ、家に戻った。
その夜、霜田はなかなか眠りにつけなかった。占い師の言葉に安心するはずだったが、逆にその言葉が頭の中で何度も反響し、不安が募るばかりだった。夢の中で、霜田は薄暗い試験会場に一人立つ長島の姿を見た。彼は試験問題を前に顔をしかめ、焦りの表情を浮かべていた。そして次第にその姿はぼやけ、霧のように消えていく。目を覚ました霜田は、冷たい汗にまみれていた。
その日以来、霜田の心には不安が絶え間なく渦巻き続けた。長島が本当に不合格になるのか、自分の中の確信は揺らぎ始めた。ある日、ふと長島の家の前を通りかかったとき、家の中から不気味な笑い声が聞こえてきた。それは確かに長島の声だったが、どこか人間離れした異様な響きを持っていた。
占い師の予言が真実なのか、それとも――。霜田はその答えを知ることが怖かった。やがて彼は、結果がどうであれ、自分自身を強く持たなければならないと決意した。しかし、どれほどの時間が経っても、彼の心の奥底に芽生えた不気味な違和感が消えることはなかった……
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