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犬の系譜 ③

11.都知事選

 今回の都知事選は混乱の極みだった。東京都はヨーロッパの小国並みの経済規模や人口がある。一発の選挙でそのTOPが決まる。
そのうまみに気づいたよからぬ連中が押し寄せ56人の立候補となった。ルールのほころびを狙った不真面目な立候補者の存在は言語道断なのだが、違反していなければしょうがない。早々に公職選挙法の改正が必須だ。
 彩里は悩んでいた。スキャンダルを狙う対象を絞り込む為に、本人の様子を生で見る必要がある。ところが本命の現職知事がまったく生で見れない。定例記者会見は限られた記者しか入れない。公示日が過ぎても公務が多忙という事で街頭演説にも立たないのだ。
 現職の知事はかねてよりいろんな疑惑があり、その真偽を確かめられれば大スキャンダルとなる。かつては議会での追及が激しく、疑惑が白日の下に晒されるかと思われたが、議会の大半を占める保守党の議員団と手を結んだとたん追及は消えた。そして保守党議員の提示する政策が次々と決まる。
 選挙で現職は圧倒的に強い、選挙活動でボロを出すより、露出が少ないほうが有利なのだ。そうこうするうち、野党第一党の女性候補者が立候補の表明をし、記者会見や街頭演説を始めた。
 野党議員は保守議員に比べて総じて嘘の色が薄い。もちろん個人差があるので断言はできないが、この野党候補者は嘘が少ないようだ。嘘が少ない反面失言が多くその分突っ込みどころが満載でみずからの足を引っ張っている。
 ここ最近、政党政治は危機に瀕している。政権政党が裏金問題や新興宗教問題を断ち切れず、人気が最低な状況である。この大チャンスを野党がモノにできない。野党は野党で旧組織体やイデオロギーを引きずり、世の中の価値観の変化についていけず支持が低迷している、ある意味、与党と構図は同じだ。
 そして台風の目になったのが地方都市の元知事だ。政党に頼らず、SNSを武器に急激に人気を伸ばしたが、攻撃的な物言いで知られ嘘が無い。しかし嘘が無いのが良い政治家とは言えない場合もある。今回はスキャンダル調査の対象にはならなさそうだ。絞り込みができないまま選挙戦は終盤となった。
 ようやく現職知事が街頭演説に立つことになった。なんと最初の演説が八丈島だ。本人を生で見ないことには嘘の色がわからないので、彩里は八丈島に飛び、ようやく現職知事の姿を生で見た。牧場を視察する姿が報道陣に公開された。始めての生で見る本人である。
 南の島の陽光の下で牛にエサをあげるのんびりした情景だが、彩里の眼には陽光に似合わない渦巻く黒いモヤが見えていた。
 ただし、現職知事の嘘のモヤはガードが堅かった。一番の嘘と言われているのが学歴詐称問題である。この嘘については告発者が何人も出てきたのだが、エジプト政府を巻き込んで力業で抑え込んだ。他のこともガードが厳しく、選挙期間中に嘘の新たな裏どりをすることが出来なかった。そして現職知事は再選された。

12.ターゲット

 今年は世界的な選挙イヤーと言われる。国内では、9月の自民党総裁選、衆議院の解散総選挙が見込まれている。彩里にとってどの政治家を追いかけるのかで記者としての自分の記事の成功が決まる。
 都知事選ではターゲット選定に失敗した。嘘を暴くには相手が手強すぎた。ターゲットになりそうな政治家は山のように居る。嘘の色が濃く脇が甘い政治家は特に与党議員では選び放題だ。
 彩里は自分の記者生命をかける絶好のタイミングと感じていた。今保守政党は政治と金の問題と、新興宗教組織との癒着問題で膿を出せないでいる。選挙に絡んで、与党にはびこる病原体の正体を明確にすることは使命のように感じた。
 まずは保守政党の総裁選だ。都知事選と同じく、候補乱立となった。今回の総裁選は現総裁が思い切った改革を実施できずに任期を迎える選挙だ。当然最大のテーマは保守政党内の刷新だ。今までの派閥争いの中での総裁選びとは少し違う筈だ。しかし、告示日を迎えた候補者の顔ぶれは期待外れとなった。
  一番人気は、同じように、与党への政治不信がピークになっていた状況で「保守党をぶっ壊す」と言って総裁の座を勝ち取った元総理の次男である。保守党をぶっ壊すと言って壊したのは保守党内の最大派閥で、自分の派閥がそれに置き換わっただけだった。
 その時はマスコミが仕立て上げた偽のヒーローだったが、今回も同じ構図に見える。
 俳優の兄よりもメディア受けをするいわゆる「イケメン」で、元ニュースキャスターと結婚して話題をさらった。スター性は抜群である。しかし残念ながら、中身がついて行かず、政治家としての信条や政策についての造詣は浅い。なので今回も耳聞こえが良い「改革」を叫んでいるが、具体策は何も見えない。しかしマスコミが担ぐ以上勝ち馬に乗る議員が多くなると思われる。
 次に女性初の総理大臣を狙う保守本流の古参議員だ。筋金入りの右派である。口を開けば「強い国家」を唱え、国防、経済ともナショナリズムの塊だ。この人にとって「国民の幸福=強い国家」なのだろう。
 その対抗馬と目されるのが、過去何度も総裁選に挑戦している古参議員だ。政治家としての信条や施策もしっかりしていて、右派ではあるがまだバランスが取れている。国民にも人気があるが保守党内の議員仲間に人気が無い。総裁選は、所詮保守党内での人気投票なので致命的だ。
 昔はマスコミがつくる人気操作なのでこれで決まりだっただろう。しかし、ネットでの情報戦が主流になった今、何が起こるかわからない。もし致命的なマイナス情報が発見されれば、それは爆速で拡散する。
 彩里はそこを狙う。3人に絞って嘘探査をすることにした。

13.最大無派閥

 総裁選の立候補は9人となった。マスメディアでの討論会が中心になり、生で見る機会は少ない。そんな中、名古屋で9人勢揃いの地方遊説があった。同じ政党なので各候補の政策は代り映えしない。
 彩里の目的は、嘘の色を見分ける事なので、しゃべる内容はあまり関係ない。何とか前列で候補者を眺めることが出来た。さすがに保守政党の幹部に近いメンバーなので、匂い柱も半端じゃない。強い思いを示す色の濃いモヤばかりだ。ターゲットの3人に注目した。
 一番人気の元総理次男のモヤはあまり色が濃くない。つまり良くも悪くも自分の政策に思い入れが強くないのかもしれない。
 保守本流の古参女子と総裁選常連はどちらもモヤの色は強い。ただ少し色合いが違うようだ。総裁選常連はあまり政策に裏表が無いのか、古参女子に比べ明るめの色だ。ただ、保守政党で幹部として生き抜いている剛腕なので、当然土台は嘘の色で築かれている。
 彩里は3人の匂い柱を見比べた。最近、匂い柱を見た時にある違いがあることに気が付いた。それは個人の嘘と組織の嘘の見え方に違いがあるという事だ。自分だけの都合で嘘をつく場合はどんな人間でも、良心との葛藤があり、揺らぎが生じる。その為、嘘のモヤが陽炎のように揺らいでいるのだ。それに比べ組織的につく嘘は良心の呵責が少ない。その為、あまり揺らぎが見えないのだ。
 元総理次男と古参女子は、総裁選常連に比べてはるかに揺らぎが少ない。これは派閥解消と言いながら、党内に影響力を持つ老害議員たちが後ろ盾となって組織票を構成している。つまり老害議員が賛同しない政策を立てることはできない。その組織としての嘘が基本路線となっているから揺らぎが少ないのだろう。
 元総理次男は前総理の強力なバックアップがある。無派閥で有名な前総理は派閥解消のうねりの中で、逆に最大派閥と言える勢力になった。元総理次男は政策力が弱い。その為、最大無派閥の勢力から政策を伝授されていると思われる。
 彩里は追跡すべきスキャンダルを想定した。一番核心のスキャンダルになるのは、今回の争点ともいえる、政治と金の問題か、新興宗教との癒着問題だ。しかし、この二つは防御が厳しく核心に近づけないどころか、どこからアプローチするべきかもわからない。
 3人の中でこの問題に一番近いのは古参女子だ。そして脇が甘そうなのは間違いなく元総理次男だ。この二人のスキャンダルを探ることとした。

14.世襲の闇

 元総理次男は3世代続く筋金入りの政治家の家系だ。いわゆる「カバン・看板・地盤」を引き継いで政治家となっている。
 かねてから世襲議員については賛否の議論があり、それ自体で本人を批判することではない。しかし、3バンには負の遺産がついて回る。この負の遺産はやっかいだ。
カバンも看板も地盤もその政治家に対する期待から発生している。その期待とは応援する人たちの「欲望」と言ってもいい。つまり政治家になる最初から、そういった応援をする人たちの「欲望」を背負った状態からのスタートになる。
 世襲は「引継ぎ」から始まる。いろんな引継ぎがあるが、本人も理解が及ばない引継ぎもある。
 それはほとんどが「夜」の引継ぎだ。夜の会食を通じて引き継がれた人たちが居る。選挙基盤の地元の名士たちがほとんどだが、その中には背景がわからない人たちが何人か居る。引き継ぎ元の父親に聞いても要領を得ない。背景を隠しているのかそれとも父親も知らないで引き継いだのかもしれない。その人たちからは定期的に結構な額の政治献金があるいわゆる「カバン」だ。
 彩里でなくとも「闇」の存在の気配を感じる人たちだ。政治記者はこういった政治家の周りの闇を嗅ぎまわるのが商売だ。記者同士のネットワークもあり、ある程度の人脈はわかっている。保守政党の政治家にはいろんな組織が群がる。
 いわゆる右派系の政治団体が一番で、それ以外でも大手企業のロビー活動担当や、業種業態ごとの企業組合、政治には利権がつきものなので「欲望」をたっぷりと蓄えた人たちだ。 
選挙期間は約半月ある。その間に何かネタを拾いたいが、本人にはおいそれと近づけない。記者ネットワークからのネタとネットで調べた独自人脈リストで、絞り込んだ数人の匂い柱を確認することにした。政治団体や地元の名士は省く、名の知れた企業関係もリスト外とした、残ったのは業界団体とよくわからない団体名の支持者だ。
 取材と称して、片っ端から訪問した。面談するとどの支援者も欲の匂い柱にまみれているが、特別不穏な匂いはしない。
 結局、特別な匂い柱の支援者は見つからなかったが、一人納得のいかない支援者がいた、まったくの欲の匂いが無いのである。それどころか揺らぎの無い薄い霧のような均一のモヤがかかっている。あまり見たことが無いタイプだが彩里には心当たりがあった。

15.ナショナリズム

 保守本流の古参女子の周辺は賑やかだった。
本人の嘘柱もさることながら、保守党の老害幹部や裏金疑惑や新興宗教疑惑の議員のオンパレードだ。
 元総理次男同様、本人には近づけないので、これも支援者リストのなかから胡散臭そうな人物に取材訪問する。こちらも右派系の団体が主となった。
 彩里の両親の時代は戦後教育の中でイデオロギーに対して敏感だった。学生運動やそれに反する考えがぶつかり、わかりやすい構図がよく見られた。
 彩里自体は右でも左でもない。しかし彩里の世代は、現実主義で極端な考えを嫌う若者が多い。
 ITが社会のインフラとなり、いろんな情報に簡単にアクセスできる。マスメディアや政治からのコントロールされた意図的な情報だけでなく、グローバルもミニマムもフェイクも瞬時に大量な情報に同時に接することが出来る。混沌とした情報の洪水のなか、自分を見失わないためには意図を感じる極端な考えは警戒するのだ。
 特に感情に訴えたり、自尊心をくすぐられるような弁舌は、安易な全体主義への誘導になっている場合が大半だ。
 日本人は同調性バイアスが強いと言われる。結束力が強い反面、その性質が戦前の軍国主義を推進することにもなった。一番気を付けるべきは為政者による誘導だ。
 古参女子の弁舌を聞いていると「国家の主権を守る」「経済で勝つ」等々、強い言葉が並ぶが「国民の幸福」「弱者を助ける」等の優しい言葉は出てこない。
 そうしてその弁舌には強い誘導の匂い柱が見える。「面従腹背」という言葉がある、この古参女子の為にあるような言葉だ。
 古参女子はたくさんのスキャンダルの匂いがした。しかし、周辺の人脈は嘘にまみれているのはわかっているのだが、下手に手を出せない大物ばかりだった。
 これ以上の取材は意味が無いように感じだしてきた。怪しい人脈オンパレードなのだが、危険すぎて下手に動くと自分だけじゃなく会社にも迷惑がかかる。古参女子人脈の取材をあきらめかけた時、一人の支援者が気になった。

16.同じ匂い

ある支援者を見た時、元総理次男の支援者にも同じ人がいたような気がしたのだ。
 調べてみると当然別人だった、組織も全く別である。ただ、まったく同じ匂いがするのだ。
 人は百人いれば百の匂いがする。犬が飼い主を間違えなかったり、犯人の匂いをかぎ分けることからもわかる。なので別人であれば匂いは別だ。それが別人なのに全く同じ匂いなのだ。そして似ているだけでなくその匂いのモヤは嘘や揺らぎが無く均一に見える。
 このモヤは心当たりがあった、信仰心が強い人のモヤだ。強い信仰心があると良くも悪くも「欲」も「嘘」も無いのだ。信仰の組織から指示された「嘘」は嘘と思わないようなので、平気で嘘をつく。なので、心の動きにかかわる匂いを全く感じることが出来ないのだ。こういう人は厄介である。彩里からみればロボットを相手にしている様でつかみどころがない。
 二人の支援者を徹底的に調べてみた。元総理次男の支援者はビジネス向けの啓蒙セミナーを主催する団体だった。セミナーに参加してみたがセミナー自体に何もおかしなところは無い。ただ彩里はあることに気づいた。セミナーの参加者の何人かは同じ匂いがするのだ。そのセミナー参加者は、性別も年齢もバラバラだ、共通点がなさそうに見える。セミナー参加者の名簿を盗み見て、調べてみたが結局共通点は見当たらなかった。
 古参女子の支援者の方は、経営コンサルの事務所だ。これも調べ回ったが何も出てこない。ただ直接訪問してみたら、事務所の人たちは全員同じ匂いがした。

                                     つづく

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