キグルミ窃盗団
変化
キグルミを着た反社会勢力が覇を争うようになりしばらく経つ。10年前の暴対法の強化が功を奏し、反社会勢力の中心であった暴力団がことごとく解体された。
同時期に、高齢者を狙った海外を拠点とした詐欺グループも、通信法の大幅な改正で根絶やしとなった。
時を同じくして、行き場のないあぶれた若者の受け皿であったハングレ集団も、少子化が一気に進んだことで自然消滅寸前となっている。今やトー横もグリ下も子供たちどころか、行き交う人もまばらだ。去年、日本の人口はついに1億人を割り込み、どこの繁華街も人がまばらになっている。
しかしそれで平和になったかというと、人口が少なくなってもある一定の割合で、社会に適合しないアンダーグランドな人たちはあいかわらず発生する。
ここ数年、従来の反社勢力に代わって台頭してきたのがキグルミ窃盗団だ。もともとは、各都道府県や市町村が競い合って創作した「ゆるキャラ」が発端だ。「ゆるキャラ」全盛期、キグルミの中身を職業とする人たちの「キグルミ業組合」が各地に結成され、キグルミの中身が連携して、待遇改善や、新たなキグルミ市場の開発なんかを模索していた。しかしキグルミ需要は長く続かず、人口減少とともにキグルミ需要が激減しだしたころに、反社会勢力として変化したのが始まりだ。
そもそもキグルミの中身を生業としようとする連中なので、反社勢力となる要素が多い。顔出しでの人とのコミュニケーションが苦手なことや、食えないアクターがどうしようもなくキグルミに逃げ込んだことが始まりだったりする。それでも全国で人気コンテストが行われたり、マスメディアで盛んに取り上げられたりされていた頃は、職業として好んで中身になる人が大勢いた。また、自治体のキャラなんかは、中身も公務員だったり、収入もそれなりに担保されていた。
ところが、人口減少の荒波にもまれ、所詮あぶく業界なので衰退は早かった。キグルミを喜ぶのは昔から子供と決まっている。子供がいなくなった地方から、ゆるキャラのニーズは消滅していった。
新たな市場として、増加している高齢者施設の慰問需要を狙ったが、ゆるキャラが出現しても年寄りは誰も喜ばない。たまに何を勘違いしたのか涙を流しながら手を握ってくる年寄りは居るが、犬猫の慰問のほうがはるかに喜ばれるのが実態だ。
そうするとせっかく組合まで作って横の連携をしだしたのに、収入が減る一方で、割とまともな中身からキグルミ業を辞めるようになった。特に中身が公務員の連中はいくら住民サービスとは言え、上司に言われて無理やりキグルミを被った職員も多く、パワハラ問題が糾弾されるとともに、組合を脱退する中身が続出した。
残ったのはキグルミ以外で食べていくスベの無い連中だった。そこからの転落は早かった。もともとキグルミなので中身の顔は知られていない。セキュリティカメラに写ってもキグルミを脱げば足がつかない。かつての主要活動場所だった商店街は土地勘があり、窃盗を働くには都合がよかった。そうした窃盗団が各地の夜のシャッター商店街で発生しだし、カメラを厭わないキグルミの集団が商店を襲っている映像がネットを賑わし、大々的に「キグルミ窃盗団」が世に知られるところとなった。
勃興
最初に台頭してきたのは、「北関東連合」だ。ヘッドは群馬県のゆるキャラの「ぐんまちゃん」だ。全国的にはあまり知られていないが地元では絶大の知名度を誇る。タテガミが特徴の競走馬で「走り屋」の異名を持ち、中身は元暴走族「北関東連合」の総長だとの噂もある。典型的なかわいらしい顔からか人望が厚く、ヘッドになってすぐ北関東の他県組合をまとめ上げて一大勢力となった。週末になるとバイクに乗ったキグルミ集団が北関東自動車道を爆走してる姿が有名になった。
少し遅れて、対抗勢力となったのは、東京千葉を本拠地とした「房総連合」だ。他の地域は主戦場を地域商店街としたが、さすが首都圏を根城にしているだけあって、窃盗対象は様々だ。湾岸地域の大手企業にも侵入を繰り返し、特に得意としていたのはTV局への侵入だ。それはヘッドを務める「ふなっしー」が各局への侵入に非常に長けていたからと言われている。一説には表の仕事をしている間に、ひそかに各局への侵入経路を詳細に記録してキグルミに隠していたと言われている。
また局内部の協力者も噂されており、特にTBSのラッピーは見た目に反して性格の悪さが周知の事実で、TBSは性悪ウサギの手引きで、何度も被害に合ったと噂されている。
そして、「房総連合」のエリアにはTDLがある。ディズニーと言えばキグルミの聖地だ。「房総連合」としてもTDLのキグルミ連は配下に入れたかったはずだ。しかしキグルミ界のヒエラルキーの頂点に立つ黒ネズミの威力には勝てなかったようだ。そもそもTDLのキグルミグループにはインバウンドの大きな恩恵があり日本の少子化は関係ない。
それとヒエラルキーの頂点である黒ネズミに比べて、千葉の下町の公認も貰えていない、何故ナシなのかも不明な成り上がりキグルミから見たら恐れ多かったのだろう。TDLを配下に納められなかったことからか、本来は北関東を圧倒するべきであった「房総連」は、北関東との差別化を図ることが出来ず、激しい抗争を繰り広げた。
「北関東連合」が週末になると首都圏へ波状攻撃をかける。機動力があるので東京都下の様々な地域が戦場となった。特に戸越銀座での決戦では双方の消耗が激しく、抗争で傷んだキグルミの替えを持たないメンバーの中身から脱落者が頻出し、双方構成員が大きく減少、のちの連合合併を実現する引き金となった。
疲弊した「北関東連合」と「房総連合」が手打ちをするのは自然の流れであった。合併した連合は「関八州連合」となった。幹部の話し合いの末、ヘッドは人望の暑い「ぐんまちゃん」となった、戦略知略にたけた「ふなっしー」はやはり未公認であることの引け目を払拭できず。また、秘密であるはずの中身が「はげの小さいおっさん」だということが、居酒屋での目撃談とともに喧伝され、連合の看板とはなれなかった。ただし、その役割があっていたようで、影のヘッドとして組織を引っ張っていくことになる。
この合併は、全国の窃盗団の勢力図を大きく塗り替えた。関東以北の窃盗団は軒並み「関八州連合」の軍門に下ることとなった。東北合従の際には、宮城の「ホヤぼーや」や福島の「キビタン」が最後まで抵抗したが、そもそも酒のつまみと黄色い小鳥なので戦闘能力が無く、軍門に下るのに時を必要としなかった。
「北海道連合」には曲者が多くいた。北の猛獣と言われた夕張の「メロン熊」を筆頭に、実物は見たことが無いエゾナキウサギの「キュンちゃん」、こいつはウサギと言いながら角のついた鹿の被り物をしている製作者の精神を疑うようなフォルムだ。そしてなんといっても北海道テレビの「Onちゃん」がいる。ただし「Onちゃん」の中身は本物の売れっ子アクターになってしまったことと、HTBはグッズや専用サイトまで作成し、25周年を迎えるまでなったことで窃盗団への参入を阻むことになっている。ただこいつのモチーフは宇宙人なので、計り知れない潜在能力があり、見逃せない逸材だ。
いずれにせよ、北海道では札幌以外は農産物の窃盗しかなく、「関八州連合」へ参入することを良しとしない多くのキグルミは、小作農として北の大地に帰っていった。このころから反社会勢力を辞めてカタギになることを「キグルミを脱ぐ」と言われるようになった。
対抗勢力
関東以北を制圧した関八州連合は南進を始めた。その頃、西日本では最大の敵対勢力が産声をあげていた。
西側のキグルミの雄といえば言わずと知れた熊本の「くまモン」だ。実は九州には自然の熊は存在しない。最近はアーバンベアの出没が社会問題となり、熊を恐怖の対象として感じる人たちが増加しているが、そもそも九州の人たちは熊が身近じゃなく怖さを感じない。しかも「くまモン」の顔は日本のケモノ界の頂点に立つとは思えない、表情の乏しいとぼけた顔で、にらめっこをしたらおそらく敵なしだろう。ただ存在感は抜群で、何をしたわけではないのだが全国人気ランキングでは常に1位で、見ようによっては西郷隆盛を彷彿とさせる大物感が類を見ない。そういうわけで九州を中心とした「西日本連合」が東へ勢力を拡大していった。
キグルミのポテンシャルが高い近畿圏では、群雄割拠の時代を迎え、くせが強めの独特の連合が熾烈な覇権争いを演じていた。まず琵琶湖の端で「ひこにゃん」が旗を揚げた。「ひこにゃん」はそもそも武将なので武闘派である。あっという間に滋賀をまとめ上げ京に攻め入った。京都は言わずと知れた貴族の都で「まゆまろ」というゆるキャラがいる。繭玉に目玉がついた簡素なデザインで人気はない。多分惰性で作ったのでやる気のなさがにじみ出ている。貴族が武将に勝てる筈もなく、「ひこにゃん」率いる「湖北連合」は、都に攻めいった勢いのままもう一つの古都、奈良へと進んだ。
奈良には伏兵がいた。「せんとくん」である。「せんとくん」は人間でも動物でもなく、仏さまである。それもかなり筋肉隆々で色も黒く立ち姿が凛々しい、パンプアップされた肉体は、その辺のボディビルコンテストに出場したら入賞間違いない。その上、つぶらな瞳の頭には鹿の角が生えている。奈良は観光地ではあるが、ホテルとか繁華街が貧相で、観光客もお金を落とさない。その為、奈良連合は「せんとくん」以外に大きな戦力になるキグルミが乏しく、京都を攻め落とした「湖北連合」には歯が立たないと思われていた。
しかし、「せんとくん」はほとけ様なのに武闘能力は抜きんでていた。
ヘッド同士のタイマンで対峙するやいなや「ひこにゃん」のカブトを角で引きはがすと、ただのネコになった「ひこにゃん」をたちまち追い詰めた。そこで勝負ありとなり、「湖北連合」はそのまま「せんとくん」の支配する「古都連合」となった。
大阪には、レベルの違う妖怪キグルミがいた。数年前に開催された大阪万博のキャラ「みゃくみゃく」である。ゆるキャラなのに全く子供に媚びていない。近寄られると小さい子どもだと泣いてしまう。大人が見ても気持ち悪さが際立つビジュアルだ。一説には当時の大阪知事の吉村氏が都構想が失敗した腹いせに、黒魔術で冥界から呼び出してしまったという噂だ。ただ、「みゃくみゃく」は窃盗団には加わらなかった。「せんとくん」が水面下でかなり接触を図ったのだが、中身の人格も破綻していたようで、取り込みは失敗に終わったようだ。近畿の抗争を語るうえで、外せないキグルミがもう一匹いる。いくら来園者が減っても閉園にならない、ひらパーの妖精「ノームくん」だ。大阪北部の少年少女は、幼少期に必ずひらパーに連れていかれる。そして幼い記憶に「ノーム」くんの姿を焼き付けられ、全国的には全く知られていないにかかわらず、キグルミと言えば「ノームくん」を思い浮かべるようになる。一種の洗脳だ。「せんとくん」は「みゃくみゃく」同様「ノームくん」の神経戦略兵器としての実力を見抜いていたが、いかんせんひらパーの園長は殺し屋である。反社とはいえ本物には勝てない。「古都連合」のリクルート失敗も含め、近畿の混乱は「西日本連合」の東征を助けることとなった。
東征
「西日本連合」も曲者を取り込むことで九州の平定を果たした。
大野城市の「大野ジョー」はほぼ人である。顔はピカソが描いた絵のように均衡が崩れていてどちらが正面かわからない。おまけにリーゼントが石垣になっている。人気はあるようで「愛ジョー、友ジョー、大野ジョー」という村上ショージのギャグの様な決め言葉まで用意されているが、戦闘能力はほぼ無い。芸人に似ていると言えば久留米の「くるっぱ」だ。肥満体のカッパなのだが、どう見てもブラマヨの小杉にしか見えない。こいつも人気はあるのだが、なぜ久留米でかっぱ?という謎は残ったままだ。
関門海峡を渡った「西日本連合」は古代の覇者と同様に、瀬戸内に面した連合を次々と制圧していった。瀬戸内には先を行きすぎていて理解が追い付かない奴が二匹いた。一匹目は呉市のゆるキャラ「呉氏」だこいつはなんと漢字だ。「くれし」ではなく「ごし」と誤読する人が多いので、正しい読み方を覚えてもらうために創ったらしい。ただ「呉」という漢字がそのままの状態でキャラクターになっていて、読み仮名がついているわけでは無いので読み間違いはそのままの様な気がする。申し訳のように右上に小さな目玉がついている。ちょっと気持ち悪い。そして極めつけが香川の「うどん脳」だ名前の通り、うどんがキャラクターになっているのだが、麺そのものが脳みそらしい、出現している姿を見るといつもうどんをすすっている。これは、自分の脳をすすっているのか?すすった麺が脳になっているのか?落書きの様な鼻と目がかえってホラーを感じてしまう。
瀬戸内を平定すると、日本海寒帯気団に吹きさらされ、保守政党の凋落とともに人口が激減する日本海側の連合や、南海トラフの恐怖から海岸線の街の人口減少が止まらない四国の太平洋側の連合は、あえなく「西日本連合」の配下となった。
「古都連合」は尼崎から神戸方面へとキグルミか人かわからないオバちゃん連中が跋扈する領域を西へ進み、ついに「西日本連合」と対峙した。すわ大戦かと思われたが、すんなりと「古都連合」は「西日本連合」の配下となった。武闘派の「せんとくん」は同時に戦略家でもあり、「西日本連合」と対峙するにあたり調略を尽くした。「古都連合」には高槻の「はにたん」と堺の「埴輪部長」というまさかのはにわ重なりキャラが存在し、無表情キャラとしてスパイに送り込んだのだが、「くまもん」の謎の表情には勝てず、戦略を読めない不安から軍門に下ることとなった。
かくして強大な組織となった「西日本連合」は日本全土の制覇も夢ではなくなった。時期を同じくして東を制覇した「関八州連合」が最大の敵となると想定されたが、その前に、中部・北陸・東海地区最大の派閥が行く手を阻んでいる。浜松市のゆるキャラ「出世大名家康くん」ひきいる「東海連合」である。言わずと知れた江戸幕府を開いた初代将軍である。実は浜松市のゆるキャラはかつて「ウナギイヌ」であった。日本が誇る漫画家のキャラクターとは言え、魚類か哺乳類かわからない気持ち悪い生き物が市のシンボルになっていたことには相当反発があった様で、20年ほど前に契約満了を迎えるとさっさと偉人キャラへ路線変更した。ただし唯一の名産を外すことができすちょんまげがウナギとなっている。
開戦前夜
「西日本連合」の配下となった「せんとくん」は東の調略にも抜かりはなかった。家康のかつての配下であった彦根藩「ひこにゃん」を使い、家康へ同盟を打診した。
「家康くん」はすでに、福井の「朝倉ゆめまる」や石川の「百万さん」を配下に治めていた。「朝倉ゆめまる」は朝倉家の妖精とあるが、一乗谷で浅井長政とともに信長に滅ぼされた朝倉家である。ということは妖精というよりは、武士の亡霊である。そして、「百万さん」に至ってはだるまである。加賀友禅の派手な生地ではあるが、だるまなので手足が無い、と思ったらキグルミ状態のときはかろうじてタイツを履いた足が出ている。時代感が同じという事を頼りに、「ひこにゃん」は「朝倉ゆめまる」「百万さん」経由で「東海連合」との同盟を打診した。
同盟とその裏切りに関しては「家康くん」の上に出る者はいない。あっさりと「西日本連合」と同盟を結ぶこととなった。「西日本連合」と同盟を組んだ「東海連合」は「関八州連合」と対峙することになった。
関東以北を平定した「関八州連合」は内陸部で残っていた抵抗勢力を取り込んでいった。「ふっかちゃん」は深谷ネギである、戦力としては期待できないが、冬の鍋にはかかせない。内陸部には冬つながりのゆるキャラが多い。典型例が上越市の「レルヒさん」だ。なんと外人のスキーヤーだ「日本初のスキー漢」という触れ込みだが、その姿は夜中に動き出すおもちゃの兵隊のようで、悪夢になること間違いない。そして都内にはを首を傾げるゆるキャラが居た。千代田区の「ちぃたん☆」だ。「ちぃたん☆」はコツメカワウソの赤ちゃんという設定で、高知県須崎市の観光大使に任命されていたが、もとは激しいパフォーマンスが売りのyoutuberで、その激しさゆえに観光大使にふさわしくないと任命を解かれた経緯がある。ということで「関八州連合」の重要な戦力となった。
強大な「関八州連合」と東海連合の衝突は避けられないと思えたが、ここでまた「家康くん」が仰天行動に出た。「関八州連合」の軍門に下ったのだ。なぜ戦わずに軍門に下ったかは不明だが、もと将軍の血が江戸からの権勢に抗えなかったのかもしれない。そうすると当然「西日本連合」との同盟は破棄となる。「ひこにゃん」はかつての戦場関ケ原で天下分け目の戦いの前線に立つことになった。
裏切りと決戦
日本の歴史上、東西に分かれた戦いになるのは常のようだ。
窃盗団の誰もが古の合戦場で敵とまみえることを想像し、にわかに歴史の勉強をしながら、どこに陣を張るのが良いか、どの谷で敵を追い詰められるのかのシミュレーションに抜かりはなかった。ところがここへきて、戦国武将ゲームもびっくりの出来事がおこる。
「西日本連合」の最前線で敵と対峙していた「ひこにゃん」が寝返ったのだ。武将と言えどしょせんネコである。犬と違い、主人への忠誠心は全くない。「家康くん」の得意技でもある付け届け攻撃で、チャオチュールの「マグロ」味にでも釣られたのだろう。チャオチュールに逆らえるネコは見たことが無い。「ひこにゃん」が寝返ったことで、戦線は一気に南下した。「ひこにゃん」の軍門に下っていた「まゆまろ」は「ひこにゃん」に続きあっさりと「関八州連合」配下となり、「関ケ原の戦い」から「大阪の陣」へ移ったように、決戦の場は大阪の地となった。
新幹線「こだま」の各駅で、「関八州連合」の軍門に下ったキグルミが乗り込み、終点新大阪につく頃には、100匹以上のキグルミ軍団となった。
「ひこにゃん」に裏切られた西日本連合は、「関八州連合」の南下に気づいていなかった。「西日本連合」は、日本で一番長い商店街である天神橋筋商店街を本拠地としていた。 商店街は南の一丁目から北の六丁目まで実に2,6KMの長さがある。その途中には、天神祭りで有名な大阪天満宮や、JR環状線の天満駅の近辺には、戦後の闇市から続くアル中のおっさんの聖地「てんま」がある。「てんま」は、昭和の飲み屋街の雰囲気がそのままで、合法なのかどうか怪しい建物が積み重なり、細い路地が迷路のように張り巡らされ、大火事が起こらない限り再開発が不可能な、治外法権のエリアになっていた。
こういった混沌とした飲み屋街は、もう一か所「つるはし」があったが、コリアンタウンの観光地化とインバウンドの流入により、再開発が進み他の繁華街と同様になってしまった。「てんま」はかつての香港の「九龍城」と化していた。「西日本連合」はこの「てんま」を根城とした。
「関八州連合」は新大阪から地下鉄を乗り換え、「天神橋筋六丁目駅」で地下鉄を降り地上に出た。約百匹の薄汚れたキグルミが集団で地下鉄を乗り降りしたのだが、終電まじかとは言え一般の人もいる。しかし「正常性バイアス」とは恐ろしいもので、キグルミの集団が目に入ると脳が勝手に「見なかったこと」にするようで、誰も騒がない。たまに酔っ払いが驚いて何か叫んでいるが、大阪の酔っ払いにはよくあることなので無視される。こうして、「関八州連合」は天神橋筋商店街の北の端に立つことになった。
このころようやく「西日本連合」は「関八州連合」の商店街への侵入に気づいた。商店街を北から進んでくる「関八州連合」を迎え撃つ形になる。終電も過ぎ、昼間の賑わっていたアーケードは人気がない。インバウンドもあり、このアーケードはシャッター商店街にはなっていないが、途中の飲み屋街や24時間営業の「スーパー玉手」のギラギラのネオン以外は静まり返っている。「関八州連合」は、横や後ろからの攻撃にも対応できるよう、3列ほどの行列となって南下を始めた。その姿はまるで長大な今は無きチンドン屋の行列の様にも見える。ただし、楽器を鳴らすこともなく無音だ。しばらくは敵対するキグルミの姿は出現せず南下を進めた。
アーケードの戦い
ところで、これだけの派手な抗争を繰り広げている窃盗団を、世界に誇る日本の官憲は何故ほったらかしにしているのか。実はそれには複雑な事情があった。窃盗団とは言え、窃盗の対象としているのは、インバウンドや富裕層向けの貴金属店や、スマホ関連のショップ、サブスクリプション系のゲーム企業とか、どちらかというと、時代のはざまで理不尽な稼ぎ方をしているところだ。キグルミ団の連中はそんなに高尚なことは考えていない。正義の味方でもない。ただ儲かっているところを絞り込むと必然的にそういう対象になるのだが、そういった企業を窃盗団が襲うシュールな動画が拡散されたことや、夏の風物になった24時間テレビで、構成員がキグルミのまま一升瓶に入った小銭を寄付する姿が話題になったりしたことで、擁護する連中が増えてしまったことが影響したようだ。いずれにせよどこかで監視しているのかもしれないが、アーケードには邪魔をする官憲の姿は無い。
人気のない深夜のアーケード街は、不気味な雰囲気を醸し出す。店舗の照明が消え、白茶けた灯りに照らされたアーケードは何か大きなトンネルの中に迷い込んだような錯覚を覚える。アーケードにつながる細い路地は明かりもなく、異世界につながる暗闇への開いた口となっている。その口を警戒しながら、キグルミ集団は進む。「てんま」界隈にさしかかる5丁目の寿司「春駒」のシャッターが下りた店先を過ぎた時だった。細い路地の入口に大きな顔が浮かんでいた。「ムンクの叫び」の様な1mはある大きさの細長い灰色の顔だ、長崎の「人面石くん」である。
「うぎゃあー」隊列の先頭付近を歩いていた茨城の「ねばーる」くんが驚いて身体が3mぐらい上に伸びた。ぱっと見の奇抜さでは、どっこいだと思うのだが、ちなみにこいつは背が高くなっても中身は伸びないので見える景色は変わらない。暗闇の「人面石くん」はしばらく浮かんでいたが、細い路地の暗闇に吸い込まれる用に消えた。敵のキグルミだと気づいた機敏な「ふなっしー」がすかさず、その後を追いかける。リーダー格が突入していったので、「関八州連合」は隊列を崩し「ふなっしー」の後を次々と路地に飛び込んでいった。
迎え撃つ「西日本連合」の戦略であった。キグルミの数では約半分しかいない「西日本連合」は不利だ。細い路地に誘い込むことによって、隊列を崩し1対1の戦いに持ち込む作戦だ。かくして要塞と化している「てんま」の路地のあちこちで、東西キグルミの乱闘が始まった。
必然的に戦闘能力の低いキグルミから脱落していった。異種生物格闘技となるので当然食物連鎖の底辺に近いキグルミから中身が逃走し、死んだキグルミとなる。まずは千葉の「きみぴょん」や「ふっかちゃん」、「ホヤぼーや」なんかは、つつじにネギ、ホヤと植物なのでひとたまりもなかった。※ちなみにホヤは動物らしい。次に福島の「キビタン」大阪の「モズやん」青森の「たかまるくん」なんかは鳥なのだが、キグルミは飛べるわけもなく羽か手かわからないところをむしり取られて戦力を失った。やたら多かったのが犬猫キャラだが、どうも特徴が無い地域が苦し紛れに選んだキャラだからか責任感が無く、敵前逃亡を図るやつが続出した。
結局、戦いに最後まで残ったのは、熊と馬と人間、それと妖精か妖怪か判別がむずかしいやつらだ。「てんま」の入り組んだ路地の奥に陣取っているのは「西日本連合」のリーダだ。暗闇の「くまモン」は色が黒なので白い眼と鼻と赤い頬っぺたが浮かび上がっている、相変わらず表情からは何を考えているのかわからない。「くまモン」の横には腕を組んだ「せんとくん」が戦況を見守っている。二匹の前で「呉氏」と「大野ジョー」、「メロン熊」と「レルヒさん」の4匹が対峙していた。その後ろには、「ぐんまちゃん」と「ふなっしー」も大将戦に備えている。対峙した4匹では圧倒的に「メロン熊」と「レルヒさん」が優位と思われたが、意味の分からない奴ほど怖いものは無い。おそらく意味の分からない二匹のどちらかがスタンガンを隠し持っていたようで、「ビリビリ」という音とともに閃光がはしった。その瞬間4匹ともが同時に身体が硬直して倒れこんだ。どうもネットで買った粗悪品で漏電したうえに、汗だらけで湿ったキグルミにあっという間に通電したようだ。倒れこむ瞬間「呉氏」の後ろ頭が見えた。読みがわからないと思っていたが、後ろ頭に「クレ」と読みが書いてあった。
とうとうあと4匹となった。「てんま」の細い路地はキグルミの残骸で死屍累々である。ただ、中身はみんな逃げてしまっているので、汚れて破れたキグルミがただ打ち捨てられているというだけだ。4匹になったキグルミ幹部は立ち尽くしていた。ほぼ全滅なので、もう覇権争いの意味はない。
突然「ふなっしー」が口を開いた。「せんとの旦那、これでよかったのかい?」、すると目をつぶって腕組みしていた「せんとくん」が、「ああ、長い間ご苦労だったな、フナ」敵対していた2匹が、親しげに話をしだした。「な、なんだべー」群馬弁丸出しで「ぐんまちゃん」が驚いて二匹を見た。「おい馬!お前には悪いが責任取って、ブタ箱に入ってもらう。もう遊びは終わりだ」隠れていた警官が、どこからか湧いて出て、「ぐんまちゃん」に縄をかけた。前時代的だが、手錠が入らないのでしょうがない。
実は「せんとくん」はキグルミ窃盗団の壊滅のために潜入していた公安の捜査官だった。「ふなっしー」も「せんと捜査官」子飼いの「情報屋」で今回の作戦では右腕となって「関八州連合」に潜入していた。「くまモン」は相変わらずの表情で立ったままだったが、「せんと捜査官」がいきなり、「くまモン」の頭をつかみ、引きはがした。すると出てきた中身は、ヒトではなく、カメラやセンサーが付いたロボットの頭だった。ロボットと言っても最新のAIが搭載されたようなものではなく、歩行するのがやっとのローテクマシンだ。表情どころか、しゃべることもできない。「くまモン」のけた外れの無表情さが納得できた。「ようやくこいつのお守りも終わりだ」。どこで中身が入れ替わったかわからないが、「せんと捜査官」に操られていたようだ。
かくして「キグルミ窃盗団壊滅作戦」は幕を下ろした。
2022年2月時点で、全国の自治体で運用されている「ゆるキャラ」の数は、47都道府県と815市区町村で合計1553体になる。これは10年前の714体から倍増している。
誰が始めたかわからないが、自治体の「ゆるキャラ」は、少子高齢化に歯止めがかからない地方の活性化手段であるが、正直万策尽きた地方の断末魔に見える。アニメ大国の日本で「ゆるキャラ」がいろんな手段に使われるのは理にかなっている。またアニメの中のキャラが現実世界に出現する「キグルミ」は子供たちにとって夢の世界の実現だ。そして隣と同じものは安心するという、日本人の「同調性バイアス」がこの増加を後押ししたのかもしれない。しかし、「右へ倣え」でどこもかしこも「ゆるキャラ」「キグルミ」という思考停止状態になるのは、気持ち悪ささえ感じる。これが歴史になって振り返ったときにどういうふうに語られるのだろうか?ただこれは地方行政が悪いわけでは無い。少子高齢化に「万策尽きている」のだ。政府や国、東京に住んでいる人たちの無策がこの状態を招いた。今年、「ゆるキャラ」みたいな「緑のタヌキ」知事が再選したが、唯一東京の「ゆるキャラ」が少ないのは、「ゆるキャラ」に頼る必要がないからだ。ただ、東京は他県から人口が流入しているだけで、少子高齢化に歯止めをかかっているわけでは無い。
この話の近未来では急激な衰退をたどり、「キグルミ」はついに終焉を迎えることとなる。
しかし、「ゆるキャラ」の流行が終焉するのか、さらに「ゆるキャラ」の拡大が続くのか私にはわからない。ただ人口が減り、子供の姿が減っていく中、「ゆるキャラ」や「キグルミ」が増えていく世界は見たくないと思う。
おわり