見出し画像

望遠鏡

 生駒山は大阪市(難波の宮)の丑寅の方角(北東)で鬼門となる。
また、奈良市(平城京)から見ると裏鬼門(南西)に連なる山脈だ。なので、山腹には昔から宗教施設が多く立つ。

 そんな山頂には、古くからケーブルカーや自動車道が通っていて、テレビ塔を囲むように山上に有名な遊園地がある。地元では誰もが訪れたことがある行楽地だ。
 その日は秋晴れの日だった。子供がようやく遊具に乗れるようになったので、遊園地デビューをしようと思い家族連れで山上遊園地に来た。ここは遊園地デビューにぴったりだ。最近のテーマパークにあるような乗り物は一切無い。

 戦時中に軍用に徴収された日本一古い飛行塔があり、絶叫レスのコースターや、昔懐かし回遊系の乗り物が所せましと並んでいる。どの遊具も狭い山頂に貼りつくように設置されているので、眺望だけはすこぶる良い。
 入園者は幼い子供を連れた家族か、眺望目当てのカップルがほとんどだ。私も遊園地デビューはじめ、何度となく訪れ、おそらく二桁は来ている。 その日は一通り遊具で遊んだので、休憩場所の大阪市内が一望に見えるエリアに来た。ベンチが幾つかん並んでいる。その一つに家族で座った。
 隣りにあるベンチには作務衣を着た一人の老人が座っていた、長い白髪と白いひげが表情を見えなくしている。前を向いて杖をついている。
 遊園地のすぐ下にはいくつか宗教施設がある。神道や仏教、ヨガ道場や韓国系の修行場等々、百花繚乱状態だ。歩ける距離にあるのでそのどこかから来ているのかもしれない。

 

ベンチの前にはコイン式の望遠鏡が並んでいた。大阪湾が一望に見え、関西空港から淡路島、神戸市街、明石海峡まで見渡せるので眺望は抜群だ。 久しぶりに覗いてみることにした。ベンチから立ち上がって目の前の望遠鏡に近づこうとした時、隣のベンチの老人が声を掛けてきた。
「にいさん、こっちの望遠鏡をのぞいてみんかの?」杖で一番端の望遠鏡を指している。
「は?」何を言っているかがわからなかった。改めて望遠鏡を眺めると、端の1台だけが少し違う事に気が付いた。ほかの望遠鏡は丸みを帯びたグレーの鉄製で、よく見るタイプなのだが、一番端の一台は赤銅色に近い古色で双眼鏡の形がそのままになっている。少し古くて機能も落ちる様な気がする。 断ろうかと思ったが、コイン投入口に書いてある投入額が端だけ違う。
100円なのが10円になっている。古いタイプの昔の金額のままなのかもしれない。安いんだったらいいかと思いながら、端の望遠鏡をのぞくことにした。
 10円を投入して、望遠鏡を覗いた、大阪の街は夕暮れに染まろうとしている。少しセピア色の視界が広がり、大阪平野を貫く河川が夕日に白く輝いている。
 


とりあえず大阪城を探したがなかなか見つからない。こんなに緑が多かったかなと思いながら、ようやく大阪城を見つけた。大阪城の周りは堀が囲み、広大な緑の公園になっている。公園の周りはビジネス街で東京ほどではないが高層ビルが立ち並ぶ。と思いながらビル群を探したが見つからない。ビル群を挟んで流れる運河は見つけたが本来のビル群のところは緑の森に見える。
 望遠鏡から目を外して直接その方向を見た。小さい点にしか見えないがビル群が輝いているように見える。もう一度望遠鏡を覗いた。大阪城以外にも建物のようなものは見えるが背の高いビルが見当たらない。どうなっているのかと目を凝らした時、コインが落ちて時間切れとなった。
 望遠鏡から目を外し、思わず老人の方を見た。私のその姿を見て老人が「見えたか?」と尋ねた。財布から10円を出してもう一回入れ、望遠鏡を覗く。
 大阪城以外の知っているところを探そうと望遠鏡を動かす。遠くに淡路島が見えた、白く輝く大阪湾が見える。
 夕方という事もあり建物は外観がわかる程度で何の建物かの判別がはつかない。
 望遠鏡を動かしてあちこち見てみるが森や林が多く見える。こんなにたくさんの緑は無かった気がする。
 覗きながらどういうことかと考えた。もしかしたら望遠鏡ではなくて何か別のバーチャル映像を見せられているのか?考えていると、コインが落ちて切れた。
 

 望遠鏡から目を離し老人に向き直った。「どういうことですか?」老人は相変わらず表情が見えない。ある一つの考えが浮かんだ。
「もしかしたらこれは昔の大阪湾の映像ですか?」極端に建物が少ないことと、大阪城は見えるので、江戸時代以降の大阪湾の情景の画像をバーチャル映像にしているのではないか?老人が口を開いた。
「念がこもっているからの。」どういうことだ?じっくり見ようともう一度コインを投入してドキドキしながら望遠鏡を覗く。
 緑の中にところどころ建物の外観のようなものが見える。江戸時代の大阪だと大阪城レベルの大きな建物は他に無いだろうと思い見ていたが、少し南に視線を動かしたとき、何か四角い建物のようなものが見えた。
 


しばらく眺めて「あっ!」と声が出た。ひときわ高い建物の上が崩れている。この建物は見覚えがある、「あべのハルカス」だ。上層階が崩れているが位置的にも間違いない。
 西に視線を動かすと海に浮かぶ円形の廃墟が見えた。これはもしかしたらいま建築中の大阪万博のモニュメントか?さらにその海の向こうに崩れた明石海峡大橋の橋脚が見えた。さっきはわからなかった中心街をもう一度見てみると、緑の森のすきまから廃墟になったビルの切れ端が見える。
 昔の大阪湾だと思っていたが、大間違いだった。望遠鏡から目を離し老人を見た。
「100年じゃ」老人が呟いた、100年後ということか?望遠鏡から目を離し呆然と目の前の大阪湾を直接眺めた。
 100年でそんなに変わるのか?人口減はわかる。ただあの建物の崩れ方は半端ではない。可能性があるのは、南海トラフ地震と大津波襲来で崩壊したのか?もしかしたら想像したくないが砲撃を受けたのか?核ではないのか?いずれにせよこれが未来だとすると、とんでもないことが起こるという事だ。
 もう一度覗こうとしたらもうコインが入らなかった。覗いても見えない。夕暮れが暗闇に変わる中、隣りのベンチを見ると老人の姿は消えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?