私たちの暮らしが変わること-宮沢賢治『農民芸術論』の眼差しから
前回のパーマカルチャーってなんだの続きで、今回は、私たちの暮らしが変わることについて、書きたいと思います。
基本的に、私たちの暮らしは忙しいというのは、皆さん共感されるところだと思いますが、特にその中で「感じること」ができる隙間が少なくなっているかなと思います。暮らしの中のことが、理性に重んじて物事が動いていて、SNSで拡散される情報も正否、賞罰、損得のいわば理性に寄ったものが多いかなと思います。
大きなことが起きた時に、日々の事に押し流されず、目の前のことをいったん受け止めて、自分の感情と結び付けて感じることは、忙しいとできないように思います。世界でいろいろなことが起きて、また日本でも災害やコロナが起きてということも、その渦中にいなければ、仕事が増える、コストが上がる、より時間が無くなってしまうという形で、理性的に消化されることが多いように思います。今の価値観の枠組みの中では、大きな出来事が、多くの人にとって代わるきっかけにならないのは、理解可能なことでしょう。
ミヒャエル・エンデの『モモ』の時間泥棒が、わりと取り上げられますが、それよりも、今の私たちの状況は、賢治が言うように、「ただ、われらには労働が、生存があるばかりである」というような状況に近いように感じられます。『農民芸術論』農民芸術の興隆の一節からです。以下に引用します。
「かつてわれらの師父たちは、貧しいながらに可成楽しく生きていた。そこには芸術も宗教もあった。いまわれらには、ただ労働が、生存があるばかりである。宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷たく暗い。芸術はいまわれらを離れしかもわびしく堕落した(中略)いまやわれらは新たに正しき道を行き、われらの美をば創らねばならぬ。芸術をもってあの灰色の労働を燃やせ。ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある。都人よ来ってわれらに交われ。世界よ他意なきわれらを容れよ」
農民というのは、中心か周辺かでいうと、周辺に暮らす人たちであり、地球温暖化でさえ不平等に、貧しい国、その中でも貧しい人から影響がでてくるので、そういった周辺にいる場所にこそ、自分たちの芸術が必要であるのだというものです。また最後には、都人を来たれと呼びかけ、この中心/周辺構造は溶けてゆきます。自分たちの価値を作りながら「不断の潔く楽しい創造がある」ということで、自分たちの手で暮らしを作ってゆくことが、労働ではなく芸術であるのだという、いわば価値観の転換です。
芸術ということばが出てきますが、感覚的なものは、真善美にどうしても結びついていて「みんなは何が正解だと思うか?」ではなく「私は何を信じて、何が美しく、また本当だと思うか」という問いになってきます。この問いは、おそらく「みんなは何が正解だと思うか」をいうよりも、自分の感覚に照らして考える時間のコストがかかりますし、それを主張するリスクもあります。端的にいって、そうでない生き方が開かれている以上、めんどうなことであると思います。それを、芸術は興隆しなければならない、灰色の労働ではなく、これは芸術なのだといってしまう感覚はすごくポジティブな宣言であるように思えるのです。
ここで改めて変わることについて、考えてみると、理性的に正しいから、得ができるから、逆にそうしないやつが間違っている、そんなことをすると損するよという言説が、一時はひとを動揺させて動かす力をもつかもしれませんが、真に人を変える力を持たないのは、理性の枠組みの中で人を動かそうとしているからにあると思います。こういう中で起点としての問は、やはり「私は何を信じて、何が美しく、また本当だと思うか」という問いになってくるのではないかと思います。
理性よりも、軽んじられる感覚ですが、変わり続けることが求められるVUCAのこの時代、より重要になってくるのは、複雑な状況の中でも善と美模索し続けられる感覚であり、理性に把握できない目に見えないもの、言葉にできないものに輪郭を与え、歩み続ける力となる信仰でもあるのかもしれません。