45.気を引きたいんだよ、きっと。/渡会さんは毒を吐きたい
本作について
・不定期です。気が向いたら書きます。書かないかもしれません。反響があると書きます。
・18時に公開されると思います。気分次第。
・1年間1度も連載しない週刊漫画家を待つような仏の心でお待ちください。
本文
渡会(わたらい)さんは基本的に自己中心的だ。いわゆる「世界は私を中心に回っている」っていうやつで、人の話なんか普通に聞いていないことがあるし、教師の言うことも平然と無視するし、なんならわざと逆らって、神経を逆なでしに行くことすらあるみたい。
だけど、何故か私──六角(ろっかく)にはそういうことはあまりしない。
今日だってそうだ。突然文芸部の部室に現れたと思ったら、少しだけ話をしたうえで、鞄から文庫本を取り出して読みだした。最初は私に用事があるのかなと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
それでも、気になるものは気になる。
だから、
「ねえ、渡会さん」
渡会さんは文庫本に視線を落としたまま、
「なにかしら?」
「今日は、なにか用事があったんじゃないの?」
沈黙。
一度、二度、ページがめくられる音がする。
やがて渡会さんはぱたりと本を閉じて、
「そうね……強いて言えば、纏(まとい)が元気にしているかを見に来たってところかしら」
とだけ答えた。その視線は相変わらず文庫本の方に向けられている。
私は気になって更に掘り下げる。
「元気にしてるか見に来たって、なんだか不思議だね。渡会さんってそういうことしないのかなって思ってたから」
そう。
彼女は基本的にそういう面倒なことはしない。
と、いうよりも、他人と関わるありとあらゆることをうっとおしく感じている節すらある。
親しくない誰かと会話する、とか。特に用事もないのに誰かに会いに行く、とか。そういうこととは対極にいるような気がしているし、実際今もそうなんだと思う。
そんな彼女が、わざわざ文芸部の部室に顔を出した。
部員でもないのに。
しかも、やることなんて文庫本を読むだけで、さっさと家に帰ってしまった方がよっぽど快適なはずなのに。
それでも彼女はここを選んだのだ。
渡会さんは文庫本を鞄にしまいながら、
「そんなことないわよ。私が嫌いなのは知性も無ければ品性もない猿だけで、纏みたいなちゃんとした人間なら、普通に「元気にしてるかな」くらいの理由で顔を見に来るわよ?いけないかしら?」
「いけなくはないよ。むしろ、嬉しいくらい」
そう。
いけなくなんてないんだ。
たまに顔を見せては、ちょっとした会話をして、二人で文芸部室という空間を共有する。この時間は私からしたら凄く充実したひと時になっていると思うのだ。
だけど。
だけどね、渡会さん。
もしかしたら気が付いてないかもしれないけど、昔の貴方ならきっと、そんなことはしなかったと思うよ。
それこそ誰かと会話したり、意思を疎通するなんて、うっとおしくってしかたなかった。だから、部室になんて顔は出さなかったと思うし、もし出してくれたとしても、そのまますぐに帰っちゃったと思うよ。
だって「元気かどうか」を確認するための最低限は「顔を出して、確認して、すぐ帰る」だから。それ以上のことはきっと、しなかったはずだよ。
なんてことを本人に言っても、きっと否定されると思う。だって無意識だと思うから。
渡会さんは鞄を閉めながら、
「ならいいじゃない。これが四月一日くんだったらクソ不味い飲み物でも差し入れで持ってきて、飲ませて反応でも見るけれど、纏にはしないから安心して頂戴」
「あ、あはは……」
それから、もうひとつ。
四月一日(わたぬき)くん。
彼の名前が出てくるようになってから、渡会さんの雰囲気は大分柔らかくなったと思う。これも、きっと本人は気が付いていない。
「……いいなぁ」
「?何か言ったか?」
「ん?ううん。なんでもないよ」
良かった。聞こえなかったみたい。
四月一日くん。彼は間違いなく渡会さんにとって重要な位置にいるとおもう。ちょっかいを出されているのがその証拠。彼女は興味が無い相手にはちょっかいなんて出さない。どころか接触も試みない。
だから、クソ不味いドリンクは嫌だけど、そんな嫌がらせを受けるまだ見ぬ彼が、ちょっとだけうらやましいなって思っちゃう。
「それじゃ、私は帰るぞ。纏も、遅くならないうちに帰るんだぞ?」
「うん。分かってる」
いつもどおり、渡会さんはある程度本を読んだら帰っていく。時間を潰しているだけ、なのかもしれない。けれど、この何でもない時間が、私は結構、好きなんだ。
「気をつけろ。夜道は危ないからな。いつ男が襲ってきてレ○プしてくるか分からんからな」
まあ、もうちょっとだけ発言内容は気を付けて欲しいなって思うけどね。