9.三か月交代制の花嫁。/朱に交われば紅くなる
本編
冠木(かぶらぎ)は目をぱちぱちとさせて、
「え、友達?」
「は、はい」
気持ちは分かる。
もちろん、相談内容としては十分考えられるものだろう。
上手く友達が出来ない。これは学校生活で発生する問題の一つと言っていいし、かなり重要視されているのは間違いないはずである。
従って、内容自体には全く問題はない。
ではどこに問題があるのか。
簡単である。その相談が持ち込まれた時期だ。
当たり前であるが、テストの成績が紅音と同じ基準で測られ、同じ順位表に名前が掲載されるということは、月見里(やまなし)は二年生である。
より正確に言えば二年E組出席番号37番。紅音とクラスは違うものの、立派な高校二年生である。
ちなみに、転校生などではないことも確認済みで、彼女はきちんと、紅音と同じ入学試験を受け、入学式から同じ学校に同じ学年の生徒として通い続けているはずなのだ。
その段階で、彼女は友達が欲しいという。
二年生の四月ももう半ばを過ぎている、この時期に。
直接言うことはしないが、あまりにも遅すぎるのではないだろうか。
もちろん、クラス替えや、途中からの部活変更で、新しい友人が出来るというのはままあることだ。
実際、紅音も席替えごとに、近くの人間とはコンタクトを取ってきているので、連絡先を知っているだけの相手であれば、それなりの数がいるのも事実である。
そういう意味で、新学期というのは新しい友達を作るタイミングとしては適切なのは確かだ。
ただ、それは、あくまで「本人のコミニュケーション能力」によるところが大きい。
自慢ではないが、紅音はこれでもコミュ力はあるほうだ。
面倒なので発揮はされないが、それこそクラス委員で、中心人物でというキャラクターも演じきる自信はある。
そのため、改めて「友達作らないの?」という、人をコミュ障ボッチであるかのような言いがかりをつけられても決して気にはならないわけなのだが、こと月見里の場合はそうは問屋が卸さないのだ。
間違いない。彼女の場合、「隣の席になった同級生に話しかける」という決心を固めるまでに一学期はかかる。
そして、その繰り返しをしているうちに一年が過ぎてしまったに違いない。
想像に難くない。
だが、
「ちょっと聞いていいか?」
「は、はい。なんでも」
「なんでまたこのタイミングなんだ?」
そう。
問題はそこなのだ。
彼女のことだ。学生相談室という存在も知っていたに違いない。行こうと思ったことも一度や二度では済まないはずだ。
そうなってくると疑問なのは「何故、このタイミングに、学生相談室まで行こうという意思を固めたか」である。
彼女の性格を考えるに、何らかの理由があったはずなのだ。引っ込み思案で、後ろ向きに全力疾走をし続ける彼女が、一大決心をするほどの何かが、
そんな紅音の疑問に月見里はやや悩んだうえで、小さな声で、
「……『まちハレ』」
冠木は疑問形で、
「まちはれ?」
紅音はそのままリピートする形で、
「まちハレ」
ピンときた。
ピンと来てしまった。
こんなことがあるんだな、とも思った。
紅音は冠木にも分かるように、
「あの、一応確認しておくと、まちハレって、あれだよな。『間違いだらけのハーレムエンド』のことだよな?」
月見里は突然目を輝かせ、
「そう!それです!」
荒い。
鼻息が荒いよ。
ちなみに『間違いだらけのハーレムエンド(以下まちハレ)』というのは、現在絶賛刊行中のライトノベルのことである。
確か、最近アニメの三期も終わったばっかりで、なかなかに人気のある作品だと記憶している。
主人公はそれまた性根の曲がったというか腐ったような人間なのだが、根はやさしく、ヒロインたちや読者からの評価は良いのだという。
紅音も途中まではアニメを見ていたので内容はなんとなくは覚えている。そして、その記憶を手繰り寄せるうちに気が付いてしまう。
「なあ、月見里」
「はい」
「アニメまちハレ二期って修学旅行で京都に行ったよな?」
「……はい」
この時点で目線は明後日の方向だ。紅音は冠木に、
「先生」
「あん?何?っていうかまちはれ?って何のこと」
「今年の修学旅行って、確か京都ですよね」
「ん?ああ、そうだな。毎年代り映えしないよな、あれ」
ビンゴだ。
こうなってくると流石に冠木にもわかったようで、
「ちょっとまてよ少年。今、お前、そのまちはれ?でも修学旅行は京都に行ったって言わなかったか?」
「はい」
「ってことは、」
紅音と冠木、二人の視線がひとところに集まる。月見里はそんな視線に負けるようにして、
「ごめんなさいごめんなさい動機が不純でごめんなさい!でもあんな風に修学旅行回れたら楽しそうだなって思ったんですごめんなさい!!」
いや、謝ることでもないと思うが……
冠木は後頭部をがりがりっとかいたのち、
「つまり月見里は、そのまちはれ?とやらを見て、友達と修学旅行を回りたいって思っちゃったわけだな?」
無言で頷く。冠木はそんな彼女の肩をがっちりと掴む。「ひゃっ」という声するものの、
「いいじゃないか!」
冠木の声に思いっきりかき消された。
そうだ、忘れていた。
この人は青春万歳で、友達付き合いこそが至高という人間なのだった。
出会ってはいけない二人が邂逅してしまったかもしれない。いや、むしろ良かったのか?
冠木は続ける。
「良いんだよ、月見里。きっかけなんて。どんな形でも、友達は友達だ。そうやって出来たものでも、生涯の友となることだってある。その一歩を踏み出したお前に、私は今、大いに感動しているよ!」
暑苦しいなぁ……
紅音はほんのちょっと距離を取る。
すると、彼女はびしっと紅音を指さして、
「見ろ!ここに一人、そんな青春の良さも分からないやつが一人いるだろう。こうならなかっただけで十分だ。私はお前の味方だ、月見里」
相変わらず失礼だなこの教師は。
人のことを失敗例みたいに言いおって。
ただ、反論をしても、結果的には押し切られるのは目に見えている、熱血と体育会系に、理屈は通用しない。こうなってしまうと、議論自体が無駄なのだ。
しかし、これで問題は解決だ。後は冠木がよきにはからってくれるだろう。紅音はそう考え、
「良かったな月見里。冠木が味方なら大丈夫だ。あと、これ。ありがたく貰ってくよ」
それだけ言って、手元に差し出されていた未開封のよぉ~いお茶を手に取って、立ち上が、
「ちょっと待った」
れなかった。なんなんだもう。この人は人の邪魔をするのが趣味なのか?
「なんです?俺の役目はもう終わったと思うんですけど……あ、それとも月見里にまだ何か聞くことがあるとか?」
しかし月見里は首を横に振り、
「それは無いですよ。これ以上お手を煩わせるわけにはいかないのです」
いかないのです、と来たか。ただ、これは紛れもない本心だろう。少なくとも月見里はもう紅音に用はないのだ。
ところが、
「まあ、座りなって。私に考えがあるから」
冠木には用があるらしかった。その表情は悪戯っぽい笑顔。これはいけない。こういう表情をしている冠木は十中八九よからぬことを企んでいる。
ただ、流石に引き留められているのに振り払うのもよくない。
もしそんなことをしたら月見里が「私が嫌いなのかな」とか余計なマイナス思考を働かせるに違いない。
そうなるのもよくない。紅音は上げかけた腰をどっかりと下ろし、
「んで?どんな考えですか?どうせろくなことじゃないでしょうけど」
そんな言葉を聞いた冠木はなおも余裕の表情を崩さない。おかしい。いつもならここで「ろくなことじゃないって酷いなー」くらいの反応はあってしかるべきなのだ。もしかして本当に、
「簡単だよ。少年。君が、月見里の友達になってあげればいいんじゃないか」
「…………はい?」
とんでもないことだった。いきなり何を言い出すんだこの人は。
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