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47.もうひとつの青春。/朱に交われば紅くなる2

本編

 墓参り、という行為には時として様々な意味が込められる。

 彼岸には先祖がこの世に帰ってくるともいい、その供養のために墓参りをするという風習もある。

 ただ、墓参りはなにも、彼岸だけのものではない。

 今は四月。

 お彼岸を墓参りのシーズンであるとするのであれば、オフシーズン。もしかしたら死者の魂はこの世にいないのかもしれない。

 いや、むしろいない方がいいのかもしれない。

 もし、いるとすれば。

 もし、再び対話が可能だとすれば。

 その可能性は逃げ道を作ってしまうから。

「相変わらずご立派だこと」

 橘(たちばな)がそう呟くのもわけはない。彼が今、お参りをしようとしている墓は、周囲よりも一回りほど大きな敷地を確保した、実に立派なものだからだ。

お墓を確保することにすら苦心する昨今からすれば考え難いレベルの敷地だが、これが旧家、名家の強みと言ったところなのだろうか。

 いつもどおり、掃除は行き届いている。人を雇っているのか、家の人間がやっているのかは分からない。橘がこうやって墓参りをするのはいつもオフシーズンなため、普段どのような管理がされているかを知らないのだ。

「さて、と」

 とはいえ、のんびりはしていられない。

 別に、見られたからどうという話ではない。ただちょっと旧交のあった故人に花を手向けようというだけだ。

 だが、世の中には話の通じない人間というのが一定数いるのが事実だ。「ただお参りしようとしただけです」と言えば、「やっぱり荒らしに来たのか」と答える者がいるのを橘は知っている。

 急ぐことは無い。ただ、のんびりはしていられない。持ってきた花束をばらし、花立に収まるサイズにカッティングする。そして、改めて小さな花束に仕立て上げ、花立にさしていく。水は既に入れ替えた後だ。

「よし、と」

 出来た。

 全ての花立に、花が供えられている。傍から見ればこれで完璧な状態だ。

 ただ、橘からすれば、これは不完全だ。

 橘は鞄からもう一つの花束を取り出す。今までのものと比べて随分と小さなものだ。だが、これこそが重要なのだ。

 花の名前はマーガレット。

 橘が自宅で栽培しているものだ。

 その小さな花束を更に二つに分け、一番端の、小さな墓へとお供えする。

「これでいい」

 あたりに散らばったゴミを拾い、花束をカットするのに使ったハサミをしまい、墓の前に正対する。

 暫くの間じっと墓に刻まれた文字を見つめていた橘だったが、やがて姿勢を正し、深々と礼をする。

 宗派は神道。

 そのお参りは神社と同じく二礼に拍手一礼である。

 橘もその作法に倣い、ゆっくりと、腰ほどまで深々と礼を二回。遠く離れたこの世ではないどこかにも届かせんばかりの二拍手。そして、両手を合わせ、目を瞑り、暫くの間お参りをする。やがて、伝えることは伝えたのか、ゆっくりと目を開け、最後に一礼し、

「俺は進むよ。だからゆっくりと眠っててくれ。な」

 そう語り掛ける。その視線の先には一つの石碑があった。ここの墓に眠る、先祖代々の名前と、その享年が刻まれている。

 それらはほぼ全て80を超えており、概ね天寿を全うしたのだろうということが伝わってくる。

 ただ一つの名前を除いては。

 享年・16歳。

 往生したという言葉とはほど遠い、あまりにも少なすぎる数字。上にはその早くしてこの世を去った人間の名前が刻まれていた。その名前のところに、橘の視線がぴたりと止まる。

「──な、千春」

 冷泉千春(れいせん・ちはる)。

 それが、早逝した者の名前だった。


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