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4.寄道/瑠壱は智を呼ぶ

前回のあらすじ

 「友達が欲しい」という相談を持ち込んだ沙智。冠木は彼女に対して瑠壱と友達になるといいと言い出し、二人をまとめて学生相談室から追い出してしまった。

本文

「…………」

「…………」

 沈黙。

 さて、これからどうしたものか。

 瑠壱(るい)と沙智(さち)は半ば強引に、学生相談室から追い出されてしまった。

 冠木(かぶらぎ)に逆らって中に戻ってもいいが、もしかしたら中に入れてくれないかもしれない。もし仮に入れてくれたとしても、話はしてくれないに違いない。きっと意図的に「瑠壱と沙智が二人で会話すること」を促してくるはずだ。

 そうなってくると学生相談室という瑠壱にとってのホームグラウンドは一気にアウェーと化してしまう。

 球団とファンに砂をかけるようにして出ていった生え抜きスター選手の凱旋登板よろしく、針の筵状態になるのはほぼほぼ間違いない。ブーイングは浴びないだろうが、それに近い状態にはなる可能性がある。

 ただ、そうなると、どこに行くかを決めなくてはならない。

 幸いにして、今日は授業が五時間目までしか無かった上に、瑠壱が学生相談室に来てからもそれほど経っていない為、時間だけはまあまあある。学校帰りの寄り道をするには十分すぎるくらいだろう。問題は、

「えっと……山科(やましな)、でいいかな?」

「ふぇ!?あ、はい。大丈夫です。私は、大丈夫です」

 大丈夫ではなさそうだった。

 まあ、取り合えず聞いては貰えるようだったので、話を続ける、

「山科はその……行きたい場所とかあるか?」

「行きたい場所……ですか?」

 また「飲み込めない」という表情をしている。瑠壱は続ける。

「そう。行きたい場所。俺さ、あんまり放課後にどっかに寄ったりとかしないんだよ。だから、「ここに行きたい!」みたいなところが無くてな。それだったら、山科の行きたい場所に行くのがいいかなって思って」

 正直なところ、瑠壱は割と手詰まりだった。

 もちろん、日々の生活が家と学校の往復になっているわけではないし、瑠壱もまた、いっぱしの高校生らしく寄り道の一つや二つくらいはする。するのだが、そのレパートリーは正直言って少ない。

 一番多いのは本屋……というよりはアニメショップで、次に多いのはコンビニだ。
たまに妹の買い物を肩代わりしたり、大き目のペットボトル飲料を買うために、近所のスーパーマーケットによることはあるが、それだって頻度は高くない。

 そして何よりも問題なのは、これらは全て「ほぼほぼ初対面の同級生女子」を連れていく場所ではない、ということだ。

 コンビニに連れて行くのは問題ないかもしれないが、ちょっとした買い物をして終わりだろうから所要時間など十分もないだろうし、スーパーマーケットに連れて行っても似たような結果か、それ以下になることが請け合いだ。

 アニメショップは相手によっては良い選択肢となるだろうが、こと沙智にその選択肢を提示するのはあまりにもギャンブルが過ぎる。

 瑠壱の見立てでは問題ないとは思うのだが、それだって確証はない。本人に聞いて確かめたわけではない以上、うかつに提示するわけにはいかない。

 そんなわけで、「女性側に主導権を丸投げ」という、なんとも情けない決断をしたのだが、まあ、下手な選択肢を取るよりはいいだろう。今は男女平等の時代。女性が主導したって何の問題もないはずだ。

 と、瑠壱が心の中で誰に向かってでもなく言い訳をしていると、

「あの、それだったら、一つだけ」

 おっと。どうやらアイデアがあるらしい。渡りに船とはこのことだ。

「お、どこどこ?そこにしようぜ」

 前のめりで乗っかりにかかる。しかし沙智はそんな反応に若干言葉を濁して、

「あの、でも、迷惑じゃない、かなって」

 迷惑などあるはずもない。

 と、言うか、瑠壱が沙智の頼みを断るなど、よほどのことでもない限りはありえないだろう。

 なので、

「大丈夫だって。よほどとんでもないところじゃなければ、だけど」

 そんな言葉に沙智は若干視線を泳がす。もしかして、その「よほどとんでもないところ」なのだろうか。

 例えば……そう。今から沖縄に行きたいとか、イタリアに飛んで、本場イタリアのティラミス作りを体験してみたいとか。その類のものだろうか。

 それだと流石に難しい。国内ならやぶさかではないが、海外となると話が別だ。なにせ瑠壱の持っているパスポートはとっくのとうに期限が切れた、

「えっと……それじゃあ…………カラオケ、なんてどうでしょうか?」

「…………カラオケ?」

 ……どうやら、そんなものは必要ないらしかった。


              ◇


 瑠壱たちの通う藤ヶ崎学園は正式名称を、藤ヶ崎学園高等部といい、小学校から大学までが同一敷地にある、「藤ヶ崎学園」の一角に位置している。

 さらに、近くには芸術系の大学が二つほどあり、このあたり一帯は言ってしまえば、ちょっとした「学園都市」となっているのだ。

 その証拠に、最寄り駅の一つも「藤ヶ崎学園都市」という名前なのだが、この駅。どういう訳だか各駅停車しか止まらない。

 加えてつい最近、特急や急行の通過待ちが、この藤ヶ崎学園都市駅から、手前の東長峰駅に変更されたこともあり、毎日の登校をぎりぎりの時間でやりくりしている生徒からは不満があったりなかったりしたのだが、そんなこともどこ吹く風で、今日も藤ヶ崎学園都市駅は各駅停車しか止まらない、利用者数の割に不便な駅のままなのだった。

 そして、駅がその規模ならば、駅前も当然こぢんまりとしたものだ。

 一応駅前広場のようなものがあるにはあるのだが、別にバスがとまるわけでもなく、広場というよりは空き地という表現の方が正しい空間が広がっている。

 駅前には本屋にファーストフード店、コンビニにゲームセンターと一通りのものが揃ってはいるものの、いかんせんどれも規模が小さい。

 従って、ここらの学校に通っている学生たちは放課後遊びに行くとなれば、駅前ではなく、ここから電車で数駅の池袋に出てしまう、というのが概ねの定石だった。

 ……と、まあそんな定石を沙智のような友達ゼロの学生が知っているわけもなく、彼女が選んだのは、

「ここっすか……」

 駅前のカラオケ店だった。

 名前はカラオケハウス藤ヶ崎店。

 一応全国展開をしているチェーン店なので、サービスに関してはそこそこ信頼出来るはずなのだが、外から見るとどうにも「田舎町唯一の娯楽だから成り立っている個人経営のカラオケ店」みたいな雰囲気が漂ってしまっている。

 その遠因はおおむね、地下にある店舗入り口へ向かう階段と、その途中にある、店の看板のせいだろう。どちらも蛍光灯が半分くらい死んでいる。

 看板はともかく、階段の蛍光灯は危ないから取り換えた方がいいような気がするのだが、瑠壱が知っている限りでは、取り換えられたことはただの一度も無かったと思う。

 そんなカラオケ店を沙智はチョイスした。

 理由は多分、学校の近くにあるから。

 瑠壱は流石に気になって、

「なあ、山科」

 沙智はびくっと体を震わせ、

「は、はい。なんでしょうか」

 瑠壱は慎重に言葉を選びながら、

「ここを選んだのは、えっと……なにか理由があったのか?」

 訳:よほどの理由がなかったらここは選ばんだろ

 ところが沙智ははっきりと、

「あ、はい」

 意外だ。

 特に理由などないと思っていた。

 沙智は続ける。

「ここならえっと……誰かに鉢合わせる可能性は少ないかなって」

 なるほど。

 それなら分からなくはない。

 現に瑠壱が「カラオケに行く」ということを考える際に、ここはまず選ばない。

 徒歩通学なので、電車に乗って足を伸ばせば、それだけ余計な出費が出るのは間違いないが、それでもここを選ぶことは無いと思う。それくらい今目の前にあるカラオケ店は、選択肢として“ない”店なのだ。

 沙智は更に続ける。

「私、時々ここ、使うんです。それなんで、その、慣れてるから、いいかなって」

「へぇ……」

 瑠壱は一瞬驚いて、でもすぐに納得する。

 なにせ夏休みの学校で歌の練習らしきことをしていたくらいだ。一人でカラオケに行く趣味くらいはあっても、まったくおかしくはないだろう。

 いくらさびれていたとしても、空調の聞いていない猛暑日の空き教室よりはましなはずである。

 それに、カラオケならばマイクもあるし、曲だって入れられる。練習をするには悪い環境ではないはずだ。

「んじゃ、ここにする?」

「は、はい」

 小さく何度も縦に頷く沙智。その姿は少し小動物を思わせる。

「んじゃ、いきますか」

 瑠壱はあらためて視線を件の階段に向ける。相変わらず蛍光灯は半分以上が死んでいて、とてもとても営業しているようには見えない。

 ただ、何度も訪れている沙智がなにも言わない以上、この状態でも営業している、ということなのだろう。

 瑠壱は階段を一歩一歩、確認しながら降りていく。数歩遅れて沙智もその後を追う。こつん、こつんと靴音が響く。

 それに伴って、かすかにカラオケ機器が出す音と、それに合わせて歌う声が聞こえてくる。やがて、地下一階の入り口が見えてくる。その上にはきちんと蛍光灯が新調された「カラオケハウス」の文字が光り輝いていた。


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