13.勧誘/瑠壱は智を呼ぶ
前回のあらすじ
針のむしろ状態だった教室を逃げ出し、学生相談室に逃げ込んだ瑠壱。だが、彼を待っていたのは冠木からの「ヘタレ認定」というとどめだった。
なんとか面倒な話題を避けようと苦心する瑠壱だが、そんなところに現生徒会長・冷泉千秋が現れる。
本文
藤ヶ崎(ふじがさき)学園高等部の生徒会長というのは選挙で決定する。
毎年秋に、その時点での二年生までに被選挙権があり、同じくその時点で高等部に所属している全生徒に投票権限がある。
任期は約一年で、次の秋に行われる生徒会長選挙で再び選び直される運びとなっている。
投票権が全生徒にあるのは、学生に選挙といった事象に慣れ、社会参画のきっかけにするためという大人たちの目論見があり、被選挙権を二年生以下の全生徒に指定しているのは、誰でも参加できる状況を作って、より生徒たちの自治を活発化させたいという思惑がある。
が、得てしてこういう「大人の狙い」というのは上手くいかないものである。
投票率に関しても「生徒会長が変わったところで大した影響はない」という生徒間にただようなんとなくの「無力感」によって例年かなり低い数字をたたき出し続けているし、立候補者に関しても、結局は知名度が重要なため一年生はほぼほぼ無関心だし、二年生にしても、既に部活動や、クラス内での知名度の高い、ありていに言ってしまえば「スクールカーストの高い」人間しか候補者とならないのである。
このあたり、見事に社会の縮図となってしまっているところだけは「選挙という事象に慣れるため」という大人たちの目論見を大分歪んだ形で達成してしまっているのが何とも皮肉である。
が、そんなシステムのいわば“外れ値”のような存在が現れたのだ。
それが現生徒会長・冷泉千秋(れいせん・ちあき)である。
千秋は一年次の秋に行われた生徒会長選挙にも立候補しているのだが、その時の手法がまあ凄い。
まず教師を味方につけたのだ。
藤ヶ崎学園高等部における生徒会長には、漫画やアニメなどのように絶大な権力は存在せず、その結果「学生の自治を推進する」という表側の目的を都合よく解釈した「学生と教師の間に挟まれる中間管理職」的な立ち位置にあったのだが、その役割をより際立たせていたのが、実に教師なのだ。
教師という存在は、職柄上かなりの多忙なわけだが、そこに生徒会からの「陳情」がのぼってくる。やれ「あれがほしい」だとか、やれ「ここを変えて欲しい」といった類のものだ。
本来ならば生徒のために行われている陳情であり、教師がこれを真摯に聞かないのはおかしいわけなのだが、悲しいかな人間と言うのはそんなに強くできていないもので、この手の陳情は八割以上が窓口となっている教師によって却下され、差し戻されてしまうのだ。
端的に言い表せば「面倒ごとを増やされると残業になってしまうから」という理由があるからなのだが、システム上それを批判したり、暴いたり、あまつさえ窓口となっている教師を解任したりする能力は生徒会長にはない。
結果として「差しさわりの無いちょっとした変革」を上申するにとどまる上に、それすらもかなえてもらうために、教師の都合のいい「お願い」を聞く組織と化してしまっていた、というのが、生徒会および、生徒会長の現状であったらしい。
その現状を作り上げる原因となっていた教師を味方につけた。
どうやったのか。
これに関しては実に簡単で、「家の力を使った」のである。
千秋の実家である冷泉家は、歴史も古ければ規模も無駄に大きい名家である。
元をただせば皇族につながるという噂もあるくらいの家柄なわけだが、その冷泉家と、藤ヶ崎学園は決して切っても切れない関係性にある。
現・学園長の苗字こそ“冷泉”ではないが、その家系図を辿っていくと比較的早い段階で冷泉家につながる、大変縁の深い人間だ。
もちろん、学園の経営というのはそんなに簡単に人の首を切ったり出来るものではないし、実際に千秋にはそういった権限があるわけではない。
が、かといって、千秋の持ってきた陳述を無視し続けたときにどういう仕打ちが待っているのかは実のところブラックボックスであり、彼女からの陳情を無視し続けた結果、一年後には職を失い路頭に迷っているという可能性も決してゼロではない。
冷泉と関係の深い企業や学園は、繋がりの濃淡を考えなければ優に三桁を数えるだろうし、そこから睨みをきかされるということがどれくらい人生をハードモードにするのかは実のところ誰も分かりはしないのだ。
そんなわけで教師に対して「家の力」をちらつかせたうえで、教師から「生徒会からの要望をある程度聞き入れる」という言値を引き出し、それを盾に、現生徒会副会長であり、千秋の友人でもある花咲夏織(はなさき・かおり)の展開した巧みな選挙戦の効果もあり、普段は「どうせ三月には卒業するし」と一切興味を持っていなかった三年生を中心に票を集め、気が付けば二位の候補にダブルスコアの差をつけてぶっちぎりで生徒会長に当選したのだった。
そして、一度生徒会長に当選してしまえば後は簡単だった。
なにせ、他の生徒会役員は全て「生徒会長の推薦」で決定するのだ。
一応生徒や教師からの反対が多ければ考えなすべきであるという「ふわっとした決まり」はいくつかあるものの、概ね形骸化していて存在すらも知らない人間がほとんどのため、あっさりと役員を「千秋にとってやりやすい相手」で固めることが出来、その一人として夏織も副会長に就任させたのだった。
そんな経緯で就任したものだから、当然生徒からの知名度はかなり高く、加えて始業式に行われる「生徒会長からの挨拶」では、例年テンプレートのような短い挨拶ばかりになっていたものを大胆に改革し、長々と(下手をすれば無駄に長い校長先生の挨拶以上の時間を使い)挨拶をし、それでもなお、生徒たちからは絶大な評価を得ているというカリスマ性も兼ねた超人なのだった。
そんな人間が今、学生相談室にいる。
違和感以外の何物でもなかった。
学生相談室とは言っているものの、一応は「学生たちの憩いの場」的な要素も持ち合わせているこの場所なのだが、そこまで可能性を広げてなお、千秋が訪れる理由は見当たらなかった。おおよそ「憩い」というワードとは一番縁遠い人間に見える。
そんな彼女はちらりと瑠壱(るい)を一瞥したのち、澱みの無い歩きで冠木(かぶらぎ)(と瑠壱)の元へと近づき、
「あの件なのだが、どうだろうか?」
早速本題を切り出した。ちなみに瑠壱は“あの件”が何を指すのかさっぱりである。あの、席外した方がいいですかね?
冠木はそんな瑠壱の心配をよそに、
「うーん……やっぱ渋い顔してるねぇ……まあ、おっさんたち頭固いからねぇ」
千秋はぴくりとも眉を動かさずに、
「頭が固いのではなくて、私を警戒しているのだろう」
冠木は首を傾げながら、
「そー……なのかなぁ?」
「だと思うぞ。やつらに大人子供という区別はない。あるのは敵か、味方か、だからな」
「うーん……怖い世界だなぁ……ちなみに臨時の役員は見つかった?」
「いや……残念ながらまだだ。信用できる人間を探しているのだが、そうそう転がっているものでもないだろう」
冠木は「そっかー……」と呟きながら視線を泳がせ、
目が合った。
瞬間、冠木の目が開く。
頭の上にある形而上の電球が「ピコン!」と音を立てて灯った気すらした。
「なあ、千秋ちゃん」
「なんだろうか……あと、千秋ちゃんはやめてくれ」
「西園寺(さいおんじ)なんてどう?」
そう言って冠木は瑠壱を指し示す。千秋はぽつりと「この間話していた?」と呟いて、瑠壱の方へと視線を向ける。
おかしい。さっきまで背景だったはずなのに、いつのまにか物語の主役にジョブチェンジだ。本来はこっちの方が正しいのかもしれないが。
冠木が、
「信頼出来るって部分は私が保証する。千秋ちゃんの持ってる理想を話せばきっと、力を貸してくれると思うけど、どう?」
どう?ではない。
勝手に人を売りに出さないでいただきたい。
そんな瑠壱の内心をよそに千秋は、
「ふむ……」
顎に手をあてて考え込んだうえで、
「西園寺。突然のことで申し訳ないが、私に力を貸してくれないか?」
訳が分からない。
話の流れからすれば「臨時の生徒会役員をやってほしい」ということなのだろうが、それならもっと適任がいるはずである。
信用できるかどうかにしても、あくまで冠木の判断基準であり、千秋から見れば「よく知らない同学年の男子生徒A」に過ぎないはずである。
にもかかわらず、彼女はためらいもなく瑠壱を誘った。
その心意気だけは買いたい。
ただ、
「悪いが、俺はそういうのには入る気はないんだわ」
二期連続の生徒会長。
冷泉家の人間。
学園を改革しようと日々奮闘する、今までにない生徒会長。
その志は立派だと思う。
けれど、それはあくまで遠くから眺めている場合だ。
彼女はその実周囲が想定している二倍は努力しているだろうし、三倍以上の苦難を乗り越えているに違いないし、もしかしたらもっとかもしれない。
そんな人間を支える役員になる。
その労苦はまた、半端ないものが想定される。
言ってしまえば彼女は「学生生活を生徒会に捧げる」ような生活をしているはずであり、その生徒会長の下につくということは、瑠壱もまた、生徒会に捧げる時間が多くなるはずだ。
そして、残念ながら瑠壱にはそれをこなしてまで学園を良くしようという気概も無ければ、何かに打ち込みたいという熱意もない。日々をなんとなく生きているだけで十分なのだ。
リスペクトはする。
けれど、共感はしない。
いや、出来ない。
それが瑠壱から見た冷泉千秋なのだ。
だから、
「俺の紹介じゃ心もとないかもしれないけど。心当たりを当たるくらいなら、」
瑠壱がそんな出来もしない社交辞令を塗りたくった文言を口にし始めた瞬間、
(~~♪)
ひとつのメロディーが流れた。
時が止まった気がした。
事実、瑠壱の言葉はそこで途切れた。
代わりに、千秋が、
「すまない。マナーモードにしていなかったな。少々時間をくれ」
とだけ断りを入れて、自らのスマートフォンを取り出して、電話に出る。
「もしもし千秋だ。なんだ夏織か。どうした?またなにか変なものでも見つけたのか?違う?……………………分かった。終わったら生徒会室に行けばいいんだな?了解。それじゃ」
スマートフォンを耳元から離し、通話を終え、ポケットにしまい込み、再び瑠壱の方を向く。
「ええと、すまない。なんだったか」
もはや、ここまで何を話していたか?などということは、瑠壱からすれば些末なことだった。
だって、
今聴こえてきたのは。
冷泉千秋のスマートフォンから流れた曲は。
スマートフォンや携帯用の着メロなど存在しないはずのその曲は、
「…………どう、して」
「ん?」
“white memories”
瑠壱の、良く知る曲なのだから。