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【短編小説】転校生がやってくる!

学校に転校生がやってくるらしい。
どうやら親の都合で隣町から引っ越してくるみたいだ。

ぼくが通っている学校は小さな町にある小さな小学校だ。
校舎は小さいけど運動場は広いし遊具もいっぱいあるし友達もいっぱいいる。
ぼくのクラスは全員で15人いる。
遠くの学校に行ってる従兄弟の話を聞いてると同じ3年生でも都会の方は組に分かれているらしい。
1組が30人くらいでそれが3組もあるそうだ。
30×3で90人だ。
従兄弟には「少ないね!」と驚かれた。

従兄弟の話を聞いていると面白そうだなぁと思うけど、そんなにいっぱい友達が居たらみんなで一緒にドッヂボールができないじゃないかと残念に思う。


教室は朝から転校生の話題で持ちきりだ。
学校に新しい友達がくるなんて初めてだし、なんだか「てんこーせい」という言葉は特別に感じる。
ぼくもいつもよりソワソワしながら朝の会を待つ。

時計が8時30分をまわり、朝の会を知らせるチャイムがなった。
おはようと挨拶をしながら先生が転校生をつれて教室に入ってきた。
転校生は緊張しているのかモジモジしながら自己紹介をした。
名前はハルキくんと言うらしい。
身長は小柄で短く切られた髪と日焼けした肌が活発な印象を与えた。
ぼくは外で虫取りをしたり、みんなとドッヂボールをするのが好きなのでハルキくんとは直感的に仲良くなれそうだと思った。

クラスの人数が15人から16人になった。
聞き馴染みのない16という数字にどこか不思議な感覚を覚えつつ、これからの学校生活を想像するとワクワクした。

ハルキくんはあっという間にクラスの人気者になった。
ハルキくんは話がおもしろいし運動神経もいい。
ハルキくんが前の学校の話をするとみんな興味津々にハルキくんの机の周りに集まった。
ぼくもその人だかりの1人となりハルキくんの前の学校の友達が下校中に田んぼに落ちた話を聞いてゲラゲラと笑う。

ハルキくんは女の子にもモテた。
なぜかって?
それはもちろんクラスで一番足が速かったからだ。
2年生の頃の50m走ではぼくが一番足が速かった。
その時はクラスの注目の的になったのだが、今年の体力テストではハルキくんが1番足が速かった。
ぼくは少しだけ悔しいなと思ったけど運動神経がよくて話もおもしろいハルキくんはかっこいいなと思った。
そりゃモテるわけだ。

休日はハルキくんと一緒に遊ぶことが多かった。
だいたいはゲームをいっぱい持ってるミノルくんの家に集まってみんなでゲームをしていた。
ミノルくんは自分がゲームで負けると不機嫌になる。
だからぼくはわざと手を抜くことが多かったけど、ハルキくんはそんなのお構い無しにいつも本気で楽しそうにゲームをしている。
ぼくは無邪気にゲームをするハルキくんの横顔をみながら羨ましいなと思った。

ハルキくんの家にいくことはあまりなかった。
なぜかというとハルキくんがあまり自分の家に友達を呼びたがらないからだ。
でもミノルくんの家の方がゲームが沢山あって楽しいから無理にハルキくんの家に行こうとは思わなかった。

ある日、ハルキくんの家にパソコンがあるという話を聞きみんなでハルキくんの家に行きたいという話になった。
ハルキくんは少し嫌そうな顔をしていたけど、日曜日なら来てもいいということになった。

日曜日、玄関のピンポンを押してハルキくんの家に入る。
玄関には洗濯物が詰まっているカゴが乱雑に置かれていて薄暗かった。
お父さんとお母さんは今日は家にいないみたいだ。
パソコンがある2階へと向かう。

2階には薄いノートパソコンとベッドが置かれていた。
僕の家にあるお父さんのパソコンはテレビみたいな形をしていたので、こんなパソコンもあるのかと驚いた。
折りたたみ式のパソコンはまるで大きなDSのようだ。

ぼくはハルキくんのパソコンを使って昨日メモしておいた色々なことを調べる。
ポケモンの裏技について、お兄ちゃんの友達が教えてくれた2chという掲示板について、ちょっとえっちな言葉について、

頭を下にしてキーボードをみながら、人差し指で一文字ずつ検索欄に入力する。
間違えた時は右上の方にあるバックスペースというボタンを押せばいいとハルキくんに教えてもらった。
検索ボタンを押してからページが出てくるまでには少し時間がかかる。
その間にハルキくんの家を見渡してみる。

ぼくの家と比べてなんとなく寂しい雰囲気がする家だなと感じた。
空気を吸ってみるとなんだか嫌な匂いがした。
臭いというか思わず顔がクシャっとなるような、いままで嗅いだことの無い匂いだった。
臭いの元を確かめるために椅子から立ち上がってみるとベッドの傍に鈍い光沢を放つ乳白色のなにかが置いてあった。
これは灰皿ってやつか。
中を確認するとたばこが沢山入ってた。
そうか、ハルキくんのお父さんはたばこを吸うのか。
テレビでみた悪い大人がたばこを吸っているシーンを思い出して、ハルキくんのお父さんの顔を想像する。
うーん、なんとも悪そうな顔だ。

うげ〜、という顔をしているとハルキくんがライターを持ってこっちにやってきた。
ハルキくんはニヤニヤしながら、さも当然のようにたばこを口にしてライターの火をつけた。
ぼくは思わず仰け反りかえってベッドにおしりをついた。
ベッドに座ったぼくは椅子に座っているハルキくんと目線があう。
さすがのぼくだって小学生がたばこを吸ってはいけないことは知ってる。
たばこ吸ってるの?と声を裏返しながら聞くと、ハルキくんは顔をニコッとさせて、「うん、お前も吸う?」と言われた。

ぼくは漂ってる煙に顔をしかめながら、「いや、ぼくはいいや」と答えた。
けむりは臭いしお父さんにバレたらなんて怒られるか想像するだけで身体が震えた。
「あ、そう」
とハルキくんは返事をするとパソコンを操作し始めた。

たばこを片手にパソコンを操作するハルキくんの姿はけむり越しにくすんで見えてぼくの目にはとても悪そうで、とても大人で、とてもかっこよく見えた。


5年生になってハルキくんと遊ぶことは少なくなっていった。
ハルキくんはひとつ上の6年生の人と遊ぶことが多くなった。
話を聞く感じゲームセンターに通い詰めているらしい。
ゲームセンターがある通りはぼくやハルキくんの家からは遠いところにあり、車がいっぱい通って危ないという理由で、お父さんに行ってはいけないと言われていた。
そんなところに行っているハルキくんは大人だなと感じた。

ある日の昼休み、学校近くの河川敷の橋の下でハルキくんと6年生の人がたばこを吸ってるところを見かけた。
ぼくもその輪に入れば大人になれるのかなと思ったけど、ぼくはたばこを吸えないのでそっと通り過ぎた。
ハルキくんはこっちを見ていなかった気がする。

その日の5時限目は体育だった。
相変わらずハルキくんは運動神経がいい。
今日もいちばん高い跳び箱を余裕そうに飛び越えていた。
みんなからの賞賛を浴びるハルキくんの笑顔は笑っていながらもどこかつまらなそうに見えた。
体育が終わったあとハルキくんは机に突っ伏して寝ていた。
授業がはじまるまで時間があったのでぼくは久しぶりにハルキくんと遊びたいなと思い声をかけた。

「ハルキくん、あそぼー」
返事がない、寝ているのかな?
背中を叩いてみるが返事は無い。
これだけ叩いているから寝ているはずがない。
ぼくは少しイラッとして強めに背中を叩く。
「ハルキくーん、起きてるでしょ。遊ぼうよー」
2,3回背中を叩いた後、パンッという音と共にぼくは顔に鈍い痛みを感じた。

気づいた頃にはぼくは教室の床におしりをつけていた。
顔をあげるとハルキくんの顔が見えた。
鼻からたらーっと血が垂れていることに気づいて、あぁ、ぼくはハルキくんに顔を殴られたのかとわかった。
ハルキくんは冷たい表情でぼくを見下ろしてから教室を出ていった。

ぼくはハルキくんが教室を出ていった後に顔の痛みを思い出して大声で泣いた。
教室には好きな女の子もいてカッコ悪いとこを見せたくないなとも思ったけど構わず泣いた。

それからはあまり覚えていない。
たしか先生に連れられて病院に行った気がする。
その後、ハルキくんに謝ったんだと思う。
でもその事件の後、小学校を卒業するまでハルキくんと遊んだ記憶が、話をした記憶がまるでない。



小学生を卒業してぼくらは中学生になった。
ハルキくんは小学校のクラスメイトとは関わらず、別の小学校の悪いヤツらや悪い先輩と絡んでいた。

ぼくの中学校はかなり荒れていた。
悪いヤツらと廊下で目が合うと「お前、調子にのってんな」と言われて理由もなく殴られた。
ぼくもたくさん殴られたけど平等な暴力だったので特に気にせず自然災害のようなものだなと思い3年間を過ごした。
ほかの悪いヤツらにはたくさん殴られた記憶があるけど思い返せばハルキくんにはあの事件以来殴られた記憶は無い。
お互いスルーするように、いないもののようにしていたと思う。

ぼくは高校生から地元を離れたため、それ以来のハルキくんのことはわからない。
後で親から聞いたことだがハルキくんの家庭は随分と荒れていたらしい。

残業終わりに駅最寄りの喫煙所でタバコを吸いながら時々ハルキくんのことを思い出す。
いまでも2階のベッド脇に置かれた灰皿が、体育終わりに机に突っ伏したハルキくんの背中が鮮明に思い出せる。
あの時、ハルキくんの家でタバコを吸っていたら、中学生の時にちゃんと話し合いができたら、

ぼくはちゃんと大人になれたのだろうか。
終電を告げるアナウンスが駅に響き渡る。

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