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きょうの聡太くん 2025/1/30
きのう、なんとなく気分が沈んでいたので、自分を鼓舞するために元気よく歌を歌ってみたところ、聡太くんが「にんげん、しずかにしろ!!!!」とでも言わんばかりに飛びかかって脚に爪を立ててきた。解せない。
なんというか玄関チャイムが鳴ったときのリアクションをマイルドにしたような動きだった。「にんげん、しずかにしろ!!!!」と怒られたのだと思う。
母氏がピアノを弾いても「ふーん」なのに、なぜわたしが歌うと「にんげん、しずかにしろ!!!!」なのだろう。そもそもピアノが母氏と関連していると思っていないのだろうか。
父氏は日常的にスマホの音楽アプリで懐メロ的な洋楽をずっと流していて、うるさいからイヤホンを使え、とずっと思っているのだが、それも「ふーん」である。家の人間が歌っているとわからないと襲いかかってこないのだろうか。あんなにうるさいのに。
どうやらわたしは聡太くんに「かんだりひっかいたりしていいにんげん」だと思われているらしく、日常的に噛んだりひっかいたりと猫的暴力を振るわれている。このガリガリくんめ。
いま手にでっかい噛み跡があって、食器を洗ったりアルコールで消毒したりするとそれがまあしみる。どうしてこういう悪いことをするのか、探検隊は密林の奥地へ向かわなかった。
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そういえば季節感が少々おかしいが、秋田県に生まれたときからずっと住んでいる人間は、基本的に「キンモクセイの香り」というものを知らないのではないだろうか、と思っている。
わたしも生まれてこのかた、本物のキンモクセイの香りを嗅いだことがなく、そういうわけでキンモクセイの香りのハンドクリームを買ってきてニコニコしてつけていたのだが、現在手のひらに思いっきり聡太くんに噛まれた傷があるのでつけられない。悲しい。
手も老化するから真面目にハンドクリームをつけようと思ったとたんにこれだ。なんだこいつ。人間の手をガリガリするのはなぜだろう。やはりわたしは「かじってもいいにんげん」なのではあるまいか。この凶暴おキャットさまめ。
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聡太くん、穏やかなときは本当に穏やかなのだ。のんびり人間の膝にのっかってお昼寝をしたり、抱っこを要求したり、勝手に寝心地のいいところで寝ていたりする。
しかしその穏やかな聡太くんは、突如猛獣と化して手をガリガリ噛んだり脚に飛びかかってきたりするのである。なんでじゃ。
どうして突然猛獣になるのか、そのメカニズムは解明されていないが、これだけ歯が尖り爪が尖りした敏捷な生き物である、以前に書いたとおり人間の1人ふたり簡単に⚪︎せるのではあるまいか。
そういう力を持ったお猫さまが、人間と仲良く暮らしているのだから、我々人間はお猫様に感謝しなくてはいけないのではないか。
大型犬はいるのに大型猫がいないのは、大型猫なんて人間では太刀打ちできず扱えないからだ、と聞いたことがある。やはり猫は家で飼える猛獣なのだ。
変な動物を飼ってみたい人はこの世にたくさんいるのだと思う。でも家で飼う動物は「家畜」の範疇に収めておくことをおすすめする。
「家畜」の範疇でもフェレットやモルモットだって飼える。間違ってもカワウソやフェネックのような野生動物を飼おうなんて思ってはいけない。それは人間も動物も幸せになれないと思う。
わたしも大昔フェレットを近くの胡散臭いペットショップに発注して変なイタチを掴まされ、獣医さんに「猫にすればよかったのに」と言われたことがある。変なイタチでなくフェレットだったら懐いたりもしたのだろうが、そいつはさっぱり馴れたり懐いたりせず噛まれたところは青あざになった。だから「家畜」の範疇でも間違いないところからお迎えすることをお勧めする。
聡太くんはときおりガリガリくんになるが、かわいいから全て許される。人間は猫に感謝し、猫と和解しなくてはならない。猫は偉大である。