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きょうの聡太くんとヘドロ飼い主 2023/11/6

 きょうは通院であった。医師に「フルタイムで動くためにはどうしたらいいか」と聞いたら「それはやらないでください」と言われた。事実上の働くな宣言ではないだろうか。
 Xでいろいろと身につまされる話やらつらい現実やらが流れてくるのでなんとか働こうと思った矢先にこれだ。おのれ統合失調症。やっぱり公募で一発当てるしかない。ついでに言うとカクヨムコンの短編賞にぶつけられそうなネタを得たのでコツコツ書いていこうと思う。
 そんなこたぁどうだっていい、きのう阪神がアレでアレした。これでもう夜遅くまで父氏と聡太くんを見張る必要がなくなって安堵したわけだが、やっぱり昨日の夜「にんげんはやくねろ! ねろ!!」と手をガリガリ噛まれた。
 本当に、聡太くんはよその人に預けるわけにいかないなあと思う。この噛み癖を許容できるのは我が家くらいのものだ。やはり公募で一発当てて、聡太くんを最後まで養わねばならない。
 なお聡太くんはちょっとお口が匂う子なので、噛まれると地獄みたいな匂いがするのだった。スメル・ライク・ヘル! である。飼い主は中島らもが大好きなのであった。

「むこうでなんかおいしいものつくってるのかな?」


 きょうは通院が押してしまったので、聡太くんを獣医さんに連行するのは午後にすることにした。
 なんで獣医さんに行くのかというと爪を切ってもらい、お尻を見てもらって薬を出してもらうためである。いつもの獣医さんは昔からある薬をよく出してくださる。安全第一ということなのだろう。
 いつもの獣医さんは父氏とタメである。父氏はもう高齢者一歩手前くらいの歳なので獣医さんも高齢者一歩手前ということになる。我が家の歴代の動物を的確に診察し的確に処置してくれたすごい人だが、最近臨時休業が増えて心配している。
 徒歩で薬を貰いにいけるのがいつもの獣医さんだけなのだ。しかも昔からの付き合いなので人間同士の距離感が正しい。設備のすごいところでレントゲンを撮ったときのようにわたしを「お母さん」と呼ぶことはない。
 いつか、そう遠くないうちに、いつもの獣医さんの動物病院もこの街からなくなるのだろう。覚悟はしているがそうなったらわたしだけでなく秋田犬ガチ勢のおじさんたちはどうするのだろうか。気軽に診察なしで犬用の虫下しやかゆみ止めを出してくれるのはいつもの獣医さんくらいではないだろうか。

これを「股野リゾート」と呼ぶらしい。


 同級生たちは親になりもろもろの親としての責任を果たさんと頑張っている中、去年なんとか一人でチョッキンの段取りをつけお金を障害年金から用意したわたしの頑張りというのはあまりにも小さい責任のような気がしてつらい。
 もっと大きな責任を果たしたいと思う。それはきっと聡太くんを養いきる、ということなのだと思う。
 人間の子供は成長すれば自分の責任で生きていき、親は手を引く。わたしみたいな子供部屋人間はともかく。
 しかし猫は自分を養うことができない。養う責任は飼い主にある。そして絶対に手放すものか、とわたしは思っている。
 永遠に人間の赤ちゃん程度の大きさから成長しない猫、聡太くんというものを、ひたすら慈しんで生きていきたい。

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