小説『人間きょうふ症』37
「一旦、かけてみるか?」
「何をですか?」
「お前が好きな『魔笛』じゃ。何度も聞いていたのに、急に聞かんくなれば、寂しさが増すじゃろ。」
私は”確かに”と感じたので少し頷き、おじいさんはレコードをかけた。私は娘を怒鳴りつけるようなヒステリックな女王を思い描きながら、耳を澄ました。
この歌詞が頭の中で再生され、いつの間にか目から川のように涙が流れていった。懐かしい感覚を覚えながらずっと聞いていたら、おじいさんは口を開く。
「大丈夫かね?」
「…」
彼の声が脳内で認識できず、私の無言はずっと続き、曲をずっと聞いていた。なんだか歌に麻痺をかけられたかのようだった。
「おーい。聞いとるか?おーい。返事せい。」
おじいさんは何か言っているようだったが、何を話しているのか、なにもわからなかった。そんな時間がずっと続き、頭が朦朧としてきた。そして力も弱まってきたような気がした。次第には、おじいさんの声も聞こえなくなっていってしまった。
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