山の話3 岳人の館
真っ暗闇の中で、必死に雪を掻き出す
深夜、雪洞の中で意識が遠のきそうになる息苦しさに叩き起こされた。
真っ暗闇の中で、心臓が鼓動を早める。
恐る恐るシュラフから這い出し、ヘッドライトの灯りを入り口の方に向けた。
すると、入り口に掛けたはずのツエルトがずり落ち、大量の雪が雪洞内に流れ込んでいた。
息苦しさに耐えかね、入り口上部の隙間から雪を掻き出す。
冷たい空気が肺に流れ込み、ようやく呼吸ができるようになった。
一命をとりとめた安堵感と、この状況への恐怖が入り混じる。
「おい、起きたか!」
仲間たちの声が響き、慌てて入り口の雪を除雪し始めた。
しかし、外は想像をはるかに超える吹雪。
ゴーゴーと猛烈な風で雪が舞い上がり、視界はほとんどゼロだ。
昨日までとは打って変わって、冬の山の厳しい姿を目の当たりにする。
「こんなもんが本来の冬の山だ」
先輩の言葉が、静かに雪洞内に響き渡った。
低い雪洞の天井は、降り積もった雪の重みでさらに低くなり、息苦しさを感じていた。
隣の雪洞も同じ状況だと聞き、不安が募る。
それでも、食当の仲間は懸命に朝食の準備を進めてくれ、皆で食事を囲んだ。
リーダーからは今日の予定と厳しい天候状況の説明があり、改めてこの状況の厳しさを実感する。
私は、他の新人メンバーとともにベースキーパーに入れられ、雪洞の補修と拡張作業にあたった。
雪の御殿
一方、エヴェレスト女子隊に参加する4名の女性とサポートの先輩たちは、猛吹雪の中、頂上を目指して出発していった。
厳冬期の剣岳で幕営する訓練だと言う。
その決意に、私はただただ感嘆するばかりだった。
ベースキャンプは、伝蔵小屋近くの台地にあり、11月の荷揚げ時にはまだ雪深くなかったが、今は10メートルもの雪に覆われているという。(昔は、今と違い平地でも7~8メートルの積雪が当たり前だった。)
そんな話を聞き、自然の力の大きさを改めて感じる。
私たちは、2つの雪洞を繋ぎ、天井を高くしてドーム型に広げた。
さらに、別室やトイレも作り、快適な空間へと変えていった。
雪洞作りは想像以上に楽しく、達成感も大きい。ベースの雪洞は、先輩から作り方の秘訣を教わったので、私たちの力で快適な空間に生まれ変わった。
まるで雪の御殿の様だ!
ベースキーパーの皆で館の名前を考えて、“岳人の館”と命名した。
入り口に小枝で岳人の館と作った。
雪洞の中で迎える、特別な大晦日
その後、アタック隊から連絡が入った。吹雪とラッセルに苦労し、頂上直前でビバークしているとのこと。
厳しい状況の中、彼らは懸命に登攀しているのだろう。
見えない山頂を見上げながら、彼らの無事を祈った。
その夜、ベースキーパーだけで夕餉を囲み、アタック隊の無事を祈りながら食事をした。
彼らの元気な声がトランシーバーから聞こえてくる度に、安堵と同時に、吹雪の中での過酷な闘いを想像し、心が締めつけられた。
雪洞の中は、まるで外界から遮断された別世界だ。
外は猛吹雪が吹き荒れているというのに、ここには静寂だけが支配している。ラジオから聞こえてくる紅白歌合戦の歌が、この異様な状況とのギャップを生み出す。
なぜ、こんな場所で年越しを迎えているのだろう? 過去の自分と重ね合わせながら、そんなことを考え込んでしまう。
疲労と眠気に包まれ、皆は静かに眠りについた。