38. 川北稔『世界システム論講義 ヨーロッパと近代世界』
百田尚樹氏の『日本国紀』で日本の通史を読んだら、次は世界史。通史ではないが、近代のヨーロッパを世界システム論で描いた川北稔氏の『世界システム論講義 ヨーロッパと近代世界』だ。
大学受験で世界史ではなく日本史を選んだぼくは、とにかく世界史に疎い。かといって、日本史に通じているわけでもないが、世界史に触れるきっかけとして本書のページを繰っていった。
世界システム論では、世界をひとつの巨大ないきもの、有機体に見立て、世界史をそうした有機体の展開過程としてとらえる。その反対に位置するのが、歴史があくまでも「国」単位で展開するという一国史観である。
世界システム論によると、近代の世界はひとつのまとまった有機体、すなわちシステムを構成しているので、歴史は「国」を単位として動くのではなく、世界システムという一体としての世界の動きでしかない。どこかの国が進んでいて、どこかの国が遅れている、というのではなく、ある国が発展したために、その影響でほかのある国は発展できなくなったというつながりを重視するのだ。南北問題においては、北は発展し、南は発展しなかった、ではなく、北は発展し、南は「低開発化」されたのである。
そのような世界システム論の目線から、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカへと覇権が移っていくさまを描いていく。
世界史の通説と、それに対する世界システム論からの指摘が要所要所ではさまれる。例えば、イギリスは、産業革命に成功したから大英帝国を築きあげたのではなく、世界システムの中核にのしあがったから、産業革命に成功した、など。
ただ、恥ずかしながら、ぼくにとってはそれらの通説すら新鮮という次元だから、途中で話についていけなくなった。背伸びをせず、もっとやさしいところからはじめればよかったのかもしれない。