ショートショート『コーヒーの穴』
ああ暇だ、暇すぎる。
時間はいくらでもあるんだ。
とりあえず喫茶店に入ったところまではよかった。
漫画を読んで、週刊誌を読んで、興味のない新聞まで読んでしまった。
手持ちの金には余裕がなかった。
これ以上の注文はできない。
だからってこの苦味の強いコーヒーを飲みきってしまうと、
カップを下げられて店を出なきゃいけなくなる。それは困る。
何か面白いことはないかと、白いコーヒーカップの中身をスプーンでかき回しながら店内を見渡した。
暇そうにあくびをする店員。
楽しそうに会話をする主婦たち。
勉強をする学生ども。
パフェを食べさせ合うカップル。
面白いことは何一つ見つからなかった。
ああ、つまらん。
手元に視線を落とした。
あとちょっとのコーヒーがカップの中で渦巻いている。
その状態をキープするだけでなんだか楽しくなっていた。
カップを押さえつつ、かき回すスピードを上げる。
よし、いいぞ。黒色の渦が高く、そして渦の中心が低くなっていく。
どうせわずかな飲み残しだ。
遊びに使っても良いじゃないか。
俺は渦の中心に穴を開けたいと思っていた。
そして限界まで早くかき回したところで、カップの底が見えた。
「よっしゃっ!」
その瞬間、スプーンを持つ俺の右手は強い力で引っ張られて、
あっという間に身体がどこかへ叩きつけられた。
コーヒーの香りで意識を取り戻す。
周りの音が小さくなっていると気づいた。
店内で流れていたクラシックも、客の会話も、全てが遠くに聞こえる。
防音ルームに閉じ込められてしまったみたいだ。
身体を起こして辺りを見渡すと、さっきまでいた喫茶店ではなかった。
どこを見ても茶色の壁に囲まれていて、上空には僅かに小さな光が見える。
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