ショートショート『かためプリン』（喫茶のふしぎ）

固いプリンが食べたい。しっかり食べ応えのあるやつ。
それなら面白い場所を知ってるよ、と答えた友人。別に面白い必要はないけれど。彼女のオススメは少しだけ不安でもある。

連れて来られたお店の名前は『かため屋』
メニューに書かれた料理は普通のレストランとあんまり変わらない。
カレーにパスタにラーメン、ピザやハンバーグも。
ただその全てに『かため』と書いてある。
それにしても「ステーキ(かため)」なんて全く嬉しくない。

ざっと目を通したところでページの右端に注目した。

『当店名物かためプリン』

これも「プリン(かため)」が出てくるんだろうと思ったけれど、何やら違うみたい。

※お客様に合わせてかたさが変わります

小さな文字で書かれてあって、思わず見落とすところだったけど
これはどういうことだろう？

キッチンから次々とプリンが運ばれている。
よくある黄色い円錐台の形で上にカラメルのかかったもの。
お皿の上でぷるぷると揺れて、遠目では固くなさそうに見える。

私はプリンが運ばれた席を眺めていた。
おじさんと女の子、会話から推測してたぶん親子だと思う。
「ごはんも食べずにデザートだけ食べるとは、なんて行儀の悪いことを……」とブツブツ言ってるおじさんがプリンを食べようとしてる。
でもその時、不思議なことが起こった。
カラメルをすくってプリンの中へスプーンが入ってくとばかり思ってたのに、カーンって跳ね返ったの。おじさんも遠くで見てた私もびっくり。そこへ友人が耳打ちする。
「あのおじさん、頭が固いんだねえ」
今のプリンの食べ方で全てをわかったような言い様。でもちょっとわかる。

また別の席では女子三人の恋バナが繰り広げられていた。
彼女たちの前にも固めプリン。
「私ね、○○くんが好きなの。二人とも同じクラスでしょ？　それとなくアピールしといてよ」
「えー、どうやって？」
「そんなの何でもいいの。『すごく可愛いよ』とか『とっても優しい』って褒めてくれさえすれば」
「うーん、考えとく」
お願いする彼女のプリンを見ると、真ん中だけぽっかりと穴が空いていた。なるほど、あの子は『周りから固めるタイプ』ということね。
それにしても残った外側のプリンがとても薄くて、今にも崩れてしまいそう。恋も頓挫しなきゃいいけれど。

遠く離れた席にいたのは学生カップル。初デートかな。
女の子はこういう場面に慣れているのか余裕ありそう。
それに対して向かい側に座る男の子は喋り方がぎこちないし、手も震えてる。ドキドキなんだろうな。
いざ彼がプリンを食べようとしてもスプーンが入らない。
どこからどう挿してもガーンと跳ね返されてる。
だから余計に慌ててしまう。
それを見てる女の子は笑いながら自分のプリンを食べていた。
女の子は知ってるんだ。
緊張してると一緒に『固くなる』わけね。男の子がプリンを口にできるのは、いつになるのやら。

「お待たせいたしました」
　ようやく私たちのテーブルにも『かためプリン』が届いた。
さてさて、私はどんな風にかたくなってるのか。
まずカラメルを小さくすくってみると、普通に食べられた。
次は周りをすくってみるけど、これも問題なし。
なんだ、これなら普通のプリンと一緒じゃん。
不満を抱きながら食べ進めていると、自然とプリンの底だけ綺麗に残った。スプーンで突いてみるとカチカチに固まっている。
「あんたは何をするにも念入りに準備をする慎重派だからねえ」
笑いながら向かいの席に座る友人が言う。
うーん、私の場合は『足場を固めている』なのかな？

食べられずに残した薄いプリンを見つめていると、遠くの席で怒鳴り声が聞こえた。
「俺にこれを食えというのか！？」
大きなサングラスに、高価な腕時計、先の尖った靴。
全身を高級ブランドで揃えたお兄さん。
「ですから、これは『お客様に合わせてかたさが変わるプリン』ですので」
「じゃあこれはなんだよ」
顎で示す先には黄色くて薄い膜だけ。
プリンが固まらなかったり、冷やし忘れた訳でもなさそう。
そもそも薄い膜しかないんだから。
「いいか、こんな店は俺の力があれば簡単に消せるんだぞ。納得のいく説明をしてくれるんだろうな？」
店内がざわつく。あのプリンの理由は初めてお店に来た私でも予想できる。
店員さんも覚悟を決めたようで、一つ溜息を吐いてから口を開いた。
「お客様は『見栄と嘘で固められて』いるようなので……その、中身が全く……」

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お読みいただきありがとうございます。
この『かためプリン』を収録した
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ショートショート集『喫茶のふしぎ』｜白川湊太郎/ショートショートを書きたくてたまりません｜note