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ショートショート『モーニングサービス』(喫茶のふしぎ)

いけない、ギリギリになってしまった。
スマホで時刻を確認すると9時52分。
『変わったモーニングサービスがある』と噂の喫茶店にやってきた。

ほうきで店の前を掃除をしている男に尋ねる。
「ねえ、モーニングはまだやってる?」
「さあ、どうだろ」
 だが彼は目を合わせようともせず、ぶっきらぼうに答えた。
なんだこいつは、感じ悪いなあ。店員じゃないのか?
とりあえず中へ入ることにする。

「はい、いらっしゃい」
 店内は客でいっぱいだった。
とは言っても席は少なく、注文も調理も会計も、婆さん一人で対応できる規模だ。
ひとまず空いている席に座った。
「ホットコーヒーを」
「ホットコーヒーね、ちょっと待ってて」
婆さんはチラッと壁にかかった時計を見てから、客の会計のためにレジへ向かった。てきぱきと働いてて回転はとても早そうだ。
注文を伝えてからメニューを確認した。
ホットコーヒーは500円、特別に安いわけでもなかった。
俺は他のドリンクメニューを流し見て、一番下の内容に目を止める。

『開店の6時から10時まで、ドリンクの注文のお客様にモーニングサービスあります』

コーヒーでもカフェオレでもジュースでもいい、
何かドリンクを注文すれば、追加料金なしでサービスが受けられる。
そしてここのモーニングは変わっていると聞いていたが、サービスの内容は全く書かれていない。
店主の婆さんは忙しそうで質問させてもらえる雰囲気でもなかった。
まもなくして注文したドリンクは運ばれてきた。
「はい、ホットコーヒー。それと、サービスのトーストね」
それぞれテーブルに置かれた。どこでも見かけるコーヒーとバタートースト。
美味しいけれど、特別な感じもしない。このセットで500円なら十分に満足していた。だがこの考えはすぐに覆されることになる。

トイレから戻る途中に、他のテーブルが一瞬だけ見えた。
私よりも先に入店した客全員が、サービスの適用のはず。
ドリンクの違いはあれど、余程の理由がなければサービスを受けるだろう。そして俺のテーブルにはコーヒーの他にトーストが届いたわけだが。

そのおばさんの席には卵の殻が散らばっていた。ゆで卵を食べたってことか?
メニューにはゆで卵なんてなかったはず。
気になった俺は思わず声をかけた。
「なあ、あんたもモーニングのために来たんだろ?」
「まあ、そうね」
「なんでゆで卵を食べてるんだ?」
「なんでって……ああ、知らないのね。あなた、ここには何時に来たの?」
「たしか9時50分過ぎだったな」
「そうじゃあ次は1時間早く来てみなさい」


数日後、おばさんの助言通りに、前回よりも1時間早く店にやってきた。
「はい、いらっしゃい」
店主の婆さんはそのまま他の客の対応に向かった。
俺は勝手に空いている席に座る。
「ホットコーヒーを」
「ホットコーヒーね、待ってて」
しばらくして運ばれてきたのは、ホットコーヒー、バタートースト、そしてゆで卵だった。
あのおばさんと同じメニューだ。
なるほど、この店は入店時間によってモーニングのサービスが変わるということか。

すっかりモーニングを全て理解したつもりになっていた。
だがサービスにはまだ続きがあったんだ。

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