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同時代を生きた演奏家で聴くドヴォジャーク(1)ボヘミア四重奏団
【序言】私が崇敬してやまないドヴォジャークとの出会い
チェコ国民楽派を代表する作曲家アントニン・ドヴォジャーク(注1)。クラシックを習慣的に聴くようになった頃から、誰しも耳馴染みのある「新世界」や「スラヴ舞曲」にも既に惹かれていましたが、一番衝撃を受けたのは、インターネットラジオから流れてきたピアノ三重奏曲第4番ドゥムキーと、図書館で雑多に借りてきたCDを聴き漁る中で何気なしにかけた『交響曲イギリス』(注2)でした。のっけから聴こえてきたのは、この世のものと思えない美しい調べ!矢継ぎ早に繰り出される絶美な旋律にエスニックなリズム、燃え滾るパトス、、、彼の音楽世界の虜になっていました。
ちなみに、人生で初めて買ったCDはアンタル・ドラティが指揮するチェコ組曲、アメリカ組曲が入った作品集でした。
(注1)「ドボルザーク」「ドヴォルザーク」など様々な表記が用いられているが、ここではチェコ語の発音により近い「ドヴォジャーク」を採用
(注2)近年はほとんど目にしませんが、イギリスのノヴェロ社から出版された為にこの呼称が生まれたようです。内容的にはボヘミアの民族色が濃厚な作品。
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そして、高校2年生の春休みに念願のヨーロッパ旅行、その行き先に選んだのは勿論(?)チェコ!かつて晩年のモーツァルトが活躍し、ドヴォジャークやヤナーチェク、マルティヌーらが学んだプラハ…古き良き街並みとその東欧独特の香りや空気感は未だに忘れることができません。
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チェコのピアニスト、ラドスラフ・クヴァピルによる録音でも使用されている
(参考:https://youtu.be/8ZzVsWFE-m0)
さて前置きが長くなりましたが、このシリーズでは、ドヴォジャークの演奏美学を探る手掛かりになるような、作曲者本人とゆかりの深い演奏家による録音をご紹介したいと思います。初回は、19世紀終盤から20世紀初頭にかけて活躍したチェコの歴史的名楽団・ボヘミア四重奏団です。
ドヴォジャークの娘婿が第2ヴァイオリンを務めた四重奏団
ボヘミア四重奏団は、チェロの名手ハヌス・ヴィハーン※ の推薦によって1892年に結成されました。ヴィハーンは同郷のドヴォジャークと厚い信頼関係で結ばれ、とりわけ有名なチェロ協奏曲の被献呈者として知られています。当初のメンバーは、カレル・ホフマン、ヨセフ・スク(Vn)、オスカル・ネドバル(Va)、オタカル・ベルゲル(Vc)。結成後まもなくベルゲルが夭逝した為、ヴィハーン自ら後任チェリストとなりました。
メンバーはドヴォジャークと直接面識があっただけでなく、1896年には弦楽四重奏曲第13番の初演を行っています。そして注目すべきは、作曲家としても名高いヨセフ・スクが第2ヴァイオリンを務めていることです。スクはドヴォジャークの弟子であり、彼の娘オチルカと結婚し義理の息子となりました。付言すると、ヴィオラのネドバルも作曲家として活躍し、彼もドヴォジャークに師事しています。
1918年にチェコスロヴァキアが独立したのを記念してチェコ弦楽四重奏団と改称。幾度かのメンバー交代を経て、1936年にリーダーのホフマンが亡くなり、この名門の輝かしい歴史に終止符が打たれることになりました。
彼らが残した録音は、チェコの室内楽伝統を今に伝える貴重な資料と言えるでしょう。
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※ 他に『ロンド ト短調』、『森の静けさ』が彼に献呈されており、『ピアノ三重奏曲第4番(副題:ドゥムキー)』の初演にも携わっている。(この3曲の初演では、作曲者のピアノを演奏している。)
世界初・名手による民主的なカルテット?
国際的な名声を勝ち取り室内楽の歴史に深い足跡を残したボヘミア四重奏団、その特長は”対等なアンサンブル”を実現したことでした。
ハンガリーのバイオリン奏者で教育者として有名なカール・フレッシュは回想録で、1892年に初めて聴いたボヘミア四重奏団の演奏についてこう記しています。
これまで、とりわけヨアヒム四重奏団においてそうだったように、四重奏のアンサンブルでは、主として支配的なリーダーの引き立て役を見るのに慣れていた…ここで初めて、均等な技量を持つ気心の知れた4人の個性によるアンサンブルを聞いた。
19世紀のヨアヒム四重奏団※ に代表されるような第1ヴァイオリン主導型ではなく、4人の均等な技量がひとつに融合しながらアプローチしていくという、どちらかというと現代的なスタイルを取っていたことが窺えます。この背景事情としては、後に自らベルゲルの後任となった長老ヴィハーンの存在が大きいのではないでしょうか。ホフマン、スク、ネドバルは共にヴィハーンの室内楽クラスの生徒であり、年齢も20歳近く離れています。そうした師弟の関係性が演奏にも反映され、"ヴィハーンにお伺いを立てる"ことが民主的な音楽づくりに貢献し、必然的に第1ヴァイオリン主導型になり得なかったと推察します。まぁホフマンがヴィハーン大先生を差し置いてブイブイ言わせられる環境ではなかったことは想像に難くないですよね。
※ ヨーゼフ・ヨアヒムはブラームスと生涯親交を結んだヴァイオリニスト。主宰したヨアヒム弦楽四重奏団は、ベートーヴェン演奏に一時期を画したと評された。
他にも、スペインで彼らと共演したピアニスト、アルトゥール・シュナーベルは、「四人の魅惑的な男性で、偉大な素朴さと偉大な活力とのすばらしい混合」と評しています。(白水社、和田旦訳「わが生涯と音楽」より)
では、1928年の電気録音からドヴォジャークの弦楽四重奏曲第12番ヘ長調『アメリカ』から第1楽章を聴いてみましょう。ヨゼフ・スクの貴重なヴァイオリン演奏は必聴です。
私は、特に43小節目のrit.からイ長調のコデッタ主題に入った瞬間のえも言われぬ美しさに思わず嘆息してしまいます。この主題は著名な音楽学者ショウレックが「ドヴォジャークの最も喜ばしいアメリカのモティーフの一つ」と呼んでいるもので、ここで第1ヴァイオリンのホフマンは、伸縮自在なテンポの中で胸の内を吐露するように語りかけます。注目して頂きたいのが46小節目、クレッシェンドと共に僅かに加速し、fzに到達したあとデクレッシェンドで緊張が緩和する、というのはロマン派時代の演奏実践でしばしば見られる表現手法です。
先ほど「現代的なスタイル」であると言及しましたが、控えめなヴィブラートやボウイングが生み出すニュアンスの多彩さなど、奏法に関しては現代の演奏とは乖離が見られます。ポルタメントの妙技も良き時代を感じさせるものです。
最後に、私が把握している範囲内ではありますが、現在聴くことのできるボヘミア四重奏団の録音をリストアップします。
英ビダルフによる復刻
(プラハ弦楽四重奏団の演奏も併録)
チェコ放送ラジオサービスが復刻した放送録音集
2017年、ウォード・マーストンによる復刻
内容はビダルフ盤と重複しますが、以下のリンクではボーナス・トラックをダウンロードすることができます。
《参考文献》
音楽之友社「最新名曲解説全集 室内楽曲」
幸松肇「世界の弦楽四重奏団とそのレコード 第3巻 東欧諸国編」
Grove's Dictionary of Music and Musicians(1904)
Robin Stowell ”The Cambridge Companion to the String Quartet”(2003)
http://www.antonin-dvorak.cz/
https://blogs.bl.uk/sound-and-vision/2019/09/sounds-from-bohemia-exploring-the-bohemian-quartets-recordings-of-dvorak-and-smetana-.html