「The El Records Story」書き起こし Part 4/4
The El Records Story - Part 4 - Mike Alway - Interview by Iain McNay
(Part 3はこちら)
「If…」での奮闘
イアン:そしてあなたはそれエル・レコーズをやめて、ある種の撤退をしました。そして、イフ・レコーズ(If... Records)というレーベルで一時的に戻ってきましたね。3、4年後ですか?
マイク:はい、そうです。面白いことに、80年代後半にはファンジンのおかげで、サッカーの世界に引きこもっていました。
イアン:そうでしたね。
マイク:いくつかに参加するようにもなりました。いい息抜きになりましたね。気分転換にもなりましたし。そして、帰ってくるようにとの呼びかけを感じたんです。というのも、日本人が私に単独でアプローチしてきて、「エルとやっていた素晴らしいレコードのように、レコードをプロデュースしないんですか?」と言ってきたんです。私は、「誰も私に求めてこないんだけどね」と答えました。ここではそれをする文脈がないので、基本的には日本から融資を受けてやるようになったんです。それで、イフ・レコーズを結成するお披露目的なコンピレーション、『Songs for the Jet Set』ができました。その時代の『Pillows and Prayers』ですね。そのレーベルがどういうものかを示すためにあったんです。アメリカとスペインのレーベルを使いましたが、私が個人で独立してやりました。
イアン:アメリカ、スペイン、日本を含んでいましたね。
マイク:ええ、そうです。多くの人が関心を寄せてくれました。素晴らしい報道に恵まれ、たくさん売れました。でもイギリスの組織に接続されていなかったので、チェリー・レッドやエルでは楽しむことができた継続性は、維持できませんでした。どのレコードも資金繰りとの戦いでした。どちらかといえば、私は独立系の映画製作者みたいなものでした。どのレコードも、一からやりなおすようなものでしたね。作品ができると、日本から少しお金をもらって、タイやフィリピンからも少しお金をもらって、ブラジルからも少し、という感じでした。すべてが何カ月もかかるので、自発性も失われてしまう。非常に大変なことでした。
イアン:それで、イフ・レコーズからは何枚レコードを出したんですか。
マイク:アルバムが6枚です。そして結局、終わりを迎えました。それで今に至ります。エルでやったような水準に合わせることができなかったから、やめる必要があると思ったのです。それに、純粋に実利的なレベルで整える必要があることがわかったし、維持するのに苦労したということです。
再発レーベルとしてのエル
イアン:それで、あなたはチェリー・レッドの漕ぎ手に戻り、エルを再開しました。エルはここ4、5年で目覚ましい復活を遂げましたね。あなたは再発市場でより多くのものを手に入れることができました。50年代や60年代、そして70年代前半のレコードに戻ったわけですが、エルの哲学はどうにか保っていますよね。
マイク:そうですね。
イアン:キャラクターのある人々と面白いパッケージ、という哲学を維持しています。
マイク:そう言ってもらえると嬉しいですね。本当にその通りだと思います。あまり理解してもらえないのですが、今のエルがやっていることは、単なる再発レーベルだとか、私の方針で何でも出せばいい、というようなものではないことがとても重要なんです。いま扱っているアーティストたちは、オリジナルのエルを構成するテイストを本当に教えてくれた人たちなんです。いわば、互恵的な関係ですね。これらは、オリジナルのエルの原材料となるものです。このような人たちと何かを一緒にブレンドすることに興味がありましたし、これは本当に特別な特権です。また、私自身にとっても教育的な意味合いが強いと思います。まさか自分がこのような立場になるとは思ってもみませんでした。しかしエドガー・ヴァレーズやラヴィ・シャンカールの作品、それにブラジル音楽を、私たちがやっているようなやり方で世に送り出すことができるということが、私たちにとって非常に特別なアイデンティティにもなります。私も、その他の人にとっても、そのアイデンティティが形成されていることが目に触れ始めています。
イアン:多様性とのことですが、あなたの手元にはドリス・デイ、ブリジット・バルドー、ジャック・ブレル、エンニオ・モリコーネ、キングズ・シンガーズ、レナ・ホーン、エリザベス・テイラー、ツイッギーなどがいますね。魅力的なキャラクターがたくさんいます。
マイク:もちろんです。でも、オリジナルのチェリー・レッドがそうだったように、一歩引いてみると全体像が見えてくるんです。
イアン:その通りですね。
マイク:そして、これらのものは互いに調和しています。チェリー・レッドと提携しているレコード会社がいくつもあるのはご存じでしょう。レヴ・オラ(Rev-Ola)は彼ら自身の独自性を持っていますが、それにも同じことが言えるでしょう。私のはそれとはまったく違うもので、そこがとても魅力的なんです。私は多様性があくまで自然であることが好きです。どうしてもそういう風になるのは仕方ない。それが私の特徴なんです。
イアン:そうやって、第1段階の初期と、第2段階の今のエルを考えると、とても興味深いですね。第2段階で扱っているレコードは、すべて第1段階より以前に作られたものです。でも、そこには連続性があるわけです。
マイク:まったくそうですね。なぜならそれは馬飛びみたいなものだからです。それらのオリジナルのレコードは、もともとのエルを作るためのインスピレーションとなり、そして今のエルは何かを返すことができるのですからね。
「Mike Alway's Diary」
イアン:そういえば、さっき言わなかったことですが、昨晩あなたのことをGoogleで検索してみたんです。私たちはもう何年も友人であり、仕事仲間でもありますから、あなたのことを知りたかったわけではありません。しかし、ネットで何が強調されているかを見たかったのです。参考になったのは、カヒミ・カリィという日本のアーティストがあなたについて書いた曲、「Mike Alway's Diary」です。それはどのようにして生まれたのでしょうか?
マイク:まあ、これは私が促したわけではなくて、裏で起こったことです。それは完全に、ウッド・ビー・グッズと関係があります。コーネリアスです。
イアン:そうですね。かなり伝説的な話です。
マイク:コーネリアスは現在、日本の若手アーティストの中でも非常にメジャーな存在で、こちらではマタドール(Matador)と契約していると思います。彼はかつてフリッパーズ・ギターというグループの一員でした。フリッパーズ・ギターは、日本における最初のJ-POP現象で、まさに大成功を収めました。全国的な成功です。そこから発展して、コーネリアスは、私たちがウッド・ビー・グッズやバッド・ドリーム・ファンシー・ドレスを作ったことに影響されて、自分のガールフレンドであるカヒミ・カリィを中心に同じようなものを作ろうとしました。その過程で、彼らは「Mike Alway's Diary」という小さなトリビュート・ソングを作ったんですが、フランス語と英語の2つのバージョンがありました。
イアン:とても光栄ですね。
マイク:とても嬉しいことです。というのも、彼が日本でトップ10ヒットを飛ばしたという事実にも驚かされたからです。この曲は、曲の構成や、そのやり方が、エルのスタイルの一種のパスティーシュとして行われたことを示すものだと思いますね。これは日本人がやっているのですが、驚くほどうまくいっているんです。
いつも未来のことを考えていた
イアン:インターネットでは、何年も前のインタビューを見ることもできました。その中で、「あなたの最大の強みは何ですか」という質問がありました。もし覚えていたら、あなたの答えも教えてください。自分の答えを覚えていますか?
マイク:いいえ。
イアン:「細部にまで気を配ること」です。
マイク:なるほど。
イアン:あなたは本当にそういう人ですね。とても注意深いです。あなたは実際に物事を正しく理解します。何かをするときに、それをはっきりと読み取っているんですね。
マイク:ええ、もちろん物事はこの段階に到達するまでにあるプロセスを経ています。そして、時にはプロジェクトがつかみどころのないものになることもあります。最初は「やりたい!」と思っても、なかなかそれを釘付けにさせてくれない。私はそれ以上に具体的なことは言えません。でも、ディテールは好きなんです。リンゼイ・アンダーソンやマイケル・パウエルのような人たちが作った映画をたくさん見てきた影響もあると思います。それらの素晴らしいイギリス映画は、芸術的に監督されていて、フィルムメーカーがただ作品を作り上げるのではなく、芸術家のように長い時間をかけて企画を練り上げています。私は、レコードでそうするのが好きなんです。レコードの場合は、そのレコードのキャラクターを生かしながら、自分自身を成長させることができます。私はそのことをとても誇りに思っています。実際にそのやり方を支持していますし、それが私の強みです。
イアン:また、あなたは自分の好みの墓碑銘は、「彼はいつも未来のことを考えていた」だと答えていました。それは今でも当てはまるのでしょうか?
マイク:以前にも増して、本当にそう思うようになりました。つまり、私が父親になってからは、間違いなくそうです。なぜそうなるのか、その理由のひとつはこうです。いつもそうしていられないなんて考えられないからです。この先もずっと続けていくつもりだし、引退することも考えられません。もし私が十分に健康であれば、これはずっと続いていくでしょう。
イアン:確かにあなたは非常に多作で、月に4枚のアルバムを出していると思います。
マイク:はい。3、4枚ですね。
イアン:毎月3、4枚。そしてそれらはすべて魅力的で、エルは生きています。それが、常に新しい形で生き続けるということの意味なんですね。マイク、今日は来てくださってありがとうございました。
マイク:どういたしまして。
イアン:そして、「Cherry Red TV」をご覧いただきありがとうございます。先ほど彼女が決めたことですが、私たちはマイクの人生について全部やろうと思っています。ここではまだその一部しか取り上げていないので、3部構成でお届けする予定です。では、また近いうちにお会いしましょう。さようなら。
[翻訳:sosaidkay]