マイク・オールウェイの「イフ(If...)」について
マイク・オールウェイがエルをやめた後、90年代半ばから2000年代前半までやっていたイフ・レコーズ(If... Records)の活動について調べてみました。イフについては、コンピのシリーズ『Songs for the Jet Set』で認識している人が多いのではないかと思います。古巣エルの関連アーティストに新人を加えた、マイク・オールウェイの新レーベル、ないしプロジェクトだと。ところが内実はもう少し複雑でした。
マイク・オールウェイの発言から
「The El Records Story」書き起こし Part 4/4では、マイク・オールウェイ本人が以下のように話していました。
発言の要点は以下のように受け取れます。
『Songs for the Jet Set』はレーベルのお披露目的なコンピレーションで、日本から融資を受けて始めた。
日本、アメリカ、スペインのレーベルを使ったが、基本的にはマイク個人のプロジェクト。
イギリスの組織に属さず、作品ごとに資金繰りに苦労した。
リリースはアルバム6枚のみ。
しかし調べるとそれぞれ微妙に印象が異なってきました。
リリースは「6枚」?
マイクが言っている6枚とは、「if... 001」のようにレーベルの型番が振られた以下の6タイトルを指すと思われます。また連番はないものの、2000年に『Songs for the Jet Set』コンピの3号が出ていて、ジャケット裏にもイフのロゴマークが入っているので、番外としてあげておきました。これで都合7枚あります。
001:Apples in Stereo『Fun Trick Noisemaker』(Trattoria, menu.86/Polystar, PSCR-5484/1996-05-25)
002:Rocketship『A Certain Smile, A Certain Sadness』(Trattoria, menu.112/Polystar, PSCR-5578/1996-02-26)
003:Marbles『Pyramid Landing And Other Favorites』(Trattoria, menu.125/Polystar, PSCR-5598/1997-04-25)
004:Various『Songs For The Jet Set』(Trattoria, menu.126/Polystar, PSCR-5612/1997-12-21)
005:Turn On『Turn On』(Trattoria, menu.152/Polystar, PSCR-5663/1997-12-21)
006:Various『Songs For The Jet Set Volume 2』(Bad News Records, BN-125/1999-XX-XX)
番外:Various『Songs For The Jet Set 2000 Volume 3』(Bad News Records, BN-130/2000-04-25)
丸括弧内に示したのは日本盤の型番と発売日です。最初の5枚はトラットリアから出て、その後コンピの2と3はバッドニュースという会社から出ています。
ここで不思議なのは、コンピ以外の4枚は単独アーティストの作品で、いずれもオリジナル盤が米英の別のインディーレーベルからリリースされているものばかりなことです。001は米スピンアート・レコーズ、002は米スランバーランド・レコーズ、003は米エレファント・シックス/スピンアート・レコーズ、005は英デュオフォニック・スーパー45s。
『Songs For The Jet Set』の3枚のコンピは米国ではジェットセット・レコーズ、スペインではシエスタというレーベルから出ていて、3枚とも確かにエルの面影とマイク・オールウェイの個性が濃厚に感じられますが、ほかの4枚は、音楽もアートワークも特にエルやマイクのカラーを感じさせるものではありません。
というか自分は、アップルズ・イン・ステレオ、ロケットシップ、マーブルズ、ターン・オンというこの4枚は、当時いずれもオリジナルの輸入盤LPで買って愛聴してはいましたが、イフとの関連を意識したことはありませんでした。
イフはトラットリア傘下のプロジェクト?
if... 001こと、アップルズ・イン・ステレオのCDの帯を見ると興味深いことがわかります。
イフは少なくともスタート当初は、マイク・オールウェイと小山田圭吾によるニュー・プロジェクトとうたわれていた、と。マイクの「日本から融資を受けて始めた」という発言とも整合性があります。それと2人のコラボレーションは「すでにエキゾチカ・レーベルで8枚」ともあります。これは『ファブ・ギアII』(Trattoria menu.3/Polystar, PSCR-1053/1992-06-01)などでのコラボを指すものと思われます。
同CDの伊藤英嗣によるライナーノーツには、よりはっきりと、以下のように書かれています。
この「(笑)」の使い方、伊藤さんだぁ……と懐かしくなってしまいましたが、まあそれはともかく、イフとは日本のポリスターで小山田が展開していたトラットリアの、さらに傘下のプロジェクトなのだと。またさきほどの帯にもあったように、第一弾リリースのアップルズ・イン・ステレオは、すでに輸入盤としては話題になっていたレコードの日本盤であるということです。
当初は小山田色もあった?
if... 002はロケットシップの1stです。
シューゲイザー的な感覚もあるためかいまだに名盤の誉れ高い一枚ですし、前述のとおり自分も輸入盤LPで買って愛聴してました。日本盤ライナー執筆者は、Citrus江森丈晃、POPSY ROCK矢田知生、伊藤英嗣、薄田育宏の4名。伊藤さんの原稿にはこうあります。
イフは決してオールウェイのビジョンを実現するレーベルではなく、小山田/トラットリアとのそれなりに対等な協力関係からできていたことを思わせる少々意外な証言です。そしてベイビー・バーキンなるバンドをイフからリリースする話もあったとは。その後のカタログを見る限りこのリリースは頓挫したようですが、彼らは97~98年にダメージド・グッズとディッシー・レコーディングスからシングルやアルバムをリリースしています。
if... 003はコンピではなく、マーブルズのアルバムが繰り上げで発売になりました。001のアップルズ・イン・ステレオのリーダー、ロバート・シュナイダーの別プロジェクトで、ブックレットはロバートのセルフライナーノーツとその翻訳が載っているだけでした。
1995年から構想があった?
if... 004は、いよいよ『Songs for the Jet Set』の登場です。
帯には、以下のようにあります。
『ロンドン・パヴィリオン』とはエルの名物コンピレーションシリーズですね。イフとはあくまで「マイクとエルの夢よもう一度」という文脈のもとに日本に紹介されていたことがよくわかります。そして後知恵的には、『ムー』に対する『ムー一族』になぞらえているのが、久世光彦の失脚を予感させるようで不吉でもあります。
またライナーでは、伊藤氏がさらに以下のように書いています。
「Jet Set」コンピ及びイフの構想は1995年の夏にさかのぼり、伊藤氏はそのころから「話を始めて」いたとあります。フリーランスのA&Rとして、このプロジェクトの日本側のスタッフとして初期から関わっていたということなのでしょう。
1995年の夏に何があったのでしょうか? マイク・オールウェイは、チェリー・レッド傘下でやっていたリッチモンド・レコーズから、『Dream Topping - Él Retrospective... Introduction To If...』(monde 21cd)というコンピレーションを出しています。
リッチモンドは、主にエル・レコーズ時代の音源の再発をやっていたレーベルで、このコンピも中心はエルの既発音源です。一方で興味深いことにサブタイトルで「イフへのイントロダクション」をうたっていて(イフのロゴマークや型番などはまだなし)、アメリカのジ・アップルズ(アップルズ・イン・ステレオ)やマーブルズの曲が含まれているほか、モーマスの当時のニュープロジェクト、ミルキーの音源なんかも入っています。
マイクが自前の音源と、他レーベルの気に入った曲をライセンスで混ぜ合わせる作り方は『Songs for the Jet Set』のプロトタイプみたいなところがありますし、のちにイフのラインアップとしてアップルズやマーブルズの日本盤をリリースしたことにも整合性がありますね。ちなみに小山田さんも、アップルズを知った最初はこのコンピだと言っていたらしいです(ばるぼらさん談)。
イフとは結局なんだったのか?
イフの連番付きタイトルを順を追ってみてきたので残りも簡単に。
005ことターン・オンは、ステレオラブのティム・ゲインとハイ・ラマズのショーン・オハーガンの即席ユニット。ライナーは伊藤英嗣の司会による嶺川貴子と中原昌也の対談で、中原さんが「俺にも作れるぞ」とかとにかく酷いことを言っています(笑)。97年のトラットリアってこういう感じだったな……と、当時を知る人なら誰もが思う悪ノリな感じ。個人的にはこのレコード、ジャケットもかっこいいし、やはり当時かなり愛聴していたのですが。
最後の006、『Songs for the Jet Set Volume 2』は、トラットリアではなくバッドニュースという会社からのリリース。ライナーにも伊藤英嗣さんはいなくて、加藤紀子(!)、田中知之、仲真史というメンツの短いコメントがあるだけです。同じくバッドニュースから出た『Songs for the Jet Set 2000 Volume 3』は、マイク・オールウェイのコメントと翻訳が載っています。
ここまでを整理すると、イフというのはだいたい以下のような経緯と性格を持つプロジェクトだったのかなと推察されます。
イフは、基本的には日本のポリスター内のレーベルであるトラットリアのさらに傘下に、マイク・オールウェイ用のラインとして始まったレーベルだった。
構想自体は1995年の夏からあり、お披露目コンピ『Songs for the Jet Set』の制作も始まっていた。
1996年5月、トラットリアからのスタートにあたって、アップルズ・イン・ステレオの日本盤販売からスタート。002、003も輸入盤で話題の実績があったものが続き、お披露目コンピは004と後発扱いになった。
マイクの世界観を新規制作音源で表現するだけでなく、海外インディーの新しいアーティストを日本に紹介するラインとしても機能していた。この場合、マイクは海外とのライセンス交渉などA&R的な役割で絡んだものと思われる。
ポリスターからのリリースは1997年まで。コンピの2、3号目を出した1999~2000年には何らかの理由(ポリスターの経営難など?)で、別のレコード会社からリリースするようになった。
以後、イフにはマイクの屋号のような性格だけが残った。
1999年以後はマイクの「屋号」に?
さて、最初に引いたマイクの発言では、イフ・レコーズのリリースは「アルバムが6枚」となっていました。たしかに「if... 001」のような連番が付いているのは6枚だけなのですが、『Songs For The Jet Set 2000 Volume 3』以後も、イフの名前やロゴマークが付いたレコードは存在します。詳細はめんどうなのでDiscogsで。
If... Label | Releases | Discogs
https://www.discogs.com/label/373783-If
サイモン・ターナーのラヴレターとか、デス・バイ・チョコレート、デヴィッド・キャンディ、ミルキーといったアーティストの作品がリリースされています。またエル時代に日本盤のシングルだけが出てアルバムはお蔵入りになってしまった愛すべきキッズ・グループ、ハンキー・ドリーの初リリースなんかも出していますね。この時期は、エル・グラフィックによる切り絵っぽいジャケットデザインにも統一感があります。
スペインのシエスタ、アメリカのジェットセット・レコーズなどからリリースされているのは従来どおり。日本での配給はバッドニュースだったりラパレイユフォトビスだったりまちまちなので、どちらかというと前述のデザインの統一感と相まって、イフというと「マイク・オールウェイが2000年代のはじめにスペインのシエスタと組んでやっていたシリーズのようなもの」というイメージを持っている人もいるかもしれません(私もそうでした)。
さっきから「レーベル」「プロジェクト」「屋号」「シリーズのようなもの」といろいろと煮え切らない言葉の使い方をしていますが、要するにイフは、特定の会社とかある会社の一部門として確立された「レーベル」とは言えなくて、いろんなレーベルに間借りするようなリリース形態になっているように見えるので、ぴったりくる言葉がないってことです。
ちなみにDiscogsにある「If...」の説明は以下のようになっています。
長々書く前に最初からこの定義を出せよ、と言われてしまいそうですが、このマイク・オールウェイ「関連の」「レーベル/インプリント」とか、ほかのレーベルと「連携して」という書きぶりの微妙さを味わうためにここまで書いてきたわけですね。
ちなみに「インプリント」という言葉は、個人的にはここで翻訳シリーズをやっていて初めて意識するようになった言葉です。一般人の私が知らないだけなのか、それとも日本の音楽業界でもそれほどなじみがない言葉なのかはわかりませんが、いろいろ調べていたら長くなったのでそれはそれで別稿で。
※11/13追記
インプリントについて、続きを書きました。
「オールウェイ氏の数奇な冒険は幕を閉じる」
私がイフについて調べたことはだいたい以上なのですが、最後におまけを。先ほどイフのプロトタイプ的なコンピレーションとしてあげた『Dream Topping』では、ライナーとして、ヴェリティ・ド・マン(Verity De Mann)なる人物による謎の手紙が掲載されています。
その内容は、普通に考えて一から十まで嘘ですし、資料的に役立つというものではありませんが、逆に言うとエルもイフも、本当にマイク・オールウェイという人のパーソナリティーありきのレーベルだったのだなと感じさせられる「我の強さ」がにじみ出ていて趣深いので、最後に訳出しておきます。エルが終わって、これからイフという新しいプロジェクトを始めていこうとするにあたっての、このアイロニーよ。