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恋する、ムジナ救出大作戦

居酒屋、立ち聞き、その要約。
居酒屋で若い男女が語り合う掌編小説全4話。


1 だから、今日は、飲むの!

「で、元鞘なわけだ」

「そう!」

「で、おまえ一人が取り残されたと」

「『私達の友情は永遠だー』って言ってたのにー」

「まあ、友情は恋愛を制限するためのものじゃないからな」

「だから、今日は、飲むの!」

「そういうことか。急に呼び出すから、また振られたのかと」

「ええ振られましたよ。……友達にね」

「ああ、それ以前の問題だったか」

「わたしは何もしてないのに」

「おまえが何もしてないからだろ」

「あー、それ以上は言わないでください。お願いします」

「ていうかそもそも、する気あるのか?」

「何を?」

「何だと思う?」

「……んー、と。……な、なんでいきなりそこまでっ?!」

「いや、茶番はいいんだ」

「自分が乗せてきたくせに」

「今更おまえに純情ぶられてもな」

「男ってそういうのが好きなんじゃないの?」

「かまとと?」

「もう様式美でしょ?」

「本物は絶滅危惧種だからな」

「公衆電話?」

「いい勝負かも知れないな」

「黒電話は?」

「まだ、現役で使ってるところあるのか?」

「うーん、……お爺ちゃんの家の押し入れに?」

「既に隠居してるじゃねえか」

「そうだね」

「やっぱおまえ、絶対そんな気ないだろ」

「そうなのかなあ」

「電話のくだりからは、そんな様子は窺えない」

「!」

「純情ぶるような意識は最初だけだったな」

「それは、……あんたにぶったってしょうがないからでしょ」

「そりゃそうだけど、じゃあその気になればできるのか?」

「……」

「『お察しください』って顔してんじゃねえ」

「……ぶって、飾って、偽ったって、長続きしないでしょ」

「そうだろうな」

「嘘で作った関係を維持するのにストレス溜めるとか!」

「おまえのストレスの矛先担当としてはそう願いたいよ」

「だから、今日は、飲むの!」

「さっき聞いたよ」

「うん」

2 ハッピーエンドがいいな!

「でも、ぶらない、飾らない、偽らないってのは、弁えなくていいってのとは違うんだよな」

「うん。分かってるのに、……分かってることが、その通りにできたら楽なんだけどなあ」

「ああ」

「方向は間違ってないと思うんだけど」

「それが間違ってたら、さすがに救われないな」

「でも、そもそも相手がいないと間違えるも何もないっていう」

「まあ、今こんなところでこうしてる時点でお察しだよな」

「そっちだって、今こんなところでこうしてる時点でお察しなんじゃないの?」

「!」

「同じ穴のムジナー」

「本当にそう思うのか?」

「えっ? 違うの」

「ない。例えあっても、おまえに根掘り葉掘り訊かれて説明するのが面倒だから、『ない』」

「はいはい。強がらなくてもいいのよ。同じ穴で春が来るまで冬眠しましょ。一緒の方が温かいから」

「そりゃ温かそうだな。これに限っては両方同時に春が来るなんてそうないだろうから、残された方は急に寒くなってそのまま永眠するかもな」

「残された方は化けて出るね」

「化けて出るんなら、一緒に友情を誓った友達の所に出るのが筋なんじゃないか?」

「まだ死んでないから化けられないの! 一匹寂しく残されて、もうすぐ死んじゃうかも知れないかわいそうなムジナを助けてやろうとは思わないの?」

「そのムジナ、とてももうすぐ死ぬようには見えないけど」

「そう見えるのは、心配させまいと精一杯強がってるからかもね」

「心配して欲しいのに?」

「心配して欲しいのに」

「面倒臭いな」

「見え透いた虚勢のいじらしさがミソなんじゃない」

「それが計算だったら、悪質なことこの上ないな」

「そこまで計算できるムジナなら、取り残されたりしないでしょ」

「健気なムジナなんだな」

「健気なムジナでしょ。だから、何とかして助けたいの」

「ムジナを? 想像の中の話だろ?」

「想像だからこそ。想像の中のムジナでさえ助けられないなら、わたしたちなんかよっぽど救われないじゃない」

「分かった。じゃあちょっと整理しよう」

「えっと、一緒に冬眠することになった二匹の健気なムジナがね」

「二匹とも健気なのな」

「うん。二匹で春を待つんだけど、春はそれぞれのタイミングでやってくるの。先に春が来なかった方が死んでしまう」

「で、二匹とも死なない方法を探す、と」

「ハッピーエンドがいいな!」

3 チクチクしたでしょ?

「んー、そもそもこいつらは一緒に冬眠するべきじゃなかったな」

「そんなこと言ったって、しちゃったんだからしょうがないでしょ」

「それはその通りなんだが、他にも同じようなことを考えてるムジナがいたら止めてやらないと」

「それはそうだけど」

「最初の二匹だけが助かればいいって問題でもないだろう。現状、そうなったら有効な解決策がないんだし」

「じゃあ、初めの二匹はどうするの?」

「それはこれから考える。そしておまえも考える」

「そうですね。そうでした」

「よし、おまえが考えてる間に一つ。これは、再発抑止の立場からはあまり推奨しないんだが」

「聞きましょう?」

「……ちゃんと考えろよ?」

「うん」

「前提が一匹残されるってのがダメなら、そうならないようにすればいい」

「というと?」

「一匹抜けたときに二匹を割らないように、常にどこからか都合よく、新しいムジナがやってくる」

「三角ベースの押し出しホームランみたいな?」

「三角以上なら何角でもいいけどな。この方法なら、最初の二匹はもちろん、どの二匹でも助かる可能性はある」

「可能性、かあ」

「春の到来が確約されてないんだから仕方ない」

「そうなるね」

「まあでも、そんな都合よく新しいのがやってくるなんてことはないだろうから、中には人柱みたいに犠牲を強いるケースだってあるだろうな」

「しかもそれで、最初の二匹が確実に助かるわけじゃないもんね」

「その場凌ぎにしても分が悪いし、一度始めたら止められないってのも性質が悪い」

「解決の見えない先送りはよっぽどするもんじゃないね」

「やっぱり、二匹の問題はなんとか二匹だけで解決してもらうのが妥当だろうな」

「それなら、最小限の損失で済むって?」

「なんか棘のある言い方だな」

「チクチクしたでしょ?」

「あと、最小限の損失じゃなくて、最大損失の最小化な」

「じゃあ、最小損失の最小化は?」

「最大の最小損失が発生するケースに対策するのを繰り返したら、……しんどそうだけど、いくらかやったらパターン化できるかもな」

「言ってることは分かるけど、なんか納得いかない。……こう、すぱっと解決しないのかな?」

「そこまで言うなら、そろそろおまえが助けてやれよ」

4 これで無事に脱冬眠

「そうだなあ、……二匹同時に春が来る!」

「都合よく?」

「都合よく」

「そうだな。助かり方を整理してみるのは案外近道かもな」

「おや、意外と好感触」

「それで? 同時に春が来る方法が分かれば困ってないんだぞ」

「うん。だから、どんな春があるかを考えてみようかと」

「ふむ」

「まずは、それぞれにそれぞれの春が来るパターン」

「スタンダードだな」

「全く同時っていうのは難しいかもしれないけど、一匹になってすぐ死ぬってこともないだろうし、タイミングが少しずれる位は大丈夫でしょ」

「それぞれの春がわりと近場にあれば行けそうだな」

「次に、二匹に同じ春が来るパターン」

「三角関係かよ。修羅場濃厚じゃねえか」

「別にハーレムでもいいんだけど?」

「まあ、本人たちがそれでいいならどうでもいいか」

「今思ったんだけど、タイミングよく春が来て、二匹での冬眠が終わりさえすればいいんだよね? 春の結末がどうだったとしても」

「問題は冬眠からの生還だからな。とりあえず、無理にハードル上げなくてもいいんじゃないか?」

「だよね。だったら簡単! お互いがお互いの春になっちゃえばいいじゃない。これで無事に脱冬眠。ひとまず解決じゃない」

「簡単に言うけどな、そううまくは行かないと思うぞ?」

「なんで?」

「お互いがお互いの春になるってことは、つまり『おまえと俺がそうなり得るか』ってことだぞ? 片方がじゃなくて、両方がだぞ? そんなことが起こり得るなら、とっくの昔にどうにかなってるだろ」

「そりゃないわ」

「だろ? おまえ、俺のこと、そういう風に見れるか?」

「ないない。あんたはそういうんじゃないもん」

「そうなんだよ。こっちだってそうなんだから」

「だよね。そりゃないわ。一周してもないもん」

「そうなんだよ。だから、……?! ちょっ、おい!」

「ん? 何?」

「何で泣いてんだよ?」

「え? ふぇ?!」

「え?!」


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sori
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