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小説: イマジナリーパーズ: 第1話

「りの~!」
ショートカットの少女が三脚を肩に担ぎ、手を振りながら駆けてくる。
視線の向こうには、彼女と同い年くらいの少女がいた。

「まりも、なにも走らなくても…」
ベンチに座っていた理乃が、あきれたように微笑む。

「ひゃあ、あちーな」
まりもは額の汗をぬぐいながら笑った。
ベンチの前に三脚をセットし、紙製の日光カメラをちょこんと上に乗せる。

「あ、時計してきたんだ? いいなー」
理乃は、まりもの右手首にまかれているピンクの時計を見つめながら言った。

「記念ですから。さ、準備オッケー」
まりもは理乃の隣へと駆け寄った。勢い余って肩がぶつかり、二人で笑いあう。

「ちょっと、よく見せてよ」
理乃がまりもの手首をとる。時計の文字盤には『ImaginaleaperZ』とアメリカンコミックのロゴのような太いゴシック体の文字が印刷されている。

「私も欲しかったなー。イマジナリーパーズのノベルティ」
理乃はふくれてみせた。

「ちょっとちょっと。撮影始まってるってば。カメラのほうを向いて。ほら、笑って」
二人は肩を寄せ合い、カメラに向かってピースをした。

この様子を団地の4階から、双眼鏡でこっそり覗いている少年がいた。
羽川エルス。まりもや理乃と同じ、A市立日親小学校6年3組の児童だ。

彼女たちが一体何をしているのか、この距離からでもすぐに分かった。あれは「6年のたのしい科学」という学習雑誌の付録の、組み立て式日光カメラだ。ということは二人はまだまだ公園にいつづけるはずだ。

エルスは双眼鏡を放り出し、押し入れに首を突っ込み、がらくた箱を引っ張り出した。お目当ての使い捨てカメラはすぐに見つかった。

カメラをつかむや否や、玄関を飛び出し、階段を二段飛びで駆け下りていく。

公園まで全力で走ったエルスは、近づくと速度を緩め、木々の陰に隠れるようにして様子を窺った。二人はまだベンチに座ったままだ。

深く息を整えながら、公園の周囲に沿って回り込み、何気ないふりで三脚の後ろを通り過ぎようとする。

「何だよ、エルス。しっしっ、あっち行って」
まりもが手を振った。

「あ、あれえ? まりもと理乃さんじゃん。写真撮ってんだ?」

「あたしは呼び捨てかよ! ばかエルス」

「あ…そういえば」エルスは使い捨てカメラをポケットから取り出し、急に思いついたように言った。「たまたま僕、カメラ持ってた。せっかくだから撮ったげよっか?」

「たまたま~?」まりもが意地悪く笑う。「お前、家からのぞき見してたんじゃねーの?」

「な、何言ってんだよ!」エルスは慌てて否定した。

「いいじゃん、まりも。撮ってもらお」
理乃が穏やかに言う。

「そう? おい、エルス。姫のお許しが出たぞ。キレイに撮れよ」
まりもは理乃の肩に手を回し、ピースサインを作った。

「うるせーよ、まりも。じゃ、いきまーす…はいチーズ」

「いえーい!」

シャッターを切ると、エルスは急いで立ち去ろうとした。
「じゃ。プリントアウトしたら渡すから」

「ちょっと待て」
まりもが駆け寄り、エルスの手を引っ張った。そのままベンチまで連れて行き、理乃の隣に座らせる。

「ほれほれ、お二人さん。もっとくっついて」

「ちょっと、まりも…」理乃が困ったように言う。

「フィルムがもったいねーし」
エルスは強がってみせた。

「え? フィルムなんだ、これ。へー、エルスのくせにちょこざいな」

「エルス君、すごいの持ってるんだね」

「え、いや、あの…すごくないです。も、もったいなくもない…です」
エルスの口調が急に丁寧になる。

「ふふ、エルス君おもしろい」
理乃が思わず笑った。

「お? お二人さん、いいね、いい感じだね~」
まりもがにやにやしながらシャッターを押す。
「いいよお、そのまま…」

かしこまった表情の理乃と、緊張気味のエルスが並ぶツーショット写真が撮られた。

「ど、どうせだからフィルム使い切っちゃおうかな」

結局、3人でさまざまな写真を撮りまくり、24枚をあっという間に使い切った。

その後、まりもと理乃はエルスと別れ、飛石電機店へと向かった。
店の表はかなり風雪にさらされた様子だ。
色あせた看板には、比較的新しめのパネルが付け足されている。
『パソコン・アンテナ取り付け出張修理いたします』

店内では、まりもの父が片目ルーペをはめて、何やら機械をいじっていた。

「ただいまあ」
「こんにちはあ」
「ん、おかえりー」

愛犬のザックが尾を振り回しながら店の奥から飛び出してきた。まりもに飛びつくと、嬉しそうにじゃれつく。

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