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「それから、これから」より皆様にごあいさつ ー「なんだ、思ったよりいい人生だったじゃないか」を目指してー

皆さま、はじめまして。

私たち、「それから、これから」といいます。

一言で言うと、色々な居場所づくりをやっている団体です。よかったら遊びに来てください。

とだけお伝えするのも味がないし、
そもそもそういうことだけ伝えて人をお呼びするのも怪しいし、
もう少し自分たちのことを説明させてください。

私たちは、ひきこもりや不登校、燃え尽きにPTSD、加害経験や自傷、ハラスメントサバイバーにやさぐれ等々、生きづらさ/生き難さといいますか、そうした経験・当事者性を持ってはいる、そういうメンバーで構成されています。

この文章を書いている代表も、そんなひとりです。

「それから、これから」はそうしたいろいろな当事者性を持っているメンバーでできあがっていますが、ひとりひとりに目を向けると、そうした当事者であるという名札だけで自己紹介できるほど、単純でもないメンバーたちだったりします。

代表は遅咲きの不登校経験があり、ひきこもり経験があり、燃え尽き体験を数多くし、たくさんの数の他人の魂を傷つけてきた加害の歴史があり、もしかしたら今もハラスメントの渦中を生き抜いている……かもしれません。

でも、「それから、これから」という団体を仲間たちと運営し、資金調達をして場づくりをしたり、おでかけをしたりしています。それなりに元気です。

私たち、人間社会に生きる人間たちは、それなりに色々な表情や役割、名札に状況、自分を守るための仮面、翻弄される環境などなどを抱き、日々を、自分なりに生きている、と思っています。

そんなメンバーたちが集まってきていますから、確かに数として多い/少ないはありますが、いろいろな特徴・当事者性があります。そんなメンバーたちで居場所や自助会のような場をつくるのであればこそ、特別な「ひとつ」で立ち向かうのではなく、様々な人と人、当事者性の組み合わせでやっていけないか?と思っています。

こちらのnoteやtwitterなど誰でも見ることのできる場で事前告知をするような居場所もあれば、複数回来ていただいた方向けにだけ案内をするような半分非公開・会員制みたいなかたちの居場所もあります。あるいは完全に非公開のものもあるかもしれません。

定期的なものもあるだろうし、非定期なときもあると思います。対面の集まりも時々やります、関西地域が多いかもしれません。

このnoteでは、そうした事前告知できる居場所の案内や報告、事前告知はしないけど報告だけはしちゃおっかという居場所の報告、日々の他愛ない思いついたことなどをいろいろな文責者で、書いていこうと思っています。

ときどき見に来てくださると幸いです。

それでは、皆さん、これからよろしくお願いします。

それから、これから
代表 より。

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補記追記・おまけ

以下は長くなるのでエッセイのようなものです。
分割しようとも思いましたが、基本的な考え方のご紹介なのでこちらにおまけとして置いておきますね。

それから。

私たちは「自分はそうだから」と「きっとそうじゃないかな?」を起点に、居場所づくりを考えていきます。

どうして、場づくりをするひとたちが居場所の対象者を絞ってわざわざ、「ひきこもりの居場所」と銘打つかというと、そっちの方が、「ひきこもり」経験を持つ/経験中の人が他の場と比べて、少しは安心できるかも?と思えるんじゃないかなーと考えるからです。自分が行ってもいいところ、と少しは身近に思えるんじゃないかな?と思うからです。

「ひきこもりの居場所」かつ「女子会」があるのは、「ひきこもり」経験を持つ/経験中の人であり、「女子会」という環境に安心できたり、そうした環境にこそ興味関心がある人がそれなりにいる、という目論見があるからで、そうした場所を社会のどこかに作りたい、必要だ、と思うからです。

「ひきこもりの居場所」かつ「ストリートバスケのプレーヤーの自助会」があまり検索しても見つからないのは場づくりをしているひとのまわりにその組み合わせに魅力を感じるひと、当事者性を持つひとが見えていないからかなと思います。そのうち流行るかもしれません。

こんな感じで少し具体的な当事者性の例を挙げて書いてみましたが、私たちは「安心」と「自分事」というキーワードで居場所づくりをすることが大事なんじゃないかなと思います。

「ひきこもり」であったり「女子」であったり、そうした当事者性が重要だ!というより、「安心」や「自分事」から考えた延長線上にそれらが自然と出てくるのだと思っています。

だからこそ、「それから、これから」のメンバーではつくり得ない居場所もあります。メンバーが変われば、当然、つくれる場も変わります。

なので「それから、これから」で居場所をつくります!というご挨拶はあまり相応しくなかったかもしれません。
「それから、これから」の統一したカラーみたいなものはあまりつくりたくない……というか、無いだろうと思うからです。メンバーの移ろい、そしてメンバー自身の人生や暮らしの景色の移ろいによって、そのひとがつくる場も変わっていくかもしれないから。

だとしたら?

私たちは「それから、これから」という名前で場づくりをするというよりは、場づくりの従事者のたくさんの組み合わせで生まれた、それぞれの「場」の名前やそれらが集まったある種のブランドの名前で場づくりをしていきたい、覚えていただきたいと考えています。

それがいろいろな場づくりをしていく(かもしれない)私たちが、それでも「安心」や「自分事」で突き詰めていくためのやり方なのかな、と。

そして最後に。「安心」は突き詰めても突き詰めても、たどり着けない遥かな高みであるからこそ、ときにびっくりするようなことが起こったりもします。「安心」は永遠に満たされた状態が続くことはないし、「安全」はいかに細心の注意を払っていても災害的な事象は常に起こり得ます。

安心できるところだと思ってたのに……という経験を居場所や自助会にお持ちの方は、もしかしたらそこそこ社会にいるのかなと思ったりしています。

私たちも一生懸命努力します。でも、不徳のいたすところで、「完全に徹底した安心・安全管理」ができています!とは言えません。「絶対に傷つかない環境」をプレゼントすることはできません。申し訳ない限りです。

だからこそ、1つの工夫と1つの目標をつくりました。

1つの工夫は、もし、私たちのつくる場が心地よいと感じてくださり、また来てくださるような稀有な方へのお願いとして、いわゆる「3人寄れば7派閥」的な考え方を肯定し、「自分が仲間外れな場がどこかにあることを(苦しいけれど)認め合う(よう努力する)」というルールを設けた、ということです。

具体的にいえば、公開されたところでの事前告知がある居場所だけじゃなく、非公開な居場所があるということがそうです。

関わってくださる方のお話を基に、無数の「とある人ととある人の組み合わせ」を持つこと、そしておひとりおひとりがそういう環境であることを知った上で関わってくださることで「安心」を守れないか?という考えです。

そして、1つの目標というのが、タイトルにもあります、「なんだ、思ったよりいい人生だったじゃないか」というものです。

どれだけ「安心」に苦慮しても、企画を練っても、工夫を凝らしても、あるいは居場所がどれだけ良いものであっても、人生歩んでいると、様々な痛みやしんどいことがやってきて、暮らしも波打つばかりです。

そして、世界の方々には申し訳ない限りですが(そして少しぼやかした言い方をしますが)、「あぁ、○○な人生であった」という切実な振り返りをする機会が比較的多いメンバーで「それから、これから」はできています。

居場所の力をもってしても、自然界的なお迎えより前倒しで、切実な振り返りをする機会がしばしばおとずれます。

そうしたとき、あるいは日常のひとコマでも全然良いのですが、浮かぶ言葉がこれであればいいのではないかなぁ?と思ったということです。

社会の用意したレールや基準、世間が考える平均点からすると、代表自身が考える自分の人生のふりかえりは、きっと下振れしているんだろうなと思います。

でも。

少し動いてみて、こういう居場所があったから。
なんかの場で会ったあの人がいたから。
もらったそういう言葉があったから。

「なんだ、思ったよりいい人生だったじゃないか」

を思えることはできるかもなと、仲間たちと話していて見つけることができました。仲間たちも、そうかも!となったのが、この言葉でした。

今日の今日が痛くても。
明日もきっとなんとかならなくても。

それとは別に。

そんな場を提供できるよう、精進してまいります。

それではあらためて。
これから、よろしくお願いします。

※写真は特に組織に関係なく、またnoteの仕組みをつかった借り物です。
かつて確かに日本にあった、宇宙を目指したけど今はもう跡形もなくなってしまった、けれども思い出の中では生きている、代表の古い遊び相手です。自己紹介も兼ねて。


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