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黒の残響【冒頭試し読み】

※本noteは2020/12/30 販売開始予定の「Votum-凪いだ海を渡る頃-シリーズ最新作【黒の残響】(有料)の試し読みとなります。
※実際の販売内容と異なる場合があります。予めご了承ください。

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昔々も大昔。
時の神様は八柱の精霊にこう命じました。

ーー力を合わせて新しい世界を創りなさい。

命令を受けた精霊たちは力を合わせて新しい世界を作り出しました。
一見すると時の神様が創ったようなカンペキな世界。
けれど、それは見た目だけで、精霊たちが作り出した世界はすぐに虚無となってしまう脆いものでした。

どうして上手くいかないのだろう。
精霊たちは苦心し、何度も何度も世界を作り出しました。
たくさんの世界が生まれては消えていきました。
そうして最後の最後に世界樹と呼ばれる大樹を中心とした世界を生み出しました。

これまでの世界は生み出された時点で完成された世界でしたが、世界樹の世界は未熟で、自身の内に存在する生き物たちの魂が運ぶ記憶を糧にして成長していくことが特徴でした。
しかし、出来たばかりの世界は完璧ではない代わりにとてもとても不安定で、これまで以上にすぐに壊れてしまいそうな程に儚いものでした。

そこで精霊たちは、添え木をするように自分たちの半身を補助として与えることにしました。
中と外から栄養を与えて守ることで、成長を早め、安定させようとしたのです。

精霊たちの記憶のおかげで、魂の循環は安定し、世界はすくすくと成長しました。
様々な命が生まれては死に、その魂に宿った記憶を糧に世界樹は成長します。
成長すればするだけ世界はより多くの魂を生み出すことができたので、どんどん世界には命が溢れていきました。

そうして永い永い時を経て、ようやく世界が安定し始めた頃、それは起こりました。

とても仲の良かったはずの精霊たちが、突如戦争を起こしたのです。

誰が始まりだったのか、何が原因だったのか。今となっては知るヒトも居ません。
一つ確かに言えるのは、世界を庇護するものが居なくなってしまった、ということでした。
世界は大きくなったといっても、まだ幼児といっても差し支えない程度。
精霊という親の庇護が無くなれば、あっという間に不安定になっていきました。

それでもなんとか立っていた世界樹でしたが、精霊たちの戦争は終わりが見えず、更に悪いことに、世界の内で生きている命たちを脅かし続けていました。

世界樹は記憶を糧に成長する存在でした。

中でもとりわけ「楽しい」「嬉しい」といった正の感情がよりたくさんの魂を生み出すのに必要な栄養でした。長くてたくさんの思い出が詰まった魂が多ければ、世界はたくさんの栄養を得て、その輪郭を広げることができました。

しかし、戦争が長引くほど、命はすぐに死んでしまい、記憶が含んでいる感情も「かなしい」「つらい」「こわい」といった負の感情ばかりになってしまいました。
負の感情はあまり栄養が無いどこか、世界の輪郭を歪ませ、生み出す魂の量を減らす毒でもありました。
毒をたくさん食べた世界樹は、どんどん歪み、弱って、魂を生み出さなくなっていきました。世界樹が歪むと次第に世界も暗くなにかが狂ったものになっていきました。

そして、その時は急にやってきました。

ある日、弱りきった世界樹に精霊の攻撃が当たってしまったのです。
栄養不足で歪み、脆くなっていた世界樹に、世界を生み出せるような精霊の力はあまりに強大すぎました。

とても耐えられるはずもなく、とうとう世界樹は悲鳴を上げて壊れてしまいました。
核である世界樹が壊れてしまうと、それによって支えられていた世界が形を保てるはずもなく。
世界はバラバラと崩れていき、たくさんの命が次元と次元の狭間の虚無へと放り出され、消えていきました。
誰もが世界は終わってしまったのだ、と絶望しました。

けれど、世界樹は壊れてもまだ生きていました。
欠片となっても消えず、同じく砕けた世界の欠片を支え、存在を保ち続けたのです。
小さな世界に残ることができた魂たちは、かろうじて消滅を免れることができました。
しかし、それもわずかばかりの時間のように思われました。

欠片では核としての力は足りず、精霊の加護もない状態では、どうしようもありません。
残された欠片も次第に弱まっていきました。

親たる精霊たちは行方不明のまま。

世界の全てが虚無に消えるのも時間の問題なのです……


――これが、現在世界に伝わるおとぎ話。
僕たちの共通認識。

***

深い深い森の奥、普通の人間では立ち入ることができない険しく切り立った崖の向こう。
もしもあなたが空を飛ぶ生き物であれば、光もほとんど射さないような深い森が、ぱっと急に開けることに、きっと目を見張るだろう。

更にそこに素朴な家々が建ち並び、小さな集落を形成していたら?

あなたは「夢でも見ているのか」と目を疑うだろう。もしくは「異世界に迷い込んでしまったのでは?」と思ってしまっても不思議ではないかもしれない。

いずれにせよそれらは見間違いでもなんでもなく、集落は現実に存在している。
人間が入れない森の向こう。僕たち”月下人狼”の住処はそこにある。

急に月下人狼と言われても、あなたは困惑するかもしれない。「それって普通の人狼とどう違うの?」と。
ちょうど今、目の前に居る教官がそれを説明しているところだ。

曰く。

昔々、この世界には世界樹と呼ばれる大きな大きな樹が存在した。

世界の核である世界樹は、自らが倒れても世界が存続するように種を残す。しかし、種は脆く壊れやすく、また放っておくと親の樹が居ても居なくても、記憶を蓄積して勝手に発芽してしまう。
そうすると、世界の中に世界が存在するようになって、大体の場合は食い合いになったり、運良く混じり合っても、一歩移動しただけで天地がひっくり返り時間の長さが変わり……と、法則がめちゃくちゃな捻れた世界になってしまうそうだ。

そうならないように種を守るのが”種守”と呼ばれる役割を持った集団で、僕ら月下人狼が普通の人狼と異なる点だ。

種守には月下人狼だけでなく、月花人虎や月精兎人といった、多岐に渡る種族が存在しているけれど、全ての種族に共通していることがひとつある。

その身が生み出す魔力に”月の力”と呼ばれる性質が宿っているのだ。

通常、この世界に生きるどんな生き物にも、蓄えられた記憶から魔力と呼ばれるエネルギーを生み出す機能が備わっている。大体の生き物が生み出す魔力は、あまり強くない代わりになんにでも使える、いわや万能エネルギーだ。
で、大体の生き物は魔力を使って狩りをしたり、寒ければ火を生み出したりと、生活に役立てている。中でも人間と呼ばれる生き物は、魔力をあらゆる技術に役立てて文明を築いている、と言っても過言ではない。

一方、”種守”の魔力は、火を生み出したり、ものを凍らせるといったことは一切出来ない代わりに、他者の意識を奪ったり、記憶を封じたりすることができる。これは、他の生き物が生み出す魔力では出来ない唯一無二の特徴だ。
何故って? 
想像してみてほしい。誰かが目的を持って特定の記憶のみを世界樹に届けるようになったら? その記憶が負の感情しか存在しないものだったら?
世界はあっという間にめちゃくちゃになってしまうだろう。

そんな危険な力をどう使うのか。
例えば種を外敵から守るための戦いで優位に立つのはもちろん、日常でも狩りで獲物を追うときに役に立つ。

けれど、もっと重要なことがある。

それが”種守”という役割だ。
種守は、種が消滅しないように守りつつ、種から意識や記憶を奪うことで発芽を阻害する。そうやって次の世界が誕生する時を待つのだ。
”種守”の存在理由であり、僕ら月下人狼にとっての誇り。

……だった。

「――今から約1000年前、世界樹は倒壊した」教官の話が続く。「本来であれば、即座に新しい種が芽吹くはずだが、1000年以上経った今でもまだその気配を感じられない。また、肝心の我々が守っていた種も、戦争の騒動と混乱で行方知れずになってしまい、未だに見つかっていない。消滅しているのか、或いは次元の狭間をさまよっているのかどうかさえ、我々にはわからない状態だ」

カッカッ、と軽やかな音を立てて黒板の上を白いチョークが軌跡を描いていく。
チョークは月下人狼ではなかなか作れない貴重品だというのに、教官は大胆に、事細かに授業の内容を書き出していく。
おかげでとてもわかりやすいのだけど。

「一方で消えるはずの既存世界は、こうして存在し続けている。また、新しい生命が生まれていることから、魂の循環は続いているものと思われる。これらの事実を総合して、我々月下人狼は『倒壊した世界樹は未だ生きて存在している』と仮説を立てている」

僕の前に座る子が手を上げた。

「教官、何故仮説なのですが?」

ふむ、と、教官は頷く。
「誰か、わかるものは居るか?」

途端に周囲が騒がしくなる。隣の子と話しあって答えを探している子も多い。
こうして、まずは全体に問いかけることで思考する機会を生む、というのが教官の……ううん、里全体の方針だった。

少しして、後ろの方から「はい」と声が聞こえた。
振り向くと、クラスの中でも一際体が大きくて黒い毛をした男の子が、大雑把な感じで手を上げていた。他には誰も手を挙げておらず、みんなの視線が彼に向いていた。

「では、グリフ。答えなさい」

即座に教官が指名する。グリフと呼ばれた彼は、視線にも動じることなく、よどみなく答えを紡ぎ出す。

「世界樹の存在を確認できていないからです。欠片ですら未だに見つかっていないと、おばあ……祖母から聞いています」

「正解」教官が頷き、そのまま続ける。「世界樹が倒壊して千年。我々は今居る世界をくまなく探索しているが、世界樹ないしそれに類する存在を確認できていない。しかし我々の使命は千年前も今も変わっていない。即ちこの世界が消える前に世界樹の欠片および世界樹の種を見つけることである。今日ここに居るものは、一族としてこの使命を胸に刻むこと。いいな」
教官がぐるりと生徒の顔を見回す。誰も彼もが姿勢を正して真剣に聞き入っている。

その様子を見て、満足したように頷くと、では、と声音を少し和らげて話題を切り替えた。

「それでは班分けを発表する。呼ばれた者同士で集まるように。一番……」

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※試し読みはここまでとなります。
 続きは2020/12/30 発売予定の【黒の残響】本編をお待ちください。
 販売価格は500円の予定です。

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