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青空物語 第1話 私たちの世界

索引

第2話 期待と不安
第3話 旅立ち
第4話 視線
第5話 出会い
第6話 求めていたもの
第7話  地球の回復
第8話 言い伝え
第9話 思い
第10話 解き放たれた思い
第11話 希望  完


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第1話 私たちの世界


地球から青空がなくなった時代。
青空がなくなっただけではなく、空を見ることがほとんどできなくなった時代。
この物語はそんな時代に青空を求めた人たちの話である。


2424年
だたっ広い白い透明感のある場所に円形に人が並ぶ。
一見、人がいるように見えるがそれは、空中に映し出されたそれぞれの映像だった。

ちょうどその中心に蒼は立たされていた。

蒼が下を見ると地面は透明で、まるで高いところにいるようだった。3D空間での議会が初めての彼女にとって、新鮮でありながらどこか落ち着かない。


「質問、どうぞ、ヨルディ君」
「あなたはなぜ、我々がもっと食料を作り出さなければいけないと思うのですか?」

歳はおそらく60代だろう、一人の男性が議長の隣に映し出される。

「どうぞ、グリーンプロダクター代表モリカワ君」

議会や裁判など参加したことのない若い蒼は、緊張をしていたがその反面、ばかばかしいと思い始めていた。


『まるで人と思えない「人の映像」が並ぶ陳腐なこの場所、だが神聖であるといわれる所。それでいて質問の仕方が、幼い頃学校の授業で見た昔の『国会』と呼ばれたものに似ていて、そういうところは、人類は変わらない・・』


蒼はそんなことをぼんやり考えていた。
議長がまた告げる。
「答えてください、グリーンプロダクター代表モリカワ君」
蒼ははっと我に返った。

「あ・・すみません。先ほど資料を見ていただいたように食料だけではありません、我々はナルのようにもっと動植物と共存していくべきだと言っているのです」
「議会に呼ばれた方は議員からの質問に答えてください。」


議長の語義が強まり場が張り詰め、透明感が余計に痛く刺さるかのようだった。
蒼は自分の心臓の音を感じた。

それを振り払うかのように彼女は真っ直ぐな瞳で議長を見つめる。
が、すぐにきっとこの視線など3D空間では伝わらないのだろうと思い、落胆を隠しながら答えた。


「・・今後食料が足りなくなることも明白ですし、人として自分たちの食料を作るというのは自然だと思うからです。私たちはもっと考えるべきですし、様々な意見を取り入れるべきだと思います」

蒼がいい終わるか終わらないかのタイミングで後ろから声がした。

「自然。いつの頃の自然だ!?」
蒼の勇気は円形のさらに後ろに映し出された聴衆からの野次にかき消された。

彼女は画面を見たがどの人が言ったのかわからない。
「不自然に暮らしている年寄りにはわからないだろう!」
団体の仲間であろうメンバーの声も聞こえる。
蒼はため息をついた。


『どうせだったらヤジを飛ばす人間も、議長の隣に写しだすシステムにすればいいのに。
私は争いをしたいのではないのに。この中に私への攻撃的なDMを送ってきた人もいるのだろうか・・もう本当に、何かの団体の代表は断ろう。』


蒼はそんなことを思いながらありもしない天井を見上げた。

「静粛に!」
議長が声を張り上げる。
場が静まるのを確認して、議長は静かにヨルディに回答を促した。

「ヨルディくんどうぞ」
「君はプロダクターですよね。君のように研究もしている人は少数だ。その君の意見を聞こうと呼んでいるのです。それで考えていないと?意見を聞いていないと?」

蒼は逃げ出したい思いでいっぱいだったが、ここに来るまでの人たちの思いを思うとそうはいかないと努めて冷静に答える。

「考えているのならば、なぜ、私たちのような生産者を増やすことをしないのですか?ナブンでの食料生産はたったの20%です。何かが起こったらナブンの食料はあっという間につきます」
「それは誰もが危惧していることです。しかし、短いとはいえど100年以上なんとか来ているわけです」

「100年以上何もなかったとしても何か起きた時では遅すぎませんか?」
「しかし今の状態を保つことも重要です」
「保ちながらも規制を解くことがなぜできないのですか?」
「ナブンの規律を守るためです」

「規律?何のためのですか?言論さえも一定の規制をかける。食物を作る人が増えるのに問題がありますか」
「土地が足りないのは明白な事実です。」
「だからその部分は工夫して・・」

蒼が話終わる前にヨルディが畳みかける。
「絶妙なバランスが崩れて十分な空気と君のように研究もしている人は少数だ。水の生産ができなくなったら?」
「・・でも同様に食料も大切です。私たちの未来はそこにあるんですか?」
「君たち若者の未来を考えるためにも、若者代表としても来てもらってるんですよ」

「わかっています・・・では空気と水を、食料に交換してもらっていることは問題はありませんか?」
「等価交換ですよね」
「等価交換!?空気と水がなければ人は生きていけないのに?」
「そうですよね、人は新鮮な空気と水がなければ生きてはいけない。だからこそ、規制を解くわけにはいかない」

「それを盾にナルから搾取し続けるのですか?」
「搾取?我々が供給している空気と水がなければ、半ドームのナルはもっと困るでしょう。君は何をしたいのですか?ナブンを救いたいのか、それともナルとの関係を変るべきという話をしているのですか」

そこまで彼が言ったところで外野がまたヤジを飛ばした。
「みんなを堕ちいれるつもりか!」
静かだった議会が先ほどより、一層騒がしくなる。

「ナブンの人間だけよければいいんですか?」
「お前はそれでもナブンの人間か!」
「ナルだけ苦しめるのか」
「そもそもナルの人間は何も言ってないではないだろう」
「言えないのではなく?」


『堂々巡りだ。
私はただ、ナルとナブンがもっと共に生きていけないのかって思うんだけれど・・私がおかしいのかな・・』


蒼はたまらなくなって3Dセットを外した。
映像の世界から切り離されたそこは、白い壁にリラックスソファーの置かれた3Dステーションの一室だった。



「あ・・」
彼女はやってしまったとソファーの横にいる、高さが90センチくらいの白い3つのコロッとした塊を見た。AIのクウだ。


「人間は本当に短絡的ですよね」
「本当に・・」
「アナタもです」
「わかってる」
蒼はクウを撫でた。



今から200年ほど前、地球の平均温度は50度になり、空気と水が汚染され、地球から人や動植物が摂取できる十分な水と空気がなくなった。
人々はドームを建設し逃げ込むことを試みたが、ドームは1つしか出来上がらなかった。

結果、人間が住む地域は完全にドームに囲まれた地域ナブンと、半ドームに囲まれたナルに分離された。

完全なドームとなったナブンでは空気と水を生産し、それをナルに供給した。
自然とナルでは食物を作り出すようになっていったという。

ナブンでひたすら空気と水を作ることに注力し、ナルもまた必死に作った食物と交換して対応していったのだ。
当時はドーム建設が間に合わず、どうしようもない状況だったが結局それが今に至っていた。



蒼がため息をついて立ち上がったと同時に、隣の部屋にいた隆が入ってきた。
「蒼―、議会からアウトするなよ」
「タカシさん、人の部屋に入るときにはノックをするべきです」
AIのクウが隆をドアの前で止める。

「あーごめんね、子守くん」
隆はクウの頭をぽんぽんと撫でた。
「タカシさん、ワタシの名前はコモリくんではありません」
つかさずクウが答える。

「子守AIなんだから子守くんで良くない?」
「名前があるものに対して失礼です」
「それは失礼。AIのくせに食べ物に興味が深いからクウさん。そんな名前必要?」
と隆は笑いながらいった。
「名前は大切です。タカシさん、ワタシがAIだから怒らないと思ってますね」
「子守AIだから、怒るとは思ってるよ、よく小さい頃、蒼と一緒に怒られたしね」


蒼は二人のよくやる茶番に冷たく言い放った。
「クウ、相手にしなくていいよ。どうせ隆は私が幼いっていうことをいいたいだけだから」
「アオイは機嫌が悪いようです」
「・・そうだね・・・でも・・」

隆がため息をつきながらクウを撫でながらいった。
「言わなくてもいいことを言うのがAIだよなあ・・まあ俺も言わなくていいことをいっちゃう人間なんだけど・・・蒼、そういう意味じゃないよ・・ごめん」
隆がしゅんとしたのを見て蒼の声のトーンも普通に戻る。


「ごめん・・私にはやっぱりダメだわ」
彼女は立ち上がり机の上の荷物をまとめる。
隆は止めようと慌てて蒼の荷物をとった。
「いや無理にさ、代表を頼んだ俺が悪かったけど・・」
蒼は隆から鞄を奪い返し、「ごめん、私には無理だと思う」と言って部屋を出た。


クウは慌てて蒼のあとをついていく。
隆も慌てて早足で歩く蒼の後ろを追いかけた。

「そんなことないよ、戻ってさ、もう少しだけでも参加しようよ」
隆に話しかけられるのを気にせず、蒼は歩く速さを緩めない。
「無理だと思う。あんなにみんなヒートアップしてるし、私にはまとめられない」
「そんなことないよ、皆、蒼ならっていってたし」
「プロダクターで活動している若い人が少ないからでしょ・・それに」


『私はナルとナブンの人間だから相応しくないよ。』


そう言いかけて蒼は歩みを早めた。


作物や食物を作る人はナブンではプロダクターと言われ、一定の知識を持った人しかできないため、地位も確立されている。
彼らの中にはその地位を守るために声を上げない人もいたが、多くは地球と人類の行く末を心配していた。

蒼もナブンで農業に従事するものとしてこの状況をどうにかしたいと思っていた。
そしてそれはナブンには数少ないナルの人間の血が流れる蒼にとって、たとえナルに行ったことがなくても当然のことなのかもしれない。


蒼は隆と話しながらどんどん歩くのが早くなっていった。
嫌なことや考え事があると無意識に歩くのが早くなるのは蒼の癖だった。

「それに?何?」
「なんでもない」
「・・プロダクターなら俺もじゃん?でもさ、蒼が適任と思うんだよ。俺より頭いいし」
「人をまとめるのなら隆の方がうまいよ」
「その速さで学位だって取れるような頭だし」
「まだ学位は取れてないし」
「いや!そうだけどそう言うことじゃなくてさああー」
思わず、大きな声を上げてしまった隆の声が3Dステーションの廊下に響く。

「静かにして」
隆は自分の声にびっくりし口を抑えながらも笑って
「大丈夫だよ、今時3D環境持っていないやつ少ないから」
とおどけて言った。
「ま、俺は使いこなせないから持ってないだけだけどね」
「・・・」

蒼は一瞬止まって隆に何か言おうとしたがやめて歩き出した。
ようやくクウは蒼に追いつき、横に並んで進んだ。


「人は何も変わってないよね」
「え?俺?」
「まあ、いい意味でも、悪い意味でも隆は変わってないけど。・・今日のさ、議会で野次飛ばすの、昔授業で見なかった?<国会>ってやつに似てる」
「俺も議会って初めてだったけど思ったわ!<国会>ってやつも乱闘になってたよな・・いや、みんなは収まってると思うよ?3Dだしさ」
「みんな本当にナブンのことやナルのこと思って言ってるのかな」
「年寄りはみんな思ってないだろうなー」

蒼は横目でチラリと隆を見て、入り口でセキュリティーカードを返した。隆はそんな蒼の視線を気にもせず笑顔で、誰もいない受付にありがとうといいながらセキュリティカードを返した。


外に出ると青々と茂る木が蒼たちの目に入った。


ナブンではドームの外気に沿って気温などがコントロールされるため季節はあるが、多くの場所で年間を通して木々が青々としていた。
空気を浄化し、酸素を大量に生み出す品種改良されたものだった。
人々はそれを見て美しいという。

しかし、それは偽りの姿だと、蒼や隆などのプロダクターと呼ばれる生産者は知っている。
農業に関わっている二人の地域では生産のために季節に落葉する本来の姿の樹木も植えられ、そこにはわずかの数であるものの鳥や虫もいるからだ。

居住地域と同様、自然や環境がコントロールはされているものの、居住地域のそれとはだいぶ異なっていた。

でもそんな声を上げる人も少なければ、そういった環境に伴う問題についての意見は大多数にならない限り、ネット上ではコントロールされるようになっていた。


人が生きるための環境をコントロールし、それを保つために人もまた一定のコントロールの中に置かれた世界がナブンだった。



「この木だって、水がほとんどいらずに枯れることもなく空気を浄化して酸素を作るためだけに生きてて・・」
「・・でもそれは仕方ないよね、生きてくために俺らの祖先がやってくれたことでさ」
「・・そうだけど、そこまでいっても人はまだ何が欲しいんだろうって思って。みんな忘れていく・・・保守派の人だけじゃなくて」

「どういう意味?」
「私もこういうことに関わるまでわからなかったんだけど、プロダクターの規制を外して欲しくない保守派の人の中には、自分の取り分のことを気にする人がいてさ」
「・・うん」
「逆にさ、推進派の人は雰囲気、最もな感じもするんだけど・・・でも規制を外して欲しいという人の中には、自分がプロダクターで稼ぎたい人もいるよね。」

「・・あー」
「それって仲間?」
「うー」
「別に隆を責めてるわけじゃないの。仲間か仲間じゃないかも別に、いいんだけど・・・みんなが納得して生きていくって難しいね」

蒼が木を愛おしそうに、そして少し悲しそうに撫でるのを見て、クウが蒼の背中に手を置いた。

「考えすぎるのがアオイのいいところで悪いところでもあるので」
「そうだね」
隆はそう言って笑顔でクウを撫でた。

「・・・まあ、世の中色々な人がいるしね。でも、少なくとも俺は違うよ」
「わかってる、隆のところはうちと一緒だもんね」
「農業と研究の両天秤は親の代で終わりになりそうな気がしてるけどね。特に考えるのが好きじゃない俺にとっては少々重荷ですよ」

蒼が上を見上げる。
木々の合間から空が見えた。
「こんな時に空が・・青空が見られたらな・・」

そこにある空は青いがしかしそれは本物ではない。
人間の体調管理のために映し出された空だった。

ドームの外も黒い蒸気に覆われ青空は見えない。
蒼も写真で見たことがあるだけでもちろん本物を見たことはなかった。


「・・本物はもっと、綺麗だったのかね、こいつと一緒でさ」
そう言って隆は、蒼と一緒になって木を撫でた。

「悩ましいですね、人間は。欲が尽きなかったり、植物が愛おしかったり」
クウが二人の背中をポンポンとするので、蒼と隆は笑って顔を見合わせた。

「今日のことは俺がなんとかするよ、代表のことも。蒼が嫌だったらやめていいよ」
「ごめんね・・」
「いいさ、帰ってお茶でも飲もう。うちにでもこない?」と彼が言うと二人は自然と歩き出した。

    

                      

                        第2話 期待と不安 へ

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新作のカケラからできた長編になります。
6日まで毎日更新予定です。
よろしくお願いいたします。


               

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